天鬼は「怖い人」ではない
――いつものほんわか優しそうな土井先生とはまるで違う、天鬼(てんき)の厳しい表情とたたずまいは、公開前から注目を集めていました。どのようにデザインしていったのでしょうか?
新山 監督の藤森(雅也)さんから、あらかじめラフはいただいていました。それをもとに、脚本から感じた私の印象を乗せて描いてみたのですが、なかなかうまくいかなくて。土井先生はタレ目だということを藤森さんから強調されていたので、逆に目をつりあげて怖い印象を持たせるように描いてみたら「それは違う。天鬼は決して怖い人ではない」と言われたんです。ダーク系の洋画に出演している俳優さんの表情を参考にしていたんですけど、やりすぎだって言われて(笑)。それであらためて天鬼という人の内面を想像してみることにしました。
――最終的には、天鬼に対してどんな印象を持ちましたか?
新山 一見怖そうではあるけれど、もともと土井先生の中にあったものが引き出された人格のひとつなのだろう、と思いました。過酷な境遇を生き抜いていた彼が、山田先生に出会わない世界線を生きていたとしたら、こんな風になっていたのかもしれないと。だとしたら、普段の土井先生のように優しく笑うことはなくても、根っこのところは変わらないはず。監督の言うとおり「怖い人」ではないのかもしれないなと。自分が想像したことなので、それが正しいかどうかはわからないんですけれど。
――まさに、同じことを監督もおっしゃっていました。
新山 よかったです。普段の土井先生とのいちばんの違いは、ぬくもりを知らずに生きてきたからこそ冷酷な一面が強調されていて、とてもじゃないけど、子供たちに何かを教えられるような人間ではない。そういうことを思いながら、表情を調整していきました。
目のアップは全部自分が描くことに
――天鬼は、威圧感がありながらも、どこか悲しみを背負っているようにも感じられる、絶妙な表情を浮かべていますよね。
新山 タレ目を無理に吊り上げるのではなく、伏し目がちにしてみたんです。最初から冷酷なわけでも、優しさを持ち合わせていないわけでもなく、目的のためにわざとそういう表情をしている、という具合に。今のビジュアルに落ち着くまでに、見せていないものも含めると10パターンくらいデザイン画を描きました。
――本作では、一年生以外の頭身を調整したとのことですが、映画ならではのキャラクターデザインのこだわりはありますか?
新山 テレビアニメでは、全体的にキャラクターがまるっこくて、かわいいイメージが強いと思うんですけど、今回はスタイリッシュな印象を持ってもらえるようにしました。あと、じつは映画を製作すると決まったときに、藤森さんが最初に持ってきたキャラクターのラフが八方斎なんですよ。
――天鬼ではなく?
新山 そうなんです。天鬼と違って何往復もやりとりすることはなく、皆さんがご覧になっているデザインに近いものが、最初から決まっていました。この八方斎が歌ったり踊ったりするんだと言われたときは、原作にそんな描写は一切なかったので、いったいどうするのだろうと戸惑いましたが(笑)。まつげが長くなっているのも、藤森さんのこだわりですね。劇中の八方斎は天鬼とはまた違う怖さがあるので、普段『忍たま』を見ているお子さんたちが「いつもと違う」とわかりやすく感じられるように、という配慮だと思うのですが。
――ラストでは、まつげがしゅるしゅると短くなって「元通り」になりますしね。あの描写、ちょっとかわいかったです。
新山 ほっとしますよね。今作は、原作小説にもない描写やエピソードがけっこう足されているのですが、藤森さんが構成するストーリーや演出には「これが『忍たま』だ」と思える説得力があるんです。映画のオリジナルキャラクターとして卒業生がふたり登場しますが、真っ向から雑渡(昆奈門)(ざっと・こんなもん)に立ち向かうためには利吉にも仲間が必要だなとか、原作から改変するにしてもちゃんとした理由があるから納得できる。私も普段とは勝手が違っていたものの、安心しながら作業することができました。
――普段と勝手が違っていた、というのはどういうところなのでしょう?
新山 今作は、表情芝居が多いんです。とくに後半、キャラクターの目をアップで映す場面が多かったので、しわの描きこみ方とか影のつけかたとか、これまでの『忍たま』ではしたことのない工夫をしています。『忍たま』らしくない、でもやっぱりこれは『忍たま』だと皆さんに思ってもらえるバランスを追及するのが、けっこう難しかった。なので、目のアップは全部、私がひとつひとつ描くことにしました。
田中真弓さんのお芝居が作画作業に力をくれた
――ラストで天鬼が土井先生に戻る場面のグラデーションも難しかったのではないかなと思ったのですが。
新山 天鬼は、つねに眉をひそめているんですけれど、そこから力が抜けると前髪の中に眉が隠れて、いつもの土井先生になるんです。そうしてゆるっとした雰囲気をまとうと、子供たちが足元をわらわらと取り囲んでも違和感のない画(え)になる。そのグラデーションを表現するのはたしかに難しかったですが、後半は声優の皆さんのお声を聞きながら作業をしていたので、解像度が自然と上がっていきました。
――後半は、声を聞いているだけでも泣けました。
新山 きり丸役の田中真弓さんのお芝居はすさまじかったですね。藤森さんの絵コンテを見たときは「きり丸にこういう表情をさせていいの?」と思ったのですが、田中さんの声がのった状態で描くと、自然とその表情になっていって……。私自身、泣きながら描いていました。「一緒に帰ろう」というきり丸のセリフも泣けるんですけど、いちばん込み上げてきたのは、その一歩手前。乱太郎やしんべヱが「土井先生!」と呼び掛けたり、きり丸が土井先生の記憶を戻すためにいろいろなワードをまくしたてるあたりです。
――あれを聞きながら作業していたら、作画にも力が入りますよね。
新山 中盤できり丸が土井先生の家にひとりで帰り、掃除をしている場面にもくるものがありました。透けた、記憶の中の土井先生が「おかえり」というところも、古典的な演出だけど、まんまとやられてしまって……。そうなるとやっぱり、デザインも自然と真に迫るものになっていきます。関俊彦さんのお芝居も素晴らしかったです。
- 新山恵美子
- にいやま・えみこ 2007年、アニメ制作会社・亜細亜堂に入社。『劇場版アニメ忍たま乱太郎 忍術学園 全員出動!の段』にて、キャラクターデザイン・作画監督に抜擢される。現在はテレビシリーズのキャラクターデザインも担当。