いちばん難しかったのはきり丸の表情
――映画オリジナルとなる卒業生ふたりのキャラクターデザインは、どんなふうに生まれたのでしょうか?
新山 尼子(騒兵衛)さんから、ラフだけでなく、性格や背景についていろいろと細かい設定をいただいたんです。桜木清右衛門(さくらぎ・せいえもん)は冷静沈着で、若王寺勘兵衛(なこうじ・かんべえ)のほうがリーダータイプで、そんなふたりに六年生も気圧されてしまうとか。一見、外見とは関係のなさそうな情報も、デザインしていくうえでは大きなヒントになりました。
――その情報を今うかがうと、ラストで卒業生が六年生たちに囲まれている画(え)に対する印象も変わりますね……!
新山 映画オリジナルではあるけれど、『忍たま』の世界観を生きるキャラクターなので、その世界観になじませて描くことができたと思います。ただ、地味にも派手にもなりすぎないよう、バランスは考えましたね。利吉と3人で並んだとき、ちゃんと年下らしく見えるようにしようとも思いました。『忍たま』の初期からいるキャラクターはみんな童顔なので、ともすると年上であるはずの利吉のほうが若く見えてしまうんです。
――頭身を調整したこともあって、普段の『忍たま』らしさと映画ならではの雰囲気を両立させるのは、大変だったんじゃないかなと思いました。
新山 そうですね。(前編でも言ったように、)テレビアニメでは丸みを帯びてかわいらしい雰囲気の強いキャラクターたちを、スタイリッシュにかっこよく描こうとすると、ちぐはぐに感じてしまうところもあって。リデザインした土井先生も、最初はなかなかしっくりこなかったのですが、中でもいちばん難しかったのは、やはりきり丸の表情でした。
――今作では、乱太郎やしんべヱにも事情を打ち明けられず、内に秘めた表情をする場面も多かったですよね。
新山 普段ならきっと、すぐに「どうしたの?」と聞くであろう乱太郎としんべヱの表情も、劇場版ならではだったかと思います。何をもってちょうどいいバランスと考えるかは人によって違うと思いますし、きり丸の表情をシリアスに描きすぎて監督から「やりすぎじゃないか」と言われたこともありました。でも、BGMや田中さんのお芝居を加味したうえで「これがちょうどいい塩梅(あんばい)だ」と思えたものを貫かせていただいたところもあります。
初めて描かれた5歳のきり丸
――今作では、忍術学園に入る前のきり丸が戦災孤児として生き抜いてきた過去のシーンも描かれ、衝撃を受けた方が多いと思います。
新山 あの絵のきり丸は5歳という設定なのですが、監督からは「半分あの世に行ってしまっているような表情」というオーダーがあったんです。生きている、けれど心はこの世から遠く離れてしまっているような……。そんなきり丸を描いたことは、当たり前ですけど、これまでに一度もなかったので、めちゃくちゃ緊張しました。そのシーンの原画担当の方も、これまでの『忍たま』では描き入れたことのない、しもやけの描写を入れてくれたり……最終的にはしもやけではなく汚れになったんですけど、監督とは細かくやりとりしながら完成させていきました。
――あのシーンも含め、今作は全体的に余韻のある表情が多かったですよね。
新山 そうですね。きり丸だけでなく、土井先生の行方を追う全員の想いが、それぞれ表情に表れていると思うんです。たとえば、天鬼の覆面が取れて、土井先生だとわかった瞬間に六年生たちが見せる表情は、ひとりひとり違う。絵コンテの段階で、それはすべて設計されていたものなので、さすが藤森さんだなあと思いました。安易に泣かせたりはしない、メリハリをつけた演出によって、ここぞというときに流れる涙が際立つ、ということも含めて。
――表情を追う目的だけでも、もう一度、映画を見たくなります。
新山 すべてのキャラクターがどんな想いで今回の騒動に向き合っているのか、表情から感じ取っていただければと思います。どうしてこの人は冷静に一歩引いたような表情をしているんだろうとか、想像するだけで楽しいと思います。そういう細かいところのひとつひとつにまで意味がある作品ですから。ラストで土井先生が「一緒に帰ろう」と言ったときに浮かべる表情から土井先生もまた救われたことが、きり丸にはわかるのだ、とコンテにも書かれているんですよ。私自身、学ぶこと、挑戦することがたくさんあったお仕事でした。
表情の背景に込められた想いを感じ取ってほしい
――描いていて、楽しかったシーンはありますか?
新山 個人的には、激渋の山田先生を描けたのがうれしかったです。冒頭からずっと土井先生の行方を追い続け、内心いちばん焦っていたのは山田先生だったんじゃないかなと思うんです。そういう心情を抑え、まわりと腹の探り合いをしながら活躍する。そんな姿は、テレビアニメでは描かれることがないものなので。
――いろいろなキャラクターたちの意外な一面が垣間見える作品でもありましたね。
新山 昔から『忍たま』を愛してくださっている皆さまには、テレビシリーズとのギャップをぜひ楽しんでいただければと思います。そのうえで、普段のかわいらしいアニメエピソードが、この映画で描かれるような社会……忍者同士がしのぎをけずって暗躍している日々のうえに成り立っているものなんだということも伝わればいいな、と。作画も、もちろん注目していただければうれしいのですが、なぜ彼らがその表情を浮かべているのか、裏に秘められた「想い」まで目に焼き付けていただければ、さらにうれしいです。
- 新山恵美子
- にいやま・えみこ 2007年、アニメ制作会社・亜細亜堂に入社。『劇場版アニメ忍たま乱太郎 忍術学園 全員出動!の段』にて、キャラクターデザイン・作画監督に抜擢される。現在はテレビシリーズのキャラクターデザインも担当。