この一年で激変した同人誌即売会
同人誌には、本を作る作家と、買う側のファン、そして頒布の場所が欠かせません。その頒布と交流を支えているのが全国の同人誌即売会(イベント)です。その最大規模のものが「コミックマーケット」(コミケ)。2019年冬(C97)には、出展サークル数3万2千。来場者は全国から1日平均15万人以上、4日間でのべ75万人が集いました。「コミケ」のほか「コミックシティ」系(※)、「コミティア」など、大都市で開催される即売会は、とくにコロナの影響を大きく受けました。2020年4月、緊急事態宣言の際にコミケC98の開催が一旦、延期。その後、夏にはコロナの感染者数が減り、「コミックシティ」系などが再開しました。ですが、冬には再びコロナ感染者が増加したことで大規模即売会の開催は難しくなり、「コミックマーケットC98」は中止を決定。今年4月25日と5月9日に東京で開催予定だった「コミックシティ」系即売会も延期になってしまいました。
- ※ 企業「赤ブーブー通信社」が主催する女性ジャンル中心の即売会の総称
以前のようなにぎわいがなくなった
現在の同人誌ファンの生活はどうなっているのでしょうか。女性ファン多めの作品ジャンルで同人誌を作っている同人作家・ハルカさん(男性)にお話をうかがってみました。「即売会が中止になったり、再開しても(取材当時)、これまでのように“サークルがたくさん!”ということがなくなりました。一般参加者も少なく、スペースがガラガラなのを見るのはかなりさびしいです。これまで参加していたのは、個人様主催の和気あいあいとした同人即売会だったのですが、前々のような派手さはなくなりました」(ハルカさん) ハルカさんが行くのは、地元の大都市で開催されている即売会。即売会に行きにくい、人が集まらない、という話はあちこちで聞きます。現在は県をまたいでの移動もしにくいので、遠方からの参加が難しくなってしまったことも大きな要因となりました。
新しい本と出会い、同志と交流がしたい
同人作家のハルカさんにとって、同人誌の頒布方法は大きな問題のひとつです。「即売会と通販であれば、即売会のほうがより多く頒布できます。とある作品の本を作ったときに通販をしたのですが、買う方からの注文がひと通り終わり、もう作品ファンの方に行き渡ったかな?と思っていたら、その後の即売会で完売したということがありました。『イベントで新しい本に出会う』『イベントの空気で買う』というのは“即売会あるある”だと思います」(ハルカさん) 本を出すことは「本を作る楽しさが半分、交流できる楽しさが半分」だというハルカさん。即売会は同じ作品が好きな人同士の「交流の場」なんですね。
即売会の空気を吸いたい!
即売会が縮小したことで、本を頒布する作家さんも、作品を買う人も「イベントの空気が吸えなくなった」と言います。私たち同人の民には“交流の場”がなくなったことがいちばん衝撃が大きいです。
同人誌にはさまざまなジャンルが存在する。画像は「評論系」と呼ばれる本(写真提供 吉本たいまつさん)
一方で、即売会主催者からは面白い試みが始まりました。開催予定だった日の当日に、即売会運営者がTwitterに「#エアコミケ」「#エアブー」などのハッシュタグをつけて“エア即売会”を実行。サークル(同人作家)と本を買いたいファンが一緒になって盛り上がったのです。
コロナ禍で誕生した新しい即売会の形
私が最初に見かけたのは2020年3月、コミックシティ系の「#エアブー」です。赤ブーブー通信社のTwitter公式アカウントが、実際のイベントと同時刻に、過去の記録写真を使って「エア設営」「エア列整理」「エア開場」「エア閉会」などを実況。サークル(同人作家)さんが、やはり参加している体(てい)でTwitterなどのSNSから「サークル設営」の写真を上げたり、同人誌のお品書き、通販サイトへのリンクをアップ。ファンはリンクから同人誌通販サイトに行き、本を購入。私もとある即売会に参加して、カタログのサークルカット順番通りに「そのジャンルを順番に回っている」体で、各サークルさんの通販リンクから同人誌を注文しました。「カートに入れる」ボタンを押すたびにTwitterに戻って、サークルの作家さんに「ご本を買わせていただきました! 今回も素敵な表紙ですね。読むのが楽しみです!」といったご挨拶を送っていきました。作家さんから直に「お買い上げ、ありがとうございます!」と返事をもらったりして、大喜びでした。そして2020年5月には、コミックマーケット準備会が「#エアコミケ」を開催。私もあらかじめ自作の同人誌を同人ショップさんに委託しつつ、コミケがエア開場する朝10時とともにTwitterにサークル設営写真を上げて、サークル発行物の紹介と、同人ショップ通販のリンクを張ったツイートを流しました。
【#エアコミケ RT希望】
ふだんコミケ3日目(評論ジャンル)に《参加できない民》に…
・混沌とした夫のオタク部屋片付け実録と方法発見!モノを捨てない『オタクの片付け仕事術』
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ぜひ読んでみて下さい😊https://t.co/HhRkY4ESDM pic.twitter.com/J9Rg3QXC34— 渡辺由美子 (@watanabe_yumiko) May 2, 2020
そうしたら、いつもコミケで同人誌を買ってくださる方が通販から買ってくださったり、「買いましたよ!」とリプライが来たりして、とてもうれしかったです。あくまでもコミケに行っている体で始まった壮大な“ごっこ遊び”。それが実際の同人誌の購入につながったのがとても面白い経験でした。
同人誌を支えるオンライン通販
即売会が難しい今、頼りになるのは「通販」です。アニメ・ゲームのアイテムを販売するショップ「とらのあな」(株式会社虎の穴)広報の上田展生さんと通信販売本部部長・野田純一さん、通信販売課女性部門担当の佐藤結さんにお話をうかがいました。とらのあなは老舗の同人誌ショップでもあります。「弊社は創業以来、同人誌に力を入れています。コミックマーケット帰りのお客様が秋葉原に立ち寄って、とらのあなの店舗で買い物をしてくださることも多かったです。コロナ以前は、コミケと日程を合わせて、サークル様の新刊を取り扱うイベントも開催もしていました」(広報・上田さん) 同人誌ショップは、同人誌を買う側にとっても、頒布したい作家にとってもありがたい存在。私は昔から同人誌を作っていたのですが、同人ショップが普及する前は、即売会以外で頒布する場所がなくて大変でした。昔は同人誌の書き手が自分で行う「個人通販」のみ。まず買う側が本と郵送代金分の「定額小為替」を入れた封書を作家に送り、作家側は自分で本の封詰めや住所書きをして郵便局へ。郵便局で発送をお願いしつつ、定額小為替を現金に換金する。……というように、とても手間がかかりました。それが同人誌ショップの登場によって、作った同人誌を委託販売してくれるシステムができ、手間が激減したのでした。ありがたし! もちろん、個人通販と交流の文化は今も続いています。pixivの「BOOTH」のような、お金のやりとりを代行してくれるサービスもできました。時代の進歩はすばらしいですね! 今回のコロナ禍で、同人ショップ「とらのあな」さんも大きく影響を受けたと言います。「コロナ以降、即売会の規模が縮小したり、お客様が外出しにくいこともあり、店舗への来客数が減ってしまいました。一方で、通信販売を利用されるという『巣ごもり需要』が発生して、通販部門が伸びました。そこで弊社もいったんニーズの高まった自社通販に力を入れることにしました」(広報・上田さん)
後編では『巣ごもり需要』による通販の新たな形と、新刊を出しにくくなった同人作家さんの声をお伝えします。