TOPICS 2021.09.30 │ 12:00

現代社会の闇に切り込む新感覚ホラー『整形水』
チョ・ギョンフン監督インタビュー

LINEマンガで配信されている、韓国発の人気ウェブトゥーン『整形水』が劇場アニメ化され、9月23日に全国公開された。商業アニメでは初監督となるチョ・ギョンフンに、映画に込めた思いや演出するうえでこだわったポイントなどを聞いた。

取材・文/福西輝明

整形水
韓国で絶大な人気を誇るオムニバス形式のウェブトゥーン『奇々怪々』の人気エピソード(第69話~第79話)を映画化。幼い頃から外見に強いコンプレックスを持つメイクアップアーティストのイェジ。ある日、そんな彼女のもとに、顔を浸せば望み通りの容姿に変えることができると噂の「整形水」が届いた。美しくなりたいと願うイェジは整形水を試したところ、本当に美女へと変身する。イェジから「ソレ」と名前を変え、ちやほやされる生活を送るなか、周囲で不審な出来事が起こり始める……。

『整形水』の監督を引き受けるまでの紆余曲折

――ギョンフンさんはアニメ制作会社・スタジオアニマルの社長だそうですが、『整形水』の監督を務めることになった経緯を教えてください。
チョ・ギョンフン監督 『整形水』の監督を引き受けるまでには、本当にたくさんの紆余曲折がありました。SS Animent(韓国のアニメプロデュース会社)の方から共同製作をしないかとお話をいただき、最初はプロデューサーとして関わっていたのですが、ひとつ大きな問題がありました。企画の立ち上げからシナリオ段階まで、監督が決まらなかったことです。もともと予算が少なかったことに加え、アニメーションとしてあまりなじみのないホラー・スリラーのジャンルだったこともあり、自信をもって手を挙げてくれる監督がいなかったんです。どうしようかと悩んでいる間にも企画はどんどん進んでいき、これはもう自分がやるしかないと決心しました。それに、私が監督をするメリットもありました。会社の代表を務める私が監督をすることにより、追加予算を避けることができたんです。また、私はもともとホラー映画マニアで、『整形水』の企画が立ち上がっていくプロセスを間近で見ていました。そのなかで自然と作品への愛情が大きくなり、自分で撮りたいという欲も出てきたので、最終的に決心ができたのだと思います。さらにSS Animent のチョン・ビョンジンプロデューサーが「君がやってくれ、君しかいないよ」と背中を押してくれたことも最終決断につながりました。

「美しさ」とはいったい何か?というのを伝えたかった

――ウェブトゥーンとして人気を博していた『整形水』のどんな部分に魅力や面白さを感じていたのでしょうか?
チョ・ギョンフン監督 初めて原作を見たときは驚きと面白さを感じました。自分の外見が崩れることへの恐怖は人間であれば誰でも持ちえますが、その恐怖をもっとも的確に表現している作品だと思ったのです。映画として描く際は、非論理的な状況を論理的に組み立ててその恐怖を描きながらも、原作が持つエネルギーを中心に置かなければならないと思いました。また、原作では「整形水」というアイテムと、それがもたらす物理的な副作用が中心に描かれていましたが、映画では整形水そのものより、主人公のイェジが心のうちに抱えている恐怖と、それによってもたらされる心理的な副作用に焦点を当てました。

――作中では「外見上の美しさ」を求めてイェジが整形水に手を伸ばしますが、そうした「外見至上主義」的な価値観についてはどう思いますか?
チョ・ギョンフン監督 私自身、整形に関してとくに持論はありません。やりたければすればよいのではといった感じです。そんな私が映画を通して伝えたかったのは、「美しさとはいったい何か?」ということです。人間は、私たちが考えている以上に外見に対する細かい基準をたくさん持っており、それによって自分と他人を区別しているのだと思います。二重がどうだ、眉毛がどうだ、鼻がどうだとか顔立ちに対して細かい基準を人それぞれが持っていて、他人を見たとき、瞬時に相手の外見を判断し、区別していると思います。それは韓国人や日本人だけではなく、程度の差はあったとしても地球に住んでいるすべての人がそうであり、人間だからこその認識だと思います。逆に言えば、外見至上主義の中から人間の関係が生まれ、それがメディアにつながり、やがて権力になり、ひいては暴力にまでつながる可能性があるというのが人間の社会だということです。私はこの映画で、そういった人間の価値基準を「美」を通じて表現したいと思いました。人はそこから抜け出せないかもしれないけれど、客観的に私たちは「美」に対してどういった基準を持っているかを描きたかったのです。

『ジョーカー』のように、悪人が持つ欲望を描写しようと思った

――主人公のイェジは外見に大きなコンプレックスがあるにもかかわらず、メイクアップアーティストとして「美」に携わる仕事を選んでいます。彼女を描くうえで肝となった設定はありますか?
チョ・ギョンフン監督 イェジのキャラクターに関しては、メイクアップアーティストという職業と、子供の頃にバレエを習っていたという設定が大切な部分になると思います。メイクアップアーティストは自らを隠し、メイクによって他人を美しくする仕事であるため、イェジが置かれている状況を象徴的に示すのに適した職業だと思いました。また、子供の頃にバレエを習っていたという設定は、イェジの容姿と情緒を決定づけるトラウマの根源になるものです。劇中、イェジがメイクアップをする場面が3回ありますが、その3回のメイクアップはそれぞれ異なる意味を持っているんです。

――主人公であるイェジを非常に自己中心的な女性として描いたのはなぜでしょうか?
チョ・ギョンフン監督 原作のイェジは、映画以上に悪人のサイコパスとして描かれていますが、映画ではそういったところは多少やわらぐように描きました。原作があるものを映画化するわけですから、基本的には原作にあるイェジの態度や行動をなぞるようにしつつ、原作にはない要素として、彼女が抱える事情や感情の設定を新たに付け加えました。また、私はイェジを最初から悪人と位置付けていて、たとえばアメリカの映画『ジョーカー』のように、悪人が持つ欲望を描写しようと思って作りました。悪人に対して、当然多くの人は共感できないと思います。でも、見ている人が共感ではなく、かわいそうだと哀れに思ったり、そんな欲望を持っているんだと複雑な気持ちで見てもらえたらいいなと思いました。ちなみに『ジョーカー』に関しては、『整形水』がほぼ完成した頃にちょうど劇場公開され、見に行ったところ構造やキャラクター設定など『整形水』と重なる部分が多くあり、本当に驚いたことをおぼえています。また、韓国ドラマや映画については、じつはイェジのように主人公が家族を大切にしないものも多くあり、そういう作品のほうが逆に面白かったりもしますね。

作品情報

『整形水』
絶賛公開中!

  • ©2020 SS Animent Inc. & Studio Animal &SBA. All rights reserved.