TOPICS 2022.08.11 │ 14:23

アムロ・レイの演じかた
~古谷徹の演技・人物論~ 第4回(後編)

第4回 『機動戦士Ζガンダム』のアムロ・レイ

TVシリーズの『機動戦士Ζガンダム』ではやり残したことがあるという古谷徹。不甲斐ないアムロを演じることに抵抗があったというが、そのあやふやな気持ちを整理し、新訳と銘打った劇場版では気持ちを新たにして臨むことになる。劇場版のアフレコ台本に書き込まれたメモから、当時のアフレコ現場のエピソードを語ってもらった。

取材・文/富田英樹 撮影/高橋定敬 ヘアメイク/氏川千尋 スタイリスト/安部賢輝 協力/青二プロダクション、バンダイナムコフィルムワークス

23歳のアムロ・レイはとても微妙で難しい存在

――古谷さんにとって『機動戦士Ζガンダム』とはどういう作品ですか?
古谷 じつを言うと、僕は『機動戦士Ζガンダム』を全話を通しては見ていないんです。どうしてもゲストキャラという立場上、収録現場でもレギュラー陣の中にも入っていけない空気があったから自分の作品であるという意識が薄いのかもしれません。そのあとの『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』につながる、アムロが復活するきっかけになった作品として捉えているところがあると思う。今、こうやってTVシリーズと劇場版を連続して見比べてみると、この時代のアムロの演技が大きく違っていることに気づきます。自分でも意識していなかったけれど、TVシリーズでのアムロはかなり若い印象で、15歳のアムロ(『機動戦士ガンダム』)と29歳のアムロ(『逆襲のシャア』)の中間地点をとてもいい感じで演じているように聞こえます。逆に言うと、今の僕がこのアムロを再現するのはかなり難しいと思う。15歳と29歳のアムロを表現するのは今でも可能ですが、こうやって久しぶりにTVシリーズの『機動戦士Ζガンダム』のアムロを見ると、この声は今の自分には出せないなと感じます。年齢的に近いキャラクターというと『ONE PIECE』(1999年)のサボが近いかもしれないけど、性格は正反対だし参考にはならないですよね。『ドラゴンボール』(1986年)のヤムチャとか『聖闘士星矢』(1986年)の星矢もちょっと違うし……。僕の記憶の中では23歳のアムロと29歳のアムロでは大きな違いはなくて、ほとんど同じような演技をしているつもりだったんですが、あの声は自分で意識して出しているものではないですね。たぶん、声質そのものが若くて、自然に出ている声なんだろうと感じます。

――当時、ナレーションの仕事も増えていましたが、その影響はありますか?
古谷 たしかにこの頃からナレーションの仕事が増えていますし、ナレーションとアニメの演技は方向性がまるで逆になるので影響はあったかもしれません。ナレーションの場合は抑揚をつけずフラットにボリュームも一定で、なるべくクリアに聞き取りやすくしゃべることが求められます。そういう時期に自分の声質の変化も重なって、あの微妙なアムロが表現できたということなのかもしれない。声の高さは残っているけれど、意識して出していない。15歳よりは大人に演じようとしているけど、感情の起伏が作品中であまり描かれていないから、声を作ろうとしていないんじゃないかな……役を作ろうとしていないというか。もしかするとキャラクター設定の絵の印象も大きく影響しているのかもしれません。安彦良和先生の設定画は、まだ丸顔でどこか幼さを残したアムロだったから。劇場版『機動戦士Zガンダム』のアムロは意図して演じているけれど、TVシリーズでのアムロは自然に出た声なので、むしろリアルなのはTVシリーズのほうなのかもしれませんね。ナレーションなどを経て声質も少し変化したこの時期に、『宇宙皇子(地上編)』(1989年)という劇場作品で主演をやらせてもらったことがあります。この宇宙皇子での演技を原作者の藤川桂介さんに「清廉な演技」と評していただいたことがあるのですが、この清廉さを意識したことが後の『美少女戦士セーラームーン』(1992年)のタキシード仮面につながったんです。そういう経験を踏まえてからの劇場版『機動戦士Ζガンダム』だったから、無意識のうちに『逆襲のシャア』に近い演技になってしまったのかもしれません。

――『機動戦士Ζガンダム』のアムロ・レイを演じるコツはなんでしょうか?
古谷 これを言っては元も子もないんですが、自分自身の年齢が大きく影響するということです。若いうちにしか出せない声とういうものは実際にあるし、経験が少ないからこそできる芝居というものもある。星飛雄馬にせよアムロ・レイにせよ、今の自分では若いときの作品を完璧には真似できないということなんです。『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』(2022年)でのアムロに違和感がないと仰っていただけるのはとてもうれしいことですが、僕の中でもキャラクターの捉え方は違っているし、少年らしいアムロを作って演じているから、40年前とまったく同じというわけにはいきません。そういう意味でも『機動戦士Ζガンダム』当時の23歳のアムロはとても難しい。大人にはなっているものの、声質としては弱冠15歳のアムロの面影を感じさせる声が出せれば、あの印象に近づくのかもしれない。キーは高めにするけれど、気持ちとしては大人……15歳の頃のように言いよどんだりはしないという捉え方が正解と言えるのかもしれないですね。今回、見比べてみて衝撃だったから、もしこれから23歳のアムロをやる機会があったら、今までよりも少し若く演じるようになるかもしれない(笑)。endmark

古谷徹
ふるやとおる 7月31日、神奈川県生まれ。幼少期から子役として芸能活動に参加し、中学生時代に『巨人の星』の主人公、星飛雄馬の声を演じたことから声優への道を歩み始める。1979年放送開始された『機動戦士ガンダム』の主人公アムロ・レイをはじめ、『ワンピース』『聖闘士星矢』『美少女戦士セーラームーン』『ドラゴンボール』『名探偵コナン』など大ヒット作品に出演。ヒーローキャラクターを演じる代名詞的な声優として現在も活動中。
次回予告
『機動戦士Ζガンダム』(1985年)における新世代の主人公、カミーユ・ビダンを演じた飛田展男氏との特別対談。前作の主人公として絶大な人気を誇るアムロ・レイを前に、新しい主人公となったカミーユをどう演じたのか。主役交代という『ガンダム』シリーズの中でもエポックメイキングとなったふたりの主人公について語り合う!