もうちょっといい女に演じられれば良かった(笑)
――そういうベルトーチカですが、裏ではカミーユに対して「ガンダムMk-Ⅱをアムロに渡しなさいよ」とか言っていますね。
川村 そうなんですよね。セリフをもらったときにすごいことを言っているなと感じたんですが、ここはベルトーチカ目線で演じないと軸がブレてしまうので迷いが出ないようにしました。彼女のこうした行動は、まるで大物アーティストのマネージャーになったような感覚だと思うんです。
古谷 なるほど、ベルトーチカは最初からそういう姿勢を崩していないんだね。戦闘から帰ってきたアムロを泣きながら出迎えてくれるシーンを見ると本当に可愛いんだよね。人目も憚(はばか)らずに抱きついたりして、これはアムロでもグッと来ちゃうよね(笑)。
川村 いざ戦場に出してみて、それがどんな場所なのかを目の当たりにするとツンデレがはがれて素が出てしまったんだと思うんです。でも、今見直すと、もうちょっといい女に演じられれば良かったなあと(笑)。子供っぽすぎるような気がします。
古谷 いや、ベルトーチカのキャラクターで大人っぽさを出しすぎると違うイメージになってしまうから、これでいいと思うよ。こうやって今の感覚で見ると、ベルトーチカのキャラクターに万梨阿ちゃんの声はとても合っていると思う。当時はもちろん必死で演技をしていたんだろうけど、とても自然体で演じているように見えるな。
川村 もう冷や汗しか出ないです。
――当時のアフレコ現場での思い出はありますか?
川村 古谷さんとのお話ではないんですが、本編の収録終わりに次回予告を録っていたんですね。小杉十郎太さんがひとりで収録されていたんですが、第38話「レコアの気配」というセリフで「次回、レコアのきくばり」と言ってしまったんです(笑)。小杉さんの渋い声で「きくばり!」と来たので、その場にいた全員が爆笑してしまったという。
古谷 たしかにそう読めなくもないね(笑)。
川村 そのときの収録が第37話「ダカールの日」だったので、ベルトーチカの出番はそれが最後だったと思います。このエピソードにはのちに『機動戦士ガンダムZZ』の主役を演じることになる矢尾一樹さんも出演されていて。矢尾君の声が若くてビックリしちゃうんですけど。当時はまだ日焼けもしていなかったし(笑)。あとは劇中でベルトーチカとアムロがやたらにキスするので、鈴置(洋孝)さんが「ええ~いいのこれ?」ってよくおっしゃっていましたね。
古谷 ブライトにはそういうシーンがないから、うらやましかったんじゃない? そんなところにこだわるのが鈴置ちゃんらしいね(笑)。
劇場版では余裕のある女の子になれたかなと思います
――その後、新訳劇場版ではメインキャストを含めてオーディションが行われたとのことですが、川村さんも受けたのでしょうか?
川村 オーディションは受けていないです。だいぶ経ってから飛田(展男)さんがオーディションを受けていたと聞いて驚きました。そもそも劇場版でのベルトーチカはそれほど出番もセリフもないですし、ロボットに乗って戦うようなこともないので脇役に徹する感じでした。カミーユとの会話でも精神年齢が同じようなイメージで(笑)、TVシリーズよりもちょっと幼い印象かもしれません。
©創通・サンライズ
古谷 TVシリーズでの演技を再現しようという思いはあったんですか?
川村 声質が変わっていたら申しわけないのですが、できるだけ当時の演技を再現しながらも、芝居の粗い部分は克服しようと思っていました。
古谷 TVシリーズでの反省点を改善したということだね。アウドムラ内のエレベーターでのキスシーンは劇場版にもあるんだけど、かなり印象が違うよね。大人っぽくなっているというか、万梨阿ちゃんの声も芝居もずいぶん色っぽくなっている。
- 新訳劇場版の2作目にあたる『新訳 機動戦士ΖガンダムⅡ 恋人たち』の序盤で描かれるこのシーンは、TVシリーズの作画を流用しつつもセリフの多くが改変されており、限られた上映時間の中でアムロとベルトーチカの関係性を描きつつ状況説明も入れている。ベルトーチカがアムロの心に踏み込むキスシーンも、TVシリーズより巧妙な大人の駆け引きが感じられ、そこで受けるベルトーチカの印象はTVシリーズよりもかなりマイルドになっている。
川村 セリフが変更されたこともありますが、TVシリーズの芝居ではアムロは振り向いてくれないでしょうという反省もありました。当時、自分の中で考えていた「フランス娘の小悪魔的な魅力」を出すように考えた芝居だったのですが、あまり可愛い感じでもキャラとずれてしまうから、そういう葛藤もありつつだったんです。
古谷 セリフのニュアンスがすごくいい女になっているよね。ニュアンスが変わるのは演技によるところが大きいわけだから、万梨阿ちゃんの言う「小悪魔的な芝居」が生きているということだよね。
川村 ちゃんと仕事をしている女の子になれたかなと(笑)。TVシリーズでは「アムロ大好き」しかなかったような印象ですが、劇場版では余裕がある感じになれたかなと思います。
古谷 でもさ、このカット終わりがシャアっていうのが面白いよね。これ、明らかに物陰から様子を見ていたんじゃないかな。
川村 絶妙なタイミングで間に入ってきますよね(笑)。
――古谷さんはTVシリーズと劇場版では意気込みが違ったというお話をしていましたが、川村さんはそのときのことをおぼえていますか?
川村 はい、伺いました(笑)。もうまっすぐに「僕はベルトーチカが好きじゃなかったけど、今度はベルトーチカも万梨阿のことも好きになろうと思うんだ!」っておっしゃっていただいたんです。
古谷 ハイ、そうです(笑)。
川村 『機動戦士ガンダム』という大作を演じきった方々が、その5~6年後に続編をやるということは私が同じ立場でもモヤモヤすると思います。だってラストシーンで「僕には帰れるところがある……こんなにうれしいことはない」というセリフがあったのに、その後は地球に幽閉されていたなんて……私も視聴者目線で「そんな扱いある!?」って思いました。しかも、新キャラクターが多数登場して引っかき回される状況でTVシリーズを演じるのは大変だったと思います。劇場版については、私自身も1985年から2005年へと時間が経過するなかで吹っ切れたものも多くありましたし、『機動戦士Ζガンダム』をもう一度皆さんに見ていただける作品にしたいという、落ち着いた気持ちで臨むことができました。
- 古谷徹
- ふるやとおる 7月31日、神奈川県生まれ。幼少期から子役として芸能活動に参加し、中学生時代に『巨人の星』の主人公、星飛雄馬の声を演じたことから声優への道を歩み始める。1979年放送開始された『機動戦士ガンダム』の主人公アムロ・レイをはじめ、『ワンピース』『聖闘士星矢』『美少女戦士セーラームーン』『ドラゴンボール』『名探偵コナン』など大ヒット作品に出演。ヒーローキャラクターを演じる代名詞的な声優として現在も活動中。
- 川村万梨阿
- かわむらまりあ 11月21日、東京都生まれ。アニメ雑誌の編集アルバイトで富野由悠季氏に取材したことをきっかけに、『聖戦士ダンバイン』のチャム・ファウ役で声優デビュー。以降も『重戦機エルガイム』(ガウ・ハ・レッシィ/リリス・ファウ)や『機動戦士Ζガンダム』(ベルトーチカ・イルマ)と立て続けに富野監督作品に出演、劇場作品『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』ではクェス・パラヤ役を演じる。