TOPICS 2021.08.24 │ 18:00

映画クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園
監督・髙橋 渉×脚本・うえのきみこ対談

劇場シリーズ初の学園ミステリーとして大きな話題を集めている『映画クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園』。超エリート校「私立天下統一カスカベ学園」、通称・天カス学園に体験入学したカスカベ防衛隊だが、学園内で起こる謎の怪事件に巻き込まれ、風間くんが究極のおバカになってしまう……。しんのすけと風間くんの友情をはじめ、謎解きミステリー、悩める中学生たちの青春ドラマなど要素てんこ盛りの劇場最新作について、監督・髙橋 渉と脚本・うえのきみこに制作秘話を聞いた。

取材・文/岡本大介

※本記事には物語の核心に触れる部分がございますので、ご注意ください。

「永遠にまとまらない」くらいたくさんの要素を詰め込んだ

――初の学園ミステリーとなりますが、企画の経緯を聞かせてください。
髙橋 映画の内容を決める最初の打ち合わせで、僕が提案しました。しんのすけたちが大人と絡むお話はこれまでにもたくさんありますが、中学生くらいの微妙な年頃の子供たちと絡むことはあまりないなと思っていたので、これは新鮮なのではないかと思ったんです。脚本をうえのさんにやっていただけるなら大丈夫だろうという算段もありました。
うえの ミステリーというのは予想外でしたけど、学園ものは昔からやってみたいと思っていたのでうれしかったです。天カス学園のなかでカスカベ防衛隊が恋をしたり事件を起こしたりと、いろいろな想像がふくらんで、書いていてすごく楽しかったです。

――ミステリー要素はもちろんのこと、中学生の悩みや青春、AIによる管理体制などさまざまな要素が散りばめられています。これらを一本にまとめ上げるのは難しくはありませんでしたか?
髙橋 難しかったですね。「これはもう、永遠にまとまらないんじゃないか?」と心が折れかけた時期もありました(笑)。でも、結果的にはこれだけの要素を詰め込んでもしんちゃん映画は成立するんだなということがわかりました。本来ならもっと丁寧に説明すべきことも多いんですけど、でもどうせしんのすけは聞いていないですし(笑)。ギャグ作品だからこその大胆な省略ができて、それがスピード感や勢いにもつながったなと感じます。
うえの 個人的にはミステリーの部分がすごく難しかったですね。これまでにミステリーを書いた経験がなかったので、監督をはじめスタッフの皆さんとかなり話しあった記憶があります。

今回の敵は「不安や悩みを抱えた心」

――途中まではかなり本格的なミステリーに思えましたが、最後にはあくまで「本格(風)」と謳っていた理由が明らかになりました。
髙橋 そうなんです。だからちゃんとしたミステリー作品を作られている方々に対しては本当に申しわけない気持ちでいっぱいです(笑)。我々はとにかく「(ミステリー)っぽくしよう」ということしか頭にありませんでしたから。
うえの あの「33」のダイイングメッセージも、怒られないかなって心配でした(笑)。

――もう笑うしかなかったです。
うえの 笑っていただけたならよかった(笑)。

――天カス学園には番長や不良たちもいてすごく昭和感が漂っています。この世界観はおふたりで作ったのですか?
髙橋 そうですね。あの感じはお父さんやお母さんならなんとなくわかってもらえるのではないかと思って作りました。僕自身が田舎の出身で、まだボンタンや短ランが流行っていた時代だったんです。だから、そこは絶対にビジュアルにしたいなと思いました。
うえの 私は「学園と言えば鉄仮面だろう」と思って、それで番長を鉄仮面キャラにしました。

――『スケバン刑事Ⅱ 少女鉄仮面伝説』ですね(笑)。本作は悩みを抱える中学生たちとしんのすけたちの絡みをメインに展開していきますが、描くうえでこだわったところはありますか?
髙橋 劇場版ではわかりやすい敵が登場してしんのすけたちと戦うことが多いですが、今回はそういうものはなく、立ち向かうべき相手は「不安や悩みを抱えた心」なんです。中学生って「自分は何者なのか?」を意識しはじめる年齢で、心も身体もすごくアンバランスですよね。そういう漠然とした不安やコンプレックス、怒りというものと向き合うことが作品のテーマのひとつになっていると思います。

――うえのさんは中学生たちと絡むしんのすけたちを書いてみて、あらためて感じたことはありますか?
うえの カスカベ防衛隊はどこに行ってもカスカベ防衛隊なんだなっていうことが確認できました。そこは中学生が相手だからといって変わらない気がします。

――今回はいつにも増して、しんのすけがカッコいい印象を抱きました。
うえの ありがとうございます。アニメとしてミステリーの部分にはいっぱい嘘があるので、キャラクターの感情だけは嘘がないようにしようと考えていたんです。だからしんのすけがカッコよく見えるとすれば、それは「いつもの風間くんに戻ってほしい」という気持ちにブレがないまま突き進んでいくからだと思います。

しんのすけと風間くんの複雑な親友模様

――それにしても、風間くんはかなり振り切れたおバカになってしまって驚きました。
髙橋 そうですね。風間くんを演じている真柴摩利さんにもまったく躊躇がなくて、振り切ったお芝居をしていただきました。真柴さんは一度こういう風間くんをやってみたかったんじゃないかと思うくらいでしたね(笑)。

――全編を通じてしんのすけと風間くんの関係性が真正面から描かれていて、ファンとしても大満足のストーリー展開でした。
うえの しんのすけが真剣に喧嘩ができるのって、きっと風間くんしかいないと思うので、学園ものをやるならこのふたりの友情を描くのは必然だろうという感じでしたね。

――おふたりはしんのすけと風間くんの関係性をどのように捉えていますか?
髙橋 お互いに自分にはないものを持っていて、だからこそお互いのことが気になってしまうと思うんですが、じゃあ「親友」なのかというと、そう単純なものでもないような気もします。難しいですね。
うえの 私のイメージですけど、しんのすけは風間くんに対してふつうに「好き」って言えそうなんですけど、風間くんは「別に好きじゃないよ」って答えそうなんですよね。そこはライバル関係もあるので、ちょっと複雑な親友なんだと思います。
髙橋 そうそう。ただの親友ではないんですよね。
うえの それに風間くんはどこまでも努力を惜しまない秀才型ですから、天才型のしんのすけに対しては内心でうらやましく思っているかもしれません。

――心のどこかでしんのすけには敵わないと感じているのでしょうか?
うえの いえ、まだそこまでは考えていないと思います。実際、今回のラストシーンでは努力が実って焼きそばパンをゲットできたわけですからね。でも、中身の美味しいところは結局しんのすけが持っていってしまう(笑)。つまるところ、ふたりはそういう関係性なのかもって思います。
髙橋 「親友」というよりは「悪友」というニュアンスのほうが近いのかもしれませんね。

オツムンの「青春とは?」という問いかけが生きたラストシーン

――今お話に出た最後のマラソンシーンについてですが、頭を使ったミステリーパートから一転、間髪を入れずにストレートな体力勝負に移り、そこからラストシーンまで怒涛の展開でした。
髙橋 最後はマラソンで締めようというのは最初から考えていたんです。大観衆のなか、しんのすけと風間くんがお互いの意地をかけて走り抜けていくというシーンが頭のなかに浮かんでいて。むしろすべてはそこから逆算して作っていった感じに近いです。

――カスカベ防衛隊の活躍や中学生たちの成長、しんのすけと風間くんの対立と友情、さらにはAIのオツムンの「青春とは?」という問いに答える形で「青春」も同時平行で描ききっています。これだけの要素をこのマラソンシーンに詰め込んだのが圧巻でした。
髙橋 僕自身、これはまとまりきらないかもしれないと思っていたんですが、オツムンとの「青春とは?」っていう長いかけ合いセリフをうえのさんが書いてくれたことで、うまくまとまったような気がします。このクドさやしつこさがすごく良かったんです。

――たしかにすごくいい演出でした。ここはあの素早いテンポ感を想定して書いたのですか?
うえの いえ、全然です(笑)。とりあえず書きたいことを全部書いておけば、あとは髙橋監督がなんとかしてくれるだろうと思って。

――ゴール時点で唯一解決されていなかったAIのオツムンが、エンドロールで学生として学び直しているという演出もオシャレでした。
髙橋 最初、あそこはエピローグとして本編中で描くつもりだったんですよ。尺の問題で割愛することになったんですけど、オツムンのその後に一切触れないというのもまずいだろうと思い、エンドロールに入れました。結果として、ふたりがゴールしてすぐにエンディングに入ることができてよかったです。いつものふたりに戻った瞬間がこの映画のピークなので、個人的にあそこで終わるのがいちばん気持ちいいなと思っていましたから。

しんのすけに見透かされるので嘘はつけない

――『クレヨンしんちゃん』の劇場版は、子供をターゲットとしつつ、大人も笑えて泣けるというイメージがあり、そこは毎回頭を悩ませる部分かと思います。今回も最後のマラソンシーンが本当に感動的で、かなりの盛り上がりを見せました。髙橋監督やうえのさんは、このような形での感動の生み出し方というのはどこまで意識していましたか?
髙橋 じつはあまり意識はしていないんですよ。僕はいつもそうなんですが、面白そうな舞台を用意して、そこにしんのすけたちみんなを放り込んでみて、「さあどうなるかな?」という感覚で作っているんです。もちろん、笑いどころは必要なので、そういう仕掛けは多少は意識するんですけど、「ここのギャグは子供にウケるはず」とか「ここは大人が感動するだろう」ということは考えたことはないですね。今回に関しても、ほかのスタッフからは「最後にマラソンだけって地味じゃない?」と心配する声をもらったのですが、僕としてはとにかくしんのすけと風間くんが一生懸命に走っていれば、『走れメロス』じゃないですけど、何かは絶対伝わるだろうと。その信念だけで作っていました。
うえの 私も「誰かにこう感じてほしい」とか「これを伝えたい」というのはまったくないんです。映画館に見に来てくれた子供たちが、しんのすけと風間くんのことを本気で応援してくれればいいなと思ってシナリオを書いていました。

――そうなんですね。これだけ大人が泣ける作品で、そこへの意識がとくにないというのは少し意外でした。
髙橋 変に意識したり計算して作ってしまうと、しんのすけに見透かされる気がするんですよ。だから、そういう嘘はつきたくてもつけないんですよね。
うえの そうそう。私も仕事場にでっかいシロのぬいぐるみがあって見張られているので、嘘はつけません(笑)。endmark

髙橋渉
たかはしわたる 1975年生まれ。日本映画学校を卒業後、シンエイ動画へ入社。『クレヨンしんちゃん』にはテレビシリーズ、劇場版ともに長く関わっており、『クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』で長編初監督を飾る。以降、『クレヨンしんちゃん 爆睡!ユメミーワールド大突撃』、『クレヨンしんちゃん 爆盛!カンフーボーイズ〜拉麺大乱〜』で監督を務める。
うえのきみこ
1975年生まれ。神奈川県出身。日本映画学校を卒業。主な作品に『クレヨンしんちゃん 新婚旅行ハリケーン~失われたひろし~』『スペース☆ダンディ』『BNA ビー・エヌ・エー』など。脚本を手がけたオリジナルアニメ『エデン』が2021年5月27日からNetflixにて配信。『映画クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園』では脚本を担当。
作品情報

『映画クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園』
大ヒット公開中!

  • ©臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK 2021