林さんの第7話のコンテを見たら、第10話の仲直り回も頼まざるを得なかった
――林さんは第7話の「シーン演出」としてもクレジットされていますが、具体的にはどういうお仕事なのでしょうか?
内海 じつは、第7話はコンテと演出をセットで林さんにお願いするつもりだったんです。林さんも「1話分をしっかりやりきりたい」とおっしゃってくださったんですけど、このあとにくる第10話は暦とランガが仲直りをする話数で。第7話のコンテの上がりを見せていただいたうえで、鈴木さんと、もうこれは第10話もセットでお願いするしかないという話になりました。
林 とはいえ、どちらも内容的に重いですし、第7話の演出か第10話のコンテか、どちらか片方しかできないなと思ったんです。で、「どちらがいいか決めてください」って内海さんと鈴木さんに伝えたら、すごく苦しそうな表情で「……第10話です」と返ってきました(笑)。ただ、第7話のクライマックスシーンにはそれなりに思い入れもありましたし、ここ一連はレイアウトを見たいですってお願いしました。
――ということは、最後、暦とランガが喧嘩するシーンの演出を担当したわけですね。
林 そうですね。最初はレイアウトだけチェックさせてほしいという話をしていたんですけど、やっぱりいざチェックを始めると原画も見たくなってしまって……。気がついたら修正を入れていました(笑)。
内海 たぶんそうなるだろうなって思って、そっと見守っていました(笑)。
――なるほど、そういうことだったんですね。で、次は先ほども話題に出た第10話。林さんは脚本を読んでみて、いかがでしたか?
林 スケートシーンは第7話よりもたしかに少ないのですが、ランガが最初の頃より格段にうまくなっているので、そのあたりの落としどころが難しかったですね。あとはラブホテルのシーンが……。
暦が「見られたくない」表情こそアップに
――菊池と暦の場面ですね(笑)。
林 これは一体どういうことだろう?と(笑)。ラブホテルっていう案を出したのは、てっきり内海さんだと思っていたんです。きっと暦がラブホテルに連れ込まれて、アワアワしているのが見たいんだろうな、と思い込んでいたので(笑)。でも、じつは大河内さんのアイデアだったと途中で聞いて、びっくりしました。
――話としてはけっこうシリアスなんですけど、随所にコミカルな要素が入ってくるところが、いいバランスでした。
林 菊池が車で轢いてしまった(未遂ですが・笑)暦をラブホテルに連れ込むというシーンなのですが、どれくらいコミカルな芝居をさせればいいか、ちょっと悩みましたね。暦はこれまでの流れがあるので、どの程度崩していいのかがわかるのですが、菊池はまだキャラクターがつかめていなかったのもアリ……。突飛な状況ですし、話している内容はそれなりに深刻なハズなのですが、あまりシリアスにしすぎると重くなりすぎてしまう。マジメなところとコミカルな部分のメリハリが大切なんだろうな、と。……ただ、内海さんがココでいちばん見たいのは、間違いなく暦の泣き顔だろう!というのはありましたね。前の作品でガッツリ組んで仕事をしてきたので「内海さんが自分で描いたら、絶対暦の泣き顔をアップで入れてくる」と考えながらコンテを描いていました。
内海 あれは……大変……いい表情でした!
林 そうしないと絶対、修正されるってわかっていたので(笑)。
内海 あはは!
林 たとえば、私は演出的に顔を見せないほうがいいと思うときもあるんです。でも、内海さんはそこをアップで抜いてくることがけっこうあって。
内海 やっぱり、そのときの切ない表情を見たいんですよね。本人が「見られたくない」と思っているところに、グイッとカメラを入れて「見せろ!」っていう。非道ですね。
反響があった愛抱夢たちの高校生時代
――もうひとつ反響を呼んだところといえば、高校生の愛抱夢たちが出てくる場面。
林 私としては暦とランガのふたりが主人公だと思っていましたし、愛抱夢たちの回想はシナリオの分量もそこまで多くはなかったので、大人組の高校時代のシーンはサラっとやったつもりだったんです。……でも、あのシーンの反響はすごかったですね(笑)。カット数はそれほど多くないはずなんですけど……。
内海 めっちゃ少ないです(笑)。
林 高校時代の桜屋敷が意外とはっちゃけていたっていうビジュアルに、パンチがあったのかなって。私としてはジョーが今より華奢だったことがいちばんの衝撃でした!
内海 まだ仕上がっていない筋肉!
――若い頃の桜屋敷たちというのは、設定が存在していたんですか?
林 内海さんが描いたラフがすでにありましたね。このビジュアルは、制作に入る段階でもう決まっていたんですか?
内海 はい、高校時代を出すと決まった時点でラフを作ったので、迷いもなかったです。
林 迷いがなかったからこそ、見ている人にも刺さったんでしょうね(笑)。
内海 普通にやるとたぶん、そのまま髪の毛が短くなる感じだと思うんですけど、彼らはスケーターなので若いときってちょっとヤンチャをしていたり、あとから思うと恥ずかしい――中二病的な部分があったほうが人間味があるじゃないですか。桜屋敷は南城と話しているときに口調がけっこう荒っぽかったので、昔は意外とワルかったのかなって、そういうイメージで描いたんです。あと第10話といえば、菊池と愛之介の幼少期も出てきますよね。
林 私は子供の描写も好きなので、ここは描いていて楽しかったです。素直で無邪気な愛之介君はかわいかったな……(笑)。
内海 過去形(笑)。あのあたりも、林さんのコンテそのままですね。林さんが描くコンテの表情は本当に素晴らしいんですよ。表情だけで伝わってくる感情とか魅力がすごくて。できるだけ、このコンテのニュアンスに近づけたいなと思って制作していました。
ランガの「初めての笑顔」に対するこだわり
――なるほど。
林 あと第10話も第7話と同じく、最後のシーンだけ自分で演出させてもらっていますね。コンテ段階で内海さんのチェックがけっこう入ったんですけど、監督チェックが終わったあと「ここまでずっと取っておいたランガの笑顔が初めて出るんです!」と言っていた渾身のカットがあって。
内海 ランガが大笑いするところですね。
林 ランガのこんな顔、見たことないって表情が初めて出てくる。このシーンは第7話の回収をする大事な場面でもあるので、まとめて演出までやりたいな、と思いました。
内海 最終的にそのカットの第二原画までやっていただいて、頭が上がりませんでした。「まさか二原までやっていただけるんですか?」って聞いたら「大事なんでしょ? 見たかったんでしょ?!」と言われて(笑)。
林 このカットのランガの頬ブラシの色、内海さん、めちゃくちゃこだわっていましたからね(笑)。放送が迫っていて、もう何度もリテイクができないって状況だったんですけど、「頬のブラシの濃さが~」って言って。
内海 初めのテイクはちょっと濃すぎたというか、自然な赤さが欲しくて。照れているわけじゃなくて、高揚して頬が赤くなっている、という感じが欲しかったんです。
林さんの作る映像の流れは本当に気持ちいい
――そろそろ締めに入ろうと思うのですが、林さんから見て、内海さんはどういう演出家ですか?
林 キャラ愛が重い。
内海 ふふふ(笑)。
林 重いというか、ホント、キャラクターに対する愛情がすごい。
内海 いいですよ、「重い」で。
林 (笑)。そこは『BANANA FISH』を作っていくうちに痛感していった部分なんですけど、とにかくキャラクターに関しては絶対、妥協しない人だなって。さきほど、暦の顔を見せる、見せないって話がありましたけど、演出的には見せなくていいって人もいるはずなんですよ。でも、内海さんはあえてキャラクターにフォーカスを当てたい人なのだと、再確認しました。
――見ている人もそちらのほうがより盛り上がるところはあるでしょうね。
林 そうですね。だから感情を盛り上げるのがすごくうまいなと思います。
内海 林さんにそんなふうに言われたのは初めてです……うれしい! 千葉さんには「圧を感じる」って言われるんですよ。
林 「圧」?(笑)
内海 千葉さんとしては「もうこれでいいんじゃないかな」って思っていても、私からの圧を感じて描かざるをえなかったって(笑)。
林 監督修正でも、細かい指示がぶわーっ!!と書かれているんですよ。もちろん「ここはもう少し、こういうバランスで」みたいな技術的なことも書いてあるんですけど、それに加えて感情の説明がめちゃくちゃ細かく書かれている。「このときはこう思っていて、こういう心境で、だからこの表情なんです」みたいな。それが圧につながるのかもしれないです(笑)。そこまで書かれていたら、作画の責任者としては描かざるをえないんですよね。
――では逆に監督から見て、林さんの魅力はどんなところにあるでしょうか?
内海 今回、『SK∞』というへんてこな作品で林さんはどんなコンテを描かれるんだろう?って、楽しみ半分、不安半分ではあったんですけど、実際にやっていただいたのを見たら『SK∞』も林さん全然イケる!って(笑)。林さんが意外とコミカルなテイストもお好きだというのは、ご本人とお話ししたときに感じていたので、そういう部分で同調できたのはすごくうれしかったですし、なによりやっぱりドラマですよね。林さんの作る映像の流れは本当に気持ちよくて、第7話と第10話のドラマが魅力的になったのは間違いなく林さんの手腕です。あとはさっきもお話ししましたけど、表情!
林 えー、うれしい(笑)。
内海 私だけでコンテを切っていたら、きっとこの表情は生まれなかっただろうな、みたいなカットもたくさんあって。私自身も『SK∞』という作品のファンなので、そういう意味でも参加していただけて、めちゃくちゃうれしかったですね。
- 内海紘子
- うつみひろこ 演出家、アニメーター、アニメーション監督。アニメーター、演出家として『けいおん!!』『日常』などに参加した後、テレビアニメ『Free!』で初監督。吉田秋生原作の監督2作目『BANANA FISH』も大きな話題を呼んだ。
- 林明美
- はやしあけみ 愛知県出身。アニメーター、演出家。『少女革命ウテナ』『フルーツバスケット』『BANANA FISH』など、数多くの人気作にアニメーター、演出として参加する。ガイナックス、カラーに所属したあと、現在はフリーで活動中。