自分が納得いくものを世に出したい
――劇場版はどれくらいのタイミングで決まったのでしょうか?
伏瀬 2019年の第1期打ち上げの席で「劇場版に興味がありますか?」と聞かれました。そのときには何も決まっておらず、2020年の冒頭あたりで「第2期のあと、第3期以降へつなげていきたいんです」と言われ、そこで劇場版の原案を書いて欲しいという正式な打診が来ました。そこからいろいろありまして、2020年の年末から本格的に映画の制作がスタートしました。
――ストーリー原案として参加していますが、原案は小説の形で作ったのでしょうか?
伏瀬 当初、提出した原案が「劇場版にはあまり向いていないのではないか」と言われまして……。それが2020年9月頃の話でした。原作小説の締め切りが12月で、原案を小説として書く時間がなかったので、2日ほどで要所要所のセリフを書き出たものをプロットとして送りました。
――伏瀬さんはプロットを書くのがあまり得意ではないと聞いていましたが。
伏瀬 そうですね。自分向けにはプロットは書かないので、他の方へ向けてセリフだけ書いたものを渡した形です。僕にとってのプロットとは、セリフを書き出したものにところどころ状況描写が入ったラフな感じのものなんです。
――それには締め切りはあったのでしょうか?
伏瀬 とくにはなかったのですが、それまでもシナリオに対して赤字を入れることが多く、それを僕が担当編集さんに渡し、その後、アニメの制作会議にかけるというやり方でした。でも、この方法だと伝言ゲームでロスが多い。第3期ではオンライン会議のシステムが組まれたのでロスがたいぶなくなりましたが、劇場版の制作途中までは旧来のやり方だったので、セリフとストーリーの骨格を書いたプロットを渡していたわけです。時間があれば方向性を決める会議をして、それに合わせた小説を書き、それをもとにシナリオを書いていただければ、もうちょっとスムーズだったと思います。(※伏瀬氏は関西在住、制作会社の所在地は東京のため、物理的に距離がある)
――先に小説を書くのは負担が大きいのではないですか?
伏瀬 大きいといえば大きいのですが、あとからやり直すことを考えれば……。先に書いていれば、違ったとしてもそういう解釈もあるかと流せるのですが、書いていないものが世に出てしまうと、「これが作者が書きたかったものだ」とファンに勘違いされてしまう恐れがあります。自分が思っているものと違うものが世に出てしまうのは避けたいので。小説は解釈する人次第だと思っていて、それが面白くても、つまらなくても「解釈」なんだと思います。ただ、書いていないものが映画として初めて世に出てしまうと伝わらない可能性があるので、自分が納得いくものを世に出さなければいけないと考えると、TVシリーズ以上に意見の交換が必要になりました。
――菊地(康仁)監督やエイトビットのスタッフの方々とのやりとりは、前述のような流れだったのでしょうか?
伏瀬 そうですね。菊地監督は大ベテランですが、もちろん解釈は僕と違うところがある。そこのやりとりですね。顔を合わせてのやりとりならスムーズだったのでしょうが、人を介してだと難しいところもあり大変でした。そこで劇場版制作の途中からオンラインでのやりとりに切り替わりまして、スムーズになりました。ただ書いて伝えるより楽だと思っていたのですが、オンラインだとずっとしゃべっていないといけなくて、それはそれで大変でした(笑)。それでも齟齬(そご)はだいぶ減りましたね。アイデアも直接伝えられるようになりましたし。
ヒイロとベニマルは納得のいく形で対峙させたかった
――劇場版に際して伏瀬さんからリクエストを出したものはあるのでしょうか?
伏瀬 僕がプロットだけでなく脚本を書き下ろしたシーンがあるんですが、そこは丁寧にお願いしますと伝えました。尺の都合でいくつかのセリフがカットされそうになっていました。ただ、それをカットしてしまうと、新規に登場するキャラクターのイメージが変わってしまうと思ったんです。件(くだん)のシーンは僕が古参のファンに向けたもので、そのシーンを見てもらうためだけにでも劇場に足を運んでもらえるのではと思っています。そう長いシーンではないのですが、丁寧に描かれていて見ごたえがあります。
――今回、劇場版のオリジナルキャラとしてヒイロやトワが登場しますが、彼らを書くにあたって気をつけた点は?
伏瀬 トワは正統派のヒロインですね。ヒイロは頼れるキャラクターだけど、多くの困難がふりかかります。ベニマルとの絆を描くためには、ベニマルに匹敵するくらい強くないと見栄えがしないので、納得のいく形で対峙するように展開を持っていきました。
――キャストの演技はいかがでしたか?
伏瀬 ヒイロ役の内田雄馬さんは経験豊富な声優さんだけあってお芝居がうまかったのですが、ラキュア役の木村昴さんもとてもうまくて。これだけうまいなら、もっとセリフをしゃべらせればよかったと思うくらいでした。
――実際に映像を見ていかがでしたか?
伏瀬 いい出来だったと思います。苦労した甲斐がありました。イメージ通りになっています。途中で投げていたら、ファンの「楽しみです」という声を聞くたびに心が痛くなりそうだったので、そうならなくてよかった。
――本作の見どころを教えてください。
伏瀬 何を言ってもネタバレになりそうで難しいのですが、映画単体で見て楽しめる作りになっています。映画だけで楽しめるように、ということを念頭に書きました。もちろん、古参のファンが楽しめる要素も満載です。僕は古参に向けて、映画の目的は新規ファンの獲得で、そこの部分の綱引きした結果がご覧いただく作品になっています。お互いに納得いく感じのちょうどいいバランスだと思っています。
――最後に、ファンへ向けてひと言お願いします。
伏瀬 楽しみにしているファンがいるのに「ホントはつまらないんだよな」と僕が内心思うような作品にならなくてよかったと思っています(笑)。嘘をつくのがいやなので、そういうときは一切コメントしないと思うのですが、今回に関しては自信をもって面白いと言える出来になったので、皆さんぜひとも楽しんでください。
- 伏瀬
- ふせ 小説家。2013年よりWeb小説投稿サイト「小説家になろう」にて『転生したらスライムだった件』を発表。以降、商業小説版、コミカライズなどを経て、2018年からはテレビアニメも放送されている。