TOPICS 2021.09.07 │ 12:00

中国アニメの新たな地平を開く『天官賜福』
黒﨑静佳プロデューサーインタビュー①

中国の動画配信プラットフォームbilibiliで配信中のアニメが総再生回数4億回を突破するなど、中国で驚異的な人気を誇る『天官賜福(てんかんしふく)』。日本語吹替版が放送されるやいなや、女性視聴者を中心にどんどんとファンを増やしている。話数を重ねるごとに深みを増していく本作の魅力や舞台裏を日本語吹替版制作を担当した一人である黒﨑静佳プロデューサーに聞いた。

取材・文/犬地リコ

※本記事には物語の核心に触れる部分がございますので、ご注意ください。

中国独自のファン文化が育んだ超人気作

――中国では大変な人気を誇る『天官賜福』ですが、実際、現地ではどのような盛り上がりを見せているのでしょうか?
黒﨑 中国では『天官賜福』は幅広い世代に知られていて、コンビニやファーストフード店とのタイアップが行われるぐらいメジャーな作品という印象です。日本ではこういった女性向け作品は限られたターゲット層が楽しむものというイメージが強いと思うので、ちょっと盛り上がりが想像しづらいかもしれませんね。

――中国独自のオタク文化が醸成された結果、そういった大きなムーブメントにつながったということでしょうか?
黒﨑 『天官賜福』は、もともとはWebの連載小説です。中国では本を出版するのに国の審査が必要になるため、審査がゆるいWeb連載でさまざまなジャンルの作品が育ってきたという背景があります。2019年に中国で配信されたブロマンスドラマ『陳情令(ちんじょうれい)』が一大ブームとなり、その影響でBLやブロマンスものといったジャンルの作品がより市民権を得るようになってきたのではないかと思います。これは私の感覚としてですが、日本だと「BLやそれに近いブロマンス作品は隠れて楽しむもの」という不文律がある一方で、中国のファンは「こういう作品が好き」というのをすごくオープンに楽しむ風潮があるように思います。ネットでも、ファンが「作中で〇〇と△△が結ばれそう」といったカップリングについてのコメントを発信しているのをよく見ますし、そういった話題によって連鎖的にファンが増えているからこそ、さきほどお話ししたような一般向けのタイアップ企画も立ち上げやすいんだろうなと感じました。

――日本でも、日本語吹替版の放送に合わせて作品のハッシュタグがTwitterのトレンド入りを果たすなど大きな反響を呼んでいますが、こちらについてはいかがですか?
黒﨑 とてもありがたいです。『天官賜福』は中国では本当に人気の高い作品なのですが、原作小説の日本語翻訳版はまだ出ていなくて(2021年8月時点)。アニメ単体で勝負しなければならなかったので、どこまで認知度を上げられるかが気がかりだったんです。思った以上に多くの視聴者に見ていただけて、本当にうれしく思います。

――日本の視聴者のなかには、もともと中国版のアニメ配信や原作小説を楽しんでいたという既存ファンもいるようです。
黒﨑 新規のファンの方と、既存のファンの方で半々ぐらいじゃないでしょうか。新規ファンの方はキャストさんだったり、アニメの絵をきっかけに興味を持ってくださった方が多い印象ですね。新規参入した人たちのために、既存のファンの方々が用語や各話ごとの解説をしてくれていたりと、ファンの皆さんの温度感が優しいのもとてもありがたく思っています。

「今っぽさ」を押さえた美術と骨太なストーリーが魅力

――黒﨑さんと『天官賜福』の出会いはどのようなものだったのでしょうか?
黒﨑 初めて知ったのは2019年の秋頃にbilibiliが発表した、2020年制作予定のアニメラインナップ発表でした。PVをひと目見て気になり、原作小説を読んでみて「これは日本のファンにも受け入れられる」と思い日本語吹替版企画に動きました。

――PVを見てひと目惚れしたんですね。
黒﨑 もちろん、お話もすごく面白いのですが、最初はアニメの絵のインパクトでしたね。国民性や国ごとの好みの違いも大きいと思うのですが、これまでの中国アニメのキャラクターデザインは、日本の感覚からすると世代が少し前の印象のものが多かったんです。でも、『天官賜福』はそこがすごく洗練されて「今っぽい」デザインになっていたのが衝撃的でした。できるだけ線を減らしつつ、髪や服のなびきをシルエットで魅せようとするところや、影色に紫や青の寒色を入れているところは、最近の女性向けのトレンドをうまく取り入れていますよね。『天官賜福』を制作している絵夢(えもん)動画は日本にも現地法人があるので、日本のアニメ作品の手法や流行をうまく取り入れて、作品をブラッシュアップしているのではないでしょうか。

――背景や美術まわりの印象はいかがですか?
黒﨑 『天官賜福』は背景美術とキャラクターと3Dがうまくまとまっている印象があります。アクションシーンも一部は3Dをベースにしながら、ちゃんとなじんでいるのがすばらしいです。中国のアニメは、デジタル技術もセルの絵もどんどん掛け算して盛りに盛っていくものが多いなか、『天官賜福』は上手に引き算してスマートにまとめていると思います。

――キャラクターを立たせるために描き込みを押さえたり、うまく「抜き」を作っているという感じでしょうか?
黒﨑 そうですね。キャラクターに限らず、全体の雰囲気づくりがすごく洗練されていると思います。絵本のような感じというか、『天官賜福』はいうなれば「神様の昔話」なので、そういった幻想的な雰囲気づくり、ソリッドな質感がとてもうまく作られているなと。

――原作のストーリーについては、どんな部分に魅力を感じましたか?
黒﨑 おそらく日本語にしたら全部で文庫本7~8冊ぐらいの大長編なのですが、読めば読むほど引き込まれていきました。プロットと構成がすごくよく練られていて、伏線やお話の展開が計算し尽くされている骨太な物語に、キャラクターたちの魅力が上乗せされて、本当に面白い小説だったんです。ロマンスを描きながらもサスペンスドラマにもなっていて、冒険ファンタジーとしてのハラハラドキドキ感もちゃんと楽しめて……。日本の少女マンガだと『暁のヨナ』や『ふしぎ遊戯』あたりのテイストが近いでしょうか。そのテイストが好きな人にちょうど刺さる作品だった、という点でも、日本の視聴者への訴求力が高かったのだと思います。

ローカライズの壁を乗り越えて

――日本向けのローカライズやプロモーションを行ううえで、どのような苦労がありましたか?
黒﨑 やっぱりセリフの翻訳が難しいですね。

――日本では聞き慣れないような単語も多いですよね。第一話で登場した「飛昇(ひしょう)」とか。
黒﨑 謝憐(シエ・リェン)役の神谷浩史(かみやひろし)さんにも最初にそれを聞かれました(笑)。プロモーションの話にもなるのですが、セリフや世界観をどこまで説明するべきかも難しいポイントでした。たとえば、「人間界・天界・鬼界の3つの世界がある」という作品の基本的な世界観、これは中国では民間信仰や道教の教えとしてみんなが知っているものなんです。でも、日本の大部分の視聴者は当然知らないから、まずそこを説明しなきゃいけない。けれど説明しすぎると逆に作品に入るためのハードルが上がってしまうし……というような感じで、説明の塩梅(あんばい)が本当に難しかったですね。

――必要な説明をセリフに盛り込むのも大変そうですね。
黒﨑 そもそも中国語をそのまま日本語のセリフに訳すと、圧倒的に日本語のほうが長くなってしまうんです。でも、すでに映像とセリフの尺は決まっているから、限られた尺のなかにさらに説明を足していった結果、原文とは全然違うものになってしまったりして。本当に翻訳者の方にはご迷惑とご苦労をおかけしました。

――日本語だと一人称や口調によってキャラクターの印象もかなり変わってきますが、そういったテイストは中国語のセリフにもあるのでしょうか?
黒﨑 日本人としての感覚ですが、日本語のアニメやマンガほどの差異はないように思います。中国語には日本語ほど複雑な敬語表現がないですし、一人称のバリエーションも日本語のほうがはるかに多いです。なので、翻訳の際は、原作を踏まえてある程度こちらでキャラづけをさせてもらっています。たとえば、第一話の謝憐は、最初の翻訳だともう少し口調が強かったんですけど、敬語と常態語を混ぜて柔らかい雰囲気が出るようにしたり。ほかにも、扶揺(フーヤオ)はひねくれ者の皮肉屋っぽくして、南風(ナンフォン)は愚直で体育会系っぽくしましょうとか、音響監督と翻訳者の方と打ち合わせをしながら調整していきました。

――とくに大事にしたセリフや、翻訳が難しかったセリフはありますか?
黒﨑 タイトルでもあり、第一話にも登場した「天官賜福」でしょうか。第一話では謝憐が人間界に発つ際の霊文(リンウェン)とのシーンで登場しています。霊文の「天官賜福」という言葉に謝憐が「百無禁忌」と返す原文を、最初は「この旅が無事に終わり 天の祝福があらんことを」「行く手に憂いなし」と訳していただいたのですが、これだとタイトルの『天官賜福』の意味を説明する機会がなくなってしまうと思いまして。だから第一話だと「この旅に天官賜福、天の祝福があらんことを」と言う霊文に謝憐が「恐れるものなし」と返す形にした代案をいただいて、少しタイトルを印象づけるようにしました。

――タイトルになるだけあって、すごく重要なひと言ですね。
黒﨑 「天の神様の御加護があれば恐れるものはなにもない」というような意味でもあるのですが、タイトルの意味も含めてよりわかりやすくなるよう、調整していただきました。このお話は、ひとりの神様とひとりの信者のお話なので……視聴者の方の楽しみを奪ってしまうといけないので、あまり詳しくはお話しできないのですが、この物語のテーマを体現したとても印象的なセリフです。

日本語吹替版の主題歌は深読みできる楽曲に

――この先の展開を見ると「なるほど!」となる瞬間があるということでしょうか?
黒﨑 日本語吹替版の放送はまだ1クール目だけですが、中国では続編の制作も決定していますし、いつかアニメでストーリーを最後まで見終えるか、原作小説の日本語翻訳版が出たりして全部読み終えたときに「ああ、そういえば、日本語ではそういう意味だった」と第一話のセリフを思い返してもらえたらいいなと思っています。

――制約のあるなかで作品の本当に大事な部分を伝えるために、さまざまな工夫をしているのですね。
黒﨑 翻訳は基本的にできるだけ原文に近い言葉に言い換えるのが原則だと思うのですが、そこだけはイレギュラーにさせてもらいました。ローカライズは国語力を試されますね(笑)。

――ちなみにオープニングとエンディングは日本版独自ものとなっていますが、こちらはどういった経緯で変更したのでしょうか?
黒﨑 もともとの主題歌も雰囲気のある素晴らしい曲なのですが、日本と中国では音楽に対する感覚も異なる部分がありますので、プロモーションの観点から日本の曲に変えさせてもらえるよう、作品買つけの際にこちらから権利元にお願いをしました。主題歌を作ってくださったアーティストの方々には、原作では最終的にどうなるのか、これが何を描いたお話なのかというのをちゃんとお伝えしたうえで作詞していただいたので、すごく作品に合った、深読みできる楽曲になっていると思います。

――映像面ではいかがですか?
黒﨑 オープニングとエンディングの映像は、映画『君の名は』のPVや2020年の『ドラえもん』のオープニング&エンディングなどを手がけている10GAUGE(テンゲ―ジ)というスタジオに制作してもらいました。既存の素材を使いながらすごくハイエンドな映像を仕立てることに技量のあるスタジオで、今回も歌詞やキャラクターの関係性にフォーカスした映像になるよう再構築してくださっています。私も完成した映像を見たときに、すごく新鮮な気持ちで楽しめました。endmark

黒﨑静香
くろさきしずか アニプレックス所属。『Fate』関連作品や『活撃 刀剣乱舞』など女性人気の高い作品のプロデュースを数多く手がけてきた。
作品情報

『天官賜福』
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