睦天命と嘲風は、どちらも浪巫謠を肯定する存在
――『Thunderbolt Fantasy 西幽玹歌(以下『西幽玹歌』)』の物語は、どのようにして生まれたのでしょう?
虚淵 今後のシリーズの展開に備えて、浪巫謠(ロウフヨウ)というキャラクターのパーソナリティを他のスタッフと共有したいという考えがまずありまして。じつは最初、今回の外伝は霹靂社(ヘキレキシャ)さんの作品を普段手がけている、現地のシナリオライターさんに書いてもらうことも考えたんです。それで実際に何本かプロットを立ててもらったんですけど、ネックになったのが、やはり浪巫謠に謎がありすぎたことでした。『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀(以下『東離劍遊紀』)』の2期で描いた以上の情報がないせいで、踏み込んだキャラクターとして描けていなくて、これはまずいな、と。で、キャラクターの説明をあらためてメモにして渡すくらいなら、それをそのままプロットにしたらいいじゃないか、と。生い立ちから始めて、どんな風に現在の浪巫謠になっていったのかを説明する、そんな内容の物語を作ろう……そういった経緯で出来上がった作品です。
――浪巫謠の背負っているものがかなり明らかになりましたが、母である咒旬瘖(ジュシュンイン)が何者なのかは、まだまだ謎めいています。
虚淵 そうですね。咒旬瘖は浪の出生の秘密を握る人物であり、それに関しては浪も一切説明を受けていない。そこを語るような展開も、今後おそらくあるんじゃないかと思います。『Thunderbolt Fantasy Project』は可能な限り続けていきたいと思っているので、ひとつの物語の中ですべてを語りきろうとは考えていないんですよね。
――咒旬瘖に関連したシーンだと、歌と同じものとして剣技を教えるという描写が印象に残りました。あれはどういう発想で?
虚淵 あれはカンフーものではよくあるネタで、江波(光則)さんの書いた外伝にもありましたよね。もともと布袋劇には歌と踊りの要素が多分に含まれていて、人形を演じるうえでは踊りも戦いも等しく重要なアクション要素として扱われている。その感覚が物語にもフィードバックされているような気がします。
――たしかに布袋劇は舞うように戦い、戦うように舞う。『西幽玹歌』にも、まさにそのイメージで展開されるシーンがあります。
虚淵 日本の時代劇のチャンバラとはまったく違う感覚ですよね。
――布袋劇というカルチャーの中でも違和感のない表現であり、作中の世界でも、歌と武技が地続きの技術と考えられている。
虚淵 その感覚はあります。
――睦天命(ムツテンメイ)と嘲風(チョウフウ)という、新たな女性キャラクターも印象的でした。誕生秘話がありましたら聞かせてください。
虚淵 じつはこのふたり、どちらも先ほどお話した霹靂社のライターさんが書いたプロットで登場したキャラクターなんです。ただ、名前はそのままですが、性格づけや役回りはガラッと変えさせていただきました。女性ふたりが浪巫謠を巡って動くことで物語が展開していく……という要素だけをいただいた形ですね。浪巫謠というミステリアスな美青年の物語を描くにあたって、彩りとして恋愛劇を絡めていこうという狙いが霹靂社さんにあったのかもしれないです。
――性格づけ、役回りはどのように?
虚淵 浪巫謠の生い立ちを描く物語に登場するキャラクターとして、彼が少年から青年になり、「男」になっていく時期に、ターニングポイントになるような価値観を見せるキャラクターにできればと考えていきました。山の中で英才教育を受けていたような、ある種の人格破綻者が社会と折り合いをつけていくうえで、ハードルとして飛び越えなければならない、もしくは、階(きざはし)として足がかりにする存在なわけですよね。一種の通過儀礼と言いますか。出会ったことで「自分が何を考えるのか」を問われる、それまで持っていた価値観をひっくり返すようなキャラクター。どちらも浪巫謠のことを肯定する存在ではあるんです。母親を殺してしまったトラウマ、罪悪感を抱えながら生きてきた男を、「あなたはそういう人間でいい」と、それぞれ別の角度から肯定してみせる。で、どちらの肯定を真に受けるかによって、彼の行く末が決まるわけです。つまりは、自分の背負ってしまった「原罪」を抱えるうえで、どんな方法を選ぶのかを考えるきっかけなんです。
――睦天命の声を演じる東山奈央さんは、作品の冒頭で浪巫謠の少年時代も演じています。今の話を踏まえると、キャスティングも意味深です。
虚淵 そうですね。浪巫謠が失った母親との絆を象徴するキャラクターとして、昔、母親に愛してもらえた声と同じ声をしている人物として睦天命を登場させたいということを意識して決めた配役でした。
――造形的にはその……あまりこういう話をするのもなんですが、胸が素晴らしいというか……見ていた映画館では、登場した瞬間に客席が少しざわついていました(笑)。
虚淵 そうですか(笑)。いやぁ、じつは……胸は少しもめたんですよ。
――そうなんですか!?
虚淵 僕としてはそこまでセクシャルな記号を背負ったキャラクターにはしたくなかったんだけど、「ファン層を広げる武器のひとつになるかもしれない」という関係者の意見もありまして……。
――基本的に今作は虚淵さんが総監修という立場でいろいろなことを決めているかと思うのですが、そこは他の方の意見も反映されていた。
虚淵 ですね。刑亥(ケイガイ)や蠍瓔珞(カツエイラク)みたいなキャラクターだったら、「魔性の美女」ということでいくらデカくしてもらってもよかったんですけど、睦天命はその役回りでもないよなぁ、と僕は考えたんです。でも、だからといって、胸が大きければそれが必ず魔性というのも、それはそれで差別なわけですよ。そこまでキャラクターの表現を記号論に吹っ切っていくのはよろしくない。そんなことも考えながら、いくつか霹靂社さんにパーツのパターンを作ってもらって、最終的に今の形に落ち着きました。最初に作ったものよりは、少し大きさを抑えてもらった感じです。やりすぎちゃいけない、くらいのバランスで。
新しい役人を出すくらいなら、嘯狂狷にその役をやらせたい
――嘲風はそんな睦天命と好対照のキャラです。人形の造形も幼く、かわいい系。
虚淵 睦天命のネガというか、負の側面として作りたかったんですよね。ある種の弱肉強食の理論の持ち主と言いますか。「お前は人より優れているのだから、人を殺めて、食い物にして生きていくのは当然の権利である」と語りかける。「他の人たちとわかり合って、手を取り合って生きていくなんて、はなから期待するほうがおかしい」という価値観を提示する。睦天命の示すものとは正反対の、ひとつの世渡りの方法ですよね。
――どちらも今回のエピソードを無事生き残ることができたわけですが、今後の展開で再登場はあるのでしょうか?
虚淵 そうですね。せっかくキャラクターもうまいこと立ってくれたので、ぜひ出したいと思っています。
――安心しました(笑)。ところで、睦天命と殤不患(ショウフカン)はどういう関係なんですか?
虚淵 あー……とりあえず『西幽玹歌』の段階では、仕事仲間と言いますか、お互い性別はそこまで意識していないです。それどころじゃない状況下に身を置いているので。まるきり好意がないというわけではないけど、恋愛関係なんか結んだら弱みになるから、一線を引いて付き合っている……みたいなスタンスかと。会社の同僚みたいな感じですよ。それ以上の関係に踏み込んだら、お互い会社にいられるかわからないよっていうときは、みんな気を使うじゃないですか(笑)。
――しかも、ふたりそろって大事なプロジェクトに関わっている状態で(笑)。
虚淵 そう(笑)。当然、お互い憎からず思っているんですけど、プライベートの関係になっちゃいけないと考えるくらいには、どちらも大人ですね。
――武侠ものでは男女のペアはひとつ王道の設定でもあるとか。
虚淵 ですね。ただ、やっぱり恋愛感情が弱みになっちゃう世界観なんですよ。恋愛感情が一点突破、大逆転のパワーにつながることはない。恋愛して、家族を持って、子をなして……というのは、戦いの一線から退いたあとに許される贅沢なので、現役の人たちは自戒するんですよね。
――ふたりは『西幽玹歌』の時点でどれぐらい一緒に活動しているんでしょう?
虚淵 かなり長いですね。魔剣集めの早い段階から、ずっと一緒にいるんじゃないかと思います。天工詭匠(テンコキショウ)を含めたチームになってからはあまり経っていないですが。
――そこから『西幽玹歌』で3人組になり、『東離劍遊紀』の1期に至るまでの活動がある。ちなみに『西幽玹歌』の時点で魔剣はどれくらい集まっていたのですか?
虚淵 36本には全然届いていなくて、でも、すべてを持っては歩けない量です。で、どうしよう……というタイミングが『西幽玹歌』なわけですよ。
――だから天工詭匠の巻物の技が必要だったんですもんね。
虚淵 そういうことです。魔剣集めの中盤くらいの時期かな。天工詭匠の研究室に並んでいる剣しか、まだ集められていない状態です。
――なるほど。そういえば、先ほどからつい殤不患と呼んでしまっていますが、今回の登場時には別の異名、「啖劍太歳(タンケンタイサイ)」と呼ばれていました。このネーミングはどこから?
虚淵 霹靂社さんに相談して、「魔剣を集めている危なっかしい人物」という状況に合うあだ名を考えてもらったんです。「剣を食らう魔王」みたいな意味だそうですよ。