黒い執念を持つ、狡猾さを隠さない知略家
「オレは自分を知っている。月は一人じゃ輝けない」
自ら発光する力を持たない「月」に自分を重ねられる人間というのは、しかしながら奥ゆかしい性格だと言えるのだろうか? トップに立つほどのカリスマ性や腕力、人身掌握力がないと判断したシビアな自己評価がある一方で、太陽があれば自分も輝けるといった確信も感じさせる。つまり、太陽となる人間さえ見つけることができれば、それを籠絡(ろうらく)できるという屈折した自信と、プライドの高さがそこには滲(にじ)んでいるのだ。
傀儡(かいらい)という言葉があるように、過去の有名な指導者たちを振り返っても、人前に立つ者だけが組織を動かしているとは限らない。その傍らに控える者が組織の核となり、暗部を担っていることもままある。稀咲鉄太は、まさしく「東京卍會(以下、東卍)」の月であり、核であり、暗部といえる男なのである。
中学時代の恋人・橘日向(以下、ヒナ)の命を救うため、タイムリープの能力を駆使して東卍の肥大化と凶暴化を阻止しようとしていた花垣武道(以下、タケミチ)。稀咲は、そんな彼の奮闘を阻止する障害として過去と現代で立ちはだかる。過去の東京卍會では参番隊隊長にのし上がり、現代ではトップ2に君臨していた稀咲は、ヒナやその周囲の人々を幾度も悲劇に追いやるのである。
東卍でそれだけ重要なポジションを任されていたのは、稀咲が狡猾さを隠すことのない過激な知略家だからだ。組織の危機を救うフリをして総長である佐野万次郎(以下、マイキー)に取り入るだけでなく、対立組織「芭流覇羅(バルハラ)」の副総長であった危険な男・半間修二を仲間に引き入れて配下にするなど、組織内部の強化を進めながら、自身の地位も高まるように動き続けている。彼は「東卍を日本最大の犯罪組織にする」ことを目標に掲げているとナオトが推測しているが、プライベートを他人に明かすことはほとんどなく、その動機は不明瞭であった。だが、タケミチに対しては異様なほどの執着を見せており、現代で稀咲を追っていた橘直人は、ふたりの間には何かしらの因縁があると考えていた。事実、稀咲も6度目のタイムリープ後に現代へと戻ってきたタケミチを自らの手で葬ろうとしたとき、「じゃあな、オレのヒーロー」と声を掛けていたのである。
その後、タケミチが7度目のタイムリープに突入した際、過去のふたりの対立関係に変化が訪れる。「血のハロウィン」終結後に勃発した黒龍(ブラックドラゴン)の10代目総長・柴大寿(しばたいじゅ)との抗争で、稀咲がタケミチに共闘を持ちかけたのだ。もちろん、そこには稀咲の罠が張り巡らされており、それはタケミチも断ることができないほど巧妙かつ狡猾なものだった。「ヒーロー」ではないと自覚する男の仄暗い戦いは、どこで終わりを迎えるのか。稀咲の黒い執念は、タケミチがタイムリープを重ねるたび、厄介なものとして炙り出されていくのである。