TOPICS 2022.01.20 │ 12:00

『ワンダーエッグ・プライオリティ』が特別なアニメだった理由③

世の中を席巻する数々の大ヒットドラマを生み出した野島伸司が、初めてアニメの原案・脚本を手がけた『ワンダーエッグ・プライオリティ(以下、ワンエグ)』。若きクリエイターたちの情熱と瑞々しさがありつつも、行き届いた演出力で見せる個性豊かなフィルムとなった『ワンエグ』が、なぜオンリーワンになり得たのかをコアスタッフへの取材をもとに探る全3回の特集。最終回は『ワンエグ』を生み出したチームワークについて4人に語ってもらった。この作品の制作現場だからこそ生まれたケミストリーと、この作品を特別なアニメにした理由とは――。

取材・文/日詰明嘉

監督として大切なのは「スタッフにどれだけ夢を見せられるか」

若林の話を聞いていて少し驚かされたのが「アニメーターの人にとって、『ワンエグ』はガチガチすぎて、あまり面白くなかったかもしれない」という発言だった。「1カットずつ、このカットでは何ができるかを考えて作ったし、それが単なるカット内の暴走にならないよう、ストーリー全体の中でどんな意味を持つかまでしっかりと時間をかけて絵コンテや演出の打ち合わせで詰めていきました。ただ間をつなぐだけで意味がない背景だけのカットは作らないようにしていましたね。シーンがぱっと変わるわかりやすさもありますが、話が分断しちゃうんです。なので、おそらく他の作品よりもキャラクターが写っているカットが多いと思います」。本作を見たときに多くの人がおぼえるフィルム的な充実感、単純なカット数では割りきれない充足感の秘密を若林は教えてくれた。そのコントロールに対して、自身もアニメーター出身である若林は敏感に慮(おもんぱか)ったのかもしれない。「そうしないと作品の求めている方向とは離れてしまい、するとこれまでの頑張りが無駄になってしまうんです。やっぱり絵を描くのは大変なので、意味のあることをしていきたい。『これで絶対良くなりますから!』と自分たちが確信したものを作業する人に渡さなくてはいけないので、演出打ち合わせには相当時間をかけました」

今回の取材に協力してくれた4人は制作現場では背中合わせの席。密なコミュニケーションが取れていたことは、制作に良い影響をもたらしたと言えそうだ。

「作業をするうえでメインスタッフがすぐにコミュニケーションを取れるのはとても良い作り方だと思います。疑問があったら直接聞けて、絵でもやりとりができる。客観的な目でジャッジしたいときにも意見交換できる人がすぐ側にいると助かります。とくにこの作品はオリジナルでしたから、いろいろなアイデアを持ち寄ることも大事でしたし、純粋にモチベーションも高まりますよね」(川上)

「作業をしていても、すごくどうでもいい話とかして面白かった記憶ばかりがあります。打ち合わせでも同じ感覚で、内容は仕事の話なんですけど何時間もアイちゃんたちの話ができるのが楽しかったですね。私は自分の考えを伝えるのが苦手なのですが、そういう人間でもちゃんと意見が言えるような環境づくりをしてくださって、それが作品づくりに良い影響を与えたことは間違いありません。意見がぶつかったことも数えきれないほどありますよ。誰でも譲れない部分ってあると思いますから。でも、やっぱりできたものが良かったから、いい思い出になりました。それに尽きると思います」(高橋)

「4人がそろっていないときは、誰かが欠けた人のモノマネをしたりして(笑)。自分が帰ったあとで面白いことが起きたらイヤだからダラダラ残っちゃう楽しい飲み会みたいな。そこでまた作品の話をしたりといった日々でしたね」(山﨑)

「良い作品を作ろうという志を、みんなが持っていたのが良かったですね。忙しかったり疲れてくると、つい『自分だけが辛い目に……』みたいに思ってしまいがちなのですが、この作品のスタッフは最後の最後、『みんなが頑張っているんだから、ここであきらめるわけにはいかない』と他人のために踏ん張れる人たちで心強かったです。僕としてもまわりの人がこれだけ頑張ってくれているし、多くの人を巻き込んでいるので、折れるわけにはいきませんでした。究極的にいえば、監督はどれだけ夢を見させられるかだと思うんです。みんなに『俺たちの作っているものはいいものなんだ』と思わせられるかどうか。4人でいることで、頑張るためのパワーをもらえていましたね」(若林)

ここまでメインスタッフ4人に取材してきたが、伺えた内容は完成に至るまでのほんのわずかに過ぎない。アニメオリジナル作品の制作は原作付きの企画と比べて労力が大幅にかかるとされる。ベースとなる脚本はあれども、ビジュアライズすべきキャラクターや舞台は1から作り上げることになり、スタッフが創意工夫し費やした時間が膨大であることは容易に想像がつく。なぜクリエイターたちはそうまでしてオリジナル作品を作ろうとするのだろうか。その答えのひとつには、取材の中で繰り返し出てきた「自分たちの作品を作りたい」というクリエイターとしての思いがある。キャラクターの履歴書づくりからアイデア出しまで周囲を巻き込み、どこを切り取ってもスタッフそれぞれの「自分ごと」として作られ、キャラクターの考えや行動、予備動作ひとつひとつにリアリティが生まれた。

本作を描くうえでのこだわりとして、若林は「画面の中で表現されていること以外の表現」と難しい答えを返してきた。「第5回では4人がアイの家でゲームをしたりケンカをして、一体感をおぼえたり、『自分のことをわかってくれるんじゃないか』という思いが生まれたりするのですが、それは勘違いなんですよね。大人になるとそういうものだとわかるのですが、中学生ぐらいだと過剰にショックを受けてしまう。そんな風に、描写するものと腹の中で思っていることを別のものとして描くのが好きなんです。ついこだわっちゃうところって、そういう部分かな」と話す。

本作が単なるエンターテインメント性のみにとどまるのではなく、ある種の「凄み」を持ってとりわけティーンエイジャーに刺さった特別な作品になり得たのは、そんな制作チーム全体の「ドキュメンタリック」な手触りがあったからなのだろう。

「私個人の話でいえば、本当に良いものになったし、この作品と制作にかけた時間は人生の宝物です」(高橋)
「たぶん、もう二度と作れないかもしれない」(川上)
「青春時代のような、期限付きの特別な時間だったという感じがします」(山﨑)
「この作品に携わったスタッフが出世して、願わくば、何年後かでも『やって良かった』と思ってくれれば」(若林)

この作品の制作をして過ごした時間は、そんな風に皆にとってのアルバムとして綴じられている。endmark

作品情報

『ワンダーエッグ・プライオリティ』
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