Febri TALK 2022.08.22 │ 12:00

イムガヒ アニメーション監督

①アニメの原体験
『ライオン・キング』

『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』の副監督として、巨匠・安彦良和を見事に支えた逸材・イムガヒ。監督作『テクノロイド』が発表された彼女に、そのルーツにあるアニメ作品を全3回のインタビューで語ってもらった。初回は90年代のディズニーを代表する名作について。

取材・文/前田 久

100分少しの時間で、喜怒哀楽すべてが描かれている

――1作目はディズニー作品の『ライオン・キング』です。こちらはイムさんにとって、どんな意味を持っている作品なんでしょう?
イム たぶん、人生でいちばん見返している作品だと思います。生まれて初めて見たアニメーションが、ディズニーの『白雪姫』なんです。子供の頃、ビデオを親に買ってもらって見ました。それでアニメーションの魅力に目覚めてから、劇場で初めて見たアニメ作品が『ライオン・キング』だったんです。小学生だったんですけど、親にねだって、劇場に3回ぐらい通わせてもらいました。そのときの劇場の風景までおぼえているくらい、印象に残っています。そのあと『ライオン・キング』もビデオを買ってもらって、実家にいるときはしょっちゅう見ていました。今回、25年ぶりくらいに見返したんですけど、次にくるカットの内容を全部おぼえていて、我ながらゾッとしました(笑)。

――そのレベルで染み込んでいる、まさに原体験と呼べる一作なんですね。
イム そうですね。大学生時代にニューヨークに行ったとき、ブロードウェイで『ライオンキング(原題:THE LION KING)』のミュージカルを見たんですけど、もうスタートの音楽が鳴り始めたところからバーッて泣いちゃって。いろいろな感情がこみ上げて、泣いた理由は自分でもよくわからなかったんですけど、おかげでろくに舞台が見られなかったんです(笑)。それぐらい自分の中で存在感が大きい。そして今見ても、よくできているんですよね。90年代に作られたセルアニメですから、素材的にはけっこう粗いところもあるんです。セルのブレとか、今、自分がアニメを作る仕事をしているからこそ、気になるところはあります。でも、当時の子供の目には、そういうのはまったく気にならなかったですね。それどころか、たぶん「アニメーション」と意識して見ていなかったと思うんですよ。現実とあまり変わらないものだと思っていた。それぐらい、描かれている世界をリアルに感じていました。

――今、アニメのプロとしての視点から見た『ライオン・キング』の感想を、もう少し詳しくうかがってみたいです。
イム まず、本当にストーリーに無駄がないですね。ディズニーのアニメはいつもそうですが、シナリオがよく整理されている。子供が見ても疲れない短い尺(映像の長さ)の中で、スタートから最後の伏線の回収までうまいことできている。3年ぐらいシナリオにかけているそうですが、それぐらい長い時間をかけないとここまで完成度が高いものはできないのか……と、業界の先輩たちともよく話しています。

喜怒哀楽の感情の伝え方が

よくできていて

何度見てもシンバのお父さんが

亡くなるシーンはつらすぎる

――完成度の高さ、具体的にはどんなところに感じます?
イム 省略する部分……たとえば、シンバ(主人公のライオン)が子供から大人に成長する部分は、歌の途中で橋をずっと歩いていくだけで、O.L.(オーバーラップ)でうまいこと映像をつないで処理してしまう。そういう大胆に切るところと、ちゃんと見せるところの選択がすごいなと思いますね。

――たしかに、あそこの時間経過の表現は大胆ですよね。それも見せたいストーリー構造が明確だからできること。
イム 100分少しの短い時間の中で、喜怒哀楽が全部入った壮大なストーリーが描かれていることを考えると、本当にすごい。喜怒哀楽の感情の伝え方もよくて、何回見てもシンバのお父さんが亡くなるシーンはつらすぎる。感情をちゃんと伝えるべきところは尺をたっぷり使っていて。あと子供向けなのにもかかわらず、セリフがひと言もないシーンもけっこうあるんですよね。それぐらい大胆にやらないと、映像から感情は伝わらないのかもなって、今見ると思います。セリフがないと怖くなっちゃうんですよね。でも、ちゃんと計算して「このシーンはこの尺の長さが必要だから」と割り切ってやらないといいものはできないのかもって思いました。

――作画的な面はいかがですか?
イム 動物の動きをどれだけ研究したんだろうと震えますよね。今、家で猫を飼っているので、自分も猫の動きを見ちゃうんですけど、脚の運びとか伸びるときにちゃんと耳が下がるとか、そういう特徴を『ライオン・キング』はとても丁寧に拾っている。あと、動物の種類によって、同じ振り付けで踊るところでも、全部動きが描き分けられているんですよ。それに気づいたときはゾッとしました。ディズニーのアニメーターさんたちは、やっぱりすごいなって。人間とは違う関節の動きを把握して、動物のリアルな動きを描いている。そしてさらに、その動きに人間の表情を乗せている。

――『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』であの奔放なヤギを描いたあとだと、なおさらそう感じるのでは?
イム そうなんですよ。作っているときは意識していなかったんですけど、見返していたら「あ、ヤギがいる。ここで原体験と自作がつながった!」って思いました(笑)。

――あはは。今の自分が、いちばん影響を受けていると感じるところはありますか?
イム アメリカのアニメってプレスコが多いじゃないですか。それもあってか、口パクと音声がピッタリ合っていないと完成度が低いと思われるらしいんですが、自分もそれに近い感覚があります。そこは影響を受けているかもしれませんね。アニメの演出家でも、しゃべっていることを表す記号的な表現だから、とにかく口が動いていればいいと考える方もいるし、細かく気にする方もいる。皆さんで考え方がバラバラなんです。自分は気になるほうで、それはやっぱり見ている人にアニメーションだと思われたくないからなんです。アニメーションって、いろいろな人が素材を作るじゃないですか。絵を描いている人、声をあてる人、色を塗る人、撮影する人……それが全部合わさってひとつのキャラクターを描くわけですけど、そういう素材の塊として見てほしくない。あくまでその世界がそこにあると思って見てほしいんですよね。endmark

KATARIBE Profile

イムガヒ

イムガヒ

アニメーション監督

イムガヒ(林 嘉姫) 1988年生まれ。韓国出身。来日後、サンライズ(現:バンダイナムコフィルムワークス)に入社、撮影部門へと配属されるも演出を志望して異動。『アイカツ!』の制作進行を経て『ガンダムビルドダイバーズ』などの演出を担当。『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』では副監督として抜擢された。