Febri TALK 2022.08.31 │ 12:00

小山恭正 音響効果技師

②劇場版ならではの音作りに手応え
『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス』

生活音から爆発音まで、音楽とセリフ以外のすべての音を作り出している音響効果技師。今回は数々の人気アニメの音響効果を手がける業界トップランナーのひとり・小山恭正氏に、自身の作品から印象的な3作品を選んでいただいた。2作目は、TVシリーズとは違う劇場版ならではの音作りに挑戦した『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス』。

取材・文/岡本大介

作品全体の起承転結を意識した「レンジコントロール」

――『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス』は、TVシリーズ第2期放送直後の2015年に公開された完全新作でした。効果音はまた新たに制作したのでしょうか?
小山 はい。それまでは日本国内だった物語が、劇場版では東南アジアが舞台になったので、塩谷直義監督から「海外感を出したい」というオーダーがあったんです。なので、アジアの闇市っぽい雰囲気の環境音はかなりたくさん集めました。あちこちで鳴り響くクラクションなど、街の喧騒はとくに意識しました。

――劇場版はシナリオやレイアウト、演出のすべてがハリウッド映画のような印象を受けました。音響効果もそれに合わせて劇場感がありますよね。
小山 僕が今回『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス』を選んだのは、まさに劇場用の音作りというものを初めて意識した作品だからなんです。以前にも劇場版の音響効果を手がけたことはあったんですが、それまではずっとTVシリーズの延長線上で音作りをしていました。でも、おっしゃる通り、この作品はシナリオもレイアウトも完全にハリウッド的な作りになっているので、テレビ用の音響効果ではどうしても絵に合わないんです。音響監督の岩浪美和さんから「これまでの音響ではこの企画自体が成り立たなくなる恐れがあるから、全体的にプランを練り直してほしい」と言われて、それで初めて劇場用の音作りというものに取り組むことになりました。

――テレビ用と劇場用では、具体的に何が違ってくるんですか?
小山 「レンジコントロール」が違いますね。レンジというのは、端的に言えばボリュームの範囲のことですが、いちばん大きく聞こえる音と小さく聞こえる音の差が、テレビ用の場合は小さく、劇場用は大きいんです。たとえるなら、テレビの音響は水道の蛇口を一定に開いていて、劇場版はシーンに合わせて開いたり閉じたりするイメージです。

――なるほど。作業的には劇場用のほうが手間ひまがかかるんですね。
小山 そうですね。しかも単純にシーンに合わせていくだけでなく、フィルム全体を通じてレンジをコントロールする必要もあるのでかなり大変ではあります。

――それはどういうことでしょう?
小山 『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス』で言えば、冒頭のアクションシーンはかなり大きめの音で盛り上げ、そこから日常シーンに入ると極端に小さくなり、中盤の盛り上がりでは冒頭を超えない程度で鳴らして、最後は一気に最大値で流すイメージです。物語全体の起承転結に合わせたレンジを定めて、その中でさらに各シーンごとに小さな起承転結を作っていく感じですね。

冒頭の狡噛慎也による

狙撃シーンはお気に入りです

いい意味でハッタリを

効かせられたかなと

――全体のシナリオ展開に合わせて、音響面でも演出を施しているわけですね。
小山 その通りです。これは劇場だからこそできる仕掛けであって、テレビではできないんですよ。リビングでテレビを見ていたとして、突然大きな爆発音が入ったらビックリしますし、逆に小さすぎる音は周囲の生活音に紛れて聞き取ることができないですから。でも、劇場であれば、お客さんはみんなスクリーンに集中していますよね。そのおかげでかなり小さな音でも聞き取ることができるんです。僕も最初は「こんなに小さい音で大丈夫かな?」と不安に思ったくらいでしたが、実際に劇場で体験するとしっかりと効果を発揮しているんですよね。

――チャンネル数の違いによって音作りも変わってくるんですか?
小山 チャンネル数が増えれば音の配置の仕方も変わります。テレビはステレオなので、LとRだけですが、劇場は前方部だけでLとRに加えてC(センター)があって、これがあるのとないのとでは音の作り方がけっこう違ってくるんです。これは経験則的に学ばないと身につかないところで、以前に『劇場版 BLOOD-C The Last Dark』を担当した際、映画館で鑑賞したときにあまりよく聞こえなくて反省したことがあるんです。『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス』はそういう意味でリベンジしたい気持ちもありましたし、結果としてうまくできたという手応えも感じました。新しいことにチャレンジしたという意味で、自分の中でターニングポイントになった作品ですね。

――こだわっている音響効果だけに、パソコンやテレビなどで視聴した際にはあまり気づかないのは残念ですね。
小山 劇場と同じ感覚で楽しみたい場合は、圧縮の少ないBlu-rayを5.1ch環境で楽しむことをオススメしますが、レンジコントロールという点で言えば、少し高いイヤホンやヘッドホンで聞くだけでもずいぶんと違いますよ。劇場での音響体験とは方向性は違いますが、2万円くらい出せばかなりいい音で楽しめると思いますので、興味のある方は試してみてください。

――そうなんですね。では、最後に『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス』でとくに印象深いシーンについて教えてください。
小山 冒頭の狡噛慎也(こうがみしんや)による狙撃シーンはお気に入りですね。観客を物語に引き込むためにも、あのあたりの音響はかなり強く音圧をかけているんですが、「これぞ映画!」っていう感じで、いい意味でハッタリを効かせられたかなと思っています。endmark

KATARIBE Profile

小山恭正

小山恭正

音響効果技師

1982年生まれ。愛知県出身。音響効果技師。現在はフリーで活動する。音響効果を手がけた主な作品は『シドニアの騎士』『Fate/stay night [Unlimited Blade Works]』『アルスラーン戦記』『この素晴らしい世界に祝福を!』『ベルセルク』『幼女戦記』など。