TOPICS 2023.06.12 │ 12:00

山本裕介に聞いた
『機動戦士Vガンダム』30年目の真実④

『機動戦士Vガンダム(以下、Vガンダム)』で初めて演出を手がけた第28話に続いて、第34話では絵コンテも担当することになった山本裕介。しかし、ここで初めて富野由悠季監督からカミナリを落とされることになる。その修正指示などから、富野監督がひとつひとつのシーンに込めた意図を読み解いていく。

取材・文/前田 久

スタジオにこだました「このコンテを描いたのはどいつだ!?」

――富野監督の事務所での打ち合わせで、具体的な映像のスタイルについての話はあったのでしょうか?
山本 絵コンテ打ちでメカや舞台設定のイメージを伝えられることはあっても、演出的にこうしろ、ああしろという具体的な見せ方の指示はほとんどなかったです。「質問があれば聞くよ」といったざっくりしたもので、あとは主に世間話でしたね(笑)。むしろコンテが上がってチェックが終わったあとのほうが印象に残っています。

――そこから何が始まるのでしょう?
山本 絵コンテを提出して数日後に「明日の昼に富野監督が決定稿を出してくれるそうなので待機していてください」と制作スタッフに言われてドキドキしながら待っていたら、12時きっかりにスタジオのドアがバン!と開いて「このコンテを描いたのはどいつだ!?」と、富野監督の声が響いて。タイミング的に「どう考えても僕だな」と(笑)。

――某グルメマンガみたいな……(笑)。
山本 それで「すみません、僕です」と言うと「お前か! どういうつもりでこのコンテを描いた!?」と怒られて。理由がわからないまま、スタジオの真ん中にあった応接セットで向かい合って「とにかく絵コンテは直した。君はいったい今までどんなアニメを見てきて、どんな学校を出たんだ?」とまくしたてられて。そこで初めて「『聖戦士ダンバイン』が大好きで、日芸の映画学科出身です……」と正直に話したんです。大学の後輩だということはずっと黙っていたんですね。そうしたら「そうか……じゃあ仕方がないな」と (笑)。

富野監督にカミナリを落とされたという、第34話の絵コンテ。/©創通・サンライズ

――わはは。
山本 そして「これからは僕の言うことだけを聞いておぼえて」みたいなことを言われました(笑)。これが1回目の怒鳴られた思い出です。

記号的な表現を使わずに描くことを徹底された

――そのときの現物が、今回持ってきてもらったこの絵コンテなわけですね。
山本 はい。シナリオではミズホというキャラクターがもっと活躍していたのですが、この子の出番が大幅に減っていますね。

――完成したフィルムだとほぼ即死ですよね。
山本 そうなんですよ。ウッソ役の阪口大助君はあのミズホが好みのタイプだと言ってたんですが(笑)。他に変わったといえば、最後に核爆発を起こしたのも、シナリオではウッソだったんですが、さりげなく修正されています。そうした大きな流れもですが、細かい直しがまたすごいんですよね。たとえば、このカットのシャクティの芝居についての指摘です。

――「人間ではない、人形だ」と書き込みで指摘がありますね。
山本 胸元に両手をあてているのですが、手つきが人間の芝居ではなく、人形のようだ、と。でも、昔のアニメに登場するたいていの女の子は、こんなポーズをしていたんですよ。あとはこのV2ガンダムの射撃シーンなんですが……。

――「この関係、まったくわからない! このビームは上から来たの? 下から?」。ああ、富野監督の書籍(『映像の原則』)に書いてあるような、上手(かみて)・下手(しもて)の法則やモンタージュ(カットの構成)を考えろ、という話ですね。
山本 そうです。上手・下手の話は、第28話のときから印象的でしたね。あの話数のマーベットとオリファーのキスシーン。監房の二段ベッドの上にマーベットがいて、でも画面での位置は下手。オリファーは床の上にいて、でも画面の位置は上手。つまり、マーベットが左上でオリファーが右下なので、フィルム上の力関係はバランスが取れているんです。このカットでやるべき芝居は「妻になったばかりのマーベットにオリファーがキスをして出ていく」なんですけど、「オリファーの行動を乱暴に見せないためにはどうしたらいいか。それを考えてこの位置関係にしてある」と演出打ちの際に説明されました。高い位置にいるマーベットをオリファーが下からすくい上げるようにキスすることで、強引ではなく優しく見せる、という考え方なんです。「この理屈が常に絶対とは言わないけど、こういう風に考えるようにすると、今後絵コンテを描いていくうえで山本君も悩まずに済むでしょ」と言われたのを、30年経った今でもおぼえていますね。今、その場面を見返しても「自然に見えるなあ」と思うんです。

©創通・サンライズ

――すごいなあ……。
山本 第34話の話に戻ると、お母さんを見つけてウッソが逡巡するカット。絵コンテの修正には「こういうのいい加減にわかれ」などと富野監督からコメントされています(笑)。

――ウッソが見ている母の表情のカットへの修正指示で、これはつまり、「息子を見る母親の表情ではない」というニュアンスですね。
山本 はい。修正前の絵コンテと比べると、たしかにそうだと思いますね。今の自分なら絶対に描かない表情です。……どのコメントも厳しいですが、ひと言でいえば「アニメのお決まりのパターンで描くな」ということを、表現を変えてどの演出家にもおっしゃっていたのだと思います。「アニメ的」な枠組みにとらわれないものを作ろうとされていた、ともいえますね。

――先ほどの山本さんの話にもありましたが、90年代だと「アニメで喜怒哀楽や男の子、女の子を表現するならこんな感じ」といった、お決まりのパターン化した処理がよしとされていた頃だったように思います。少なくとも、富野監督の目にはそう映っていた。
山本 そうだと思います。昔のアニメではピンチのときに苦しげに片目をつむる、という表情がよく使われてたんですが「それはコミックの表現だ。そんなことをする人間はいない」と絶対に禁止でした。それに空に光るクロス透過光(※)も「便利すぎるので絶対に使うな」と言われていたんです。便利な、アニメのお約束的な表現を使わずに、宇宙を遠く飛んでいくモビルスーツを表現しろ、と。そうなると演出としてはよく使う手法のひとつが封じられてしまって困るんです。別の表現をどうするかで悩みました。富野監督はおそらく「ルーティンワークをするな。悩んで演出しろ!」と言いたかったんじゃないでしょうか。

※紙に小さな穴を開け、奥からライトで照らすことで表現した十字形の透過光。

――それにしても修正指示の言葉が刺さりますね。「女という強い動物のことをもっと想像しなさい」とか……。
山本 「シャクティの開き口を小さく描くな」とも注意を受けましたね。言われてから、アニメにおける女性の考え方が変わりました。どんな作品を作っていても「女の子はそんなに弱々しくないだろう」と考えるようになりました。男の自分が思うよりもっと「したたか」な存在だということは、今でも常に意識していますね。endmark

山本裕介
やまもとゆうすけ 1966年生まれ。島根県出身。日本大学芸術学部映画学科を卒業後、サンライズ(現・バンダイナムコフィルムワークス)に入社。制作進行を経て演出家となる。主な監督作に『ケロロ軍曹』『ワルキューレ ロマンツェ』『ナイツ&マジック』『推しが武道館いってくれたら死ぬ』『ヤマノススメ』シリーズなどがある他、2023年7月からは『SYNDUALITY Noir』が放送予定。
作品情報


『機動戦士Vガンダム』
バンダイチャンネルにて好評配信中!

  • ©創通・サンライズ