TOPICS 2023.06.14 │ 12:00

山本裕介に聞いた
『機動戦士Vガンダム』30年目の真実⑤

山本裕介が『機動戦士Vガンダム(以下、Vガンダム)』に関わった中で、第41話はシリーズで唯一、富野由悠季との連名で絵コンテが描かれた話数でもある。その経緯と、自身が「もっとも完成度が高い」と語るこのエピソードの真髄を明かしてもらった。

取材・文/前田 久

担当した話数の中でもっとも絵コンテの完成度が高い第41話

――第41話「父のつくった戦場」の絵コンテは、富野監督との連名(富野監督は斧谷稔名義)でのクレジットになっています。この作品で、絵コンテが連名でクレジットされている方は他にいないのですが……。
山本 それは、今言われて初めて気づきました。ただ、連名なのは当然で、僕はこの話の途中までしかコンテを描いていないんです。具体的には最初の戦闘のくだりまで描いて未完成のまま引き上げられたのですが、それに関しては僕にも多少言い分がありまして……(苦笑)。ちょうど富野監督がこの絵コンテをチェックするタイミングで、ワルシャワでの音楽収録が入ったんです。それで「ワルシャワに行く前に決定稿にできるようにコンテを上げられる?」と聞かれて「すみません、無理です」と答えたところ「それじゃ、あと2~3日だけあげるから、そこまでに描いた分の続きは僕が描く」と言われてしまったんです。そこから3日で完成できればよかったのですが、やはりというか、全然間に合わなくて。

――それはそうですよね……不可抗力なのでは。
山本 でも、富野監督はその後2~3日で続きを描き上げたんですよ。カット74くらいまでが僕で、そのあとのカットはすべて富野監督がゼロから描いたコンテです。そして結果的に、そのコンテの出来栄えがすごくよかったんです。なにせ、シナリオにない富野監督が作った場面が大量に加えられていましたからね。ウッソがお父さんのハンゲルグと再会するくだりも、元のシナリオとは全然違ったものになっているんですよ。

©創通・サンライズ

――そうなんですか!?
山本 もちろん、近いシーンはシナリオにもあるんですが、あんな風な映画的な再会の場面を創出したのは富野監督です。その直前にウッソの帽子のツバがめくれていたのを、ハンゲルグが「こんな被り方をしていると壊れるぞ」と直すシーンもそう。ああいう小道具の使い方は、シナリオで組み込めるものではないです。それに、当時の僕のレベルではシナリオから大きく離れた絵コンテは描けませんでしたから。第41話の大部分は、富野監督がわずか3日のうちに、イメージを大幅に膨らませて作り上げたものなんです。父親の前でウッソが桁はずれの戦闘能力を発揮するくだりも、元のシナリオではまったく違う流れでした。シナリオと全然違う段取りを考えて、なおかついっさいの無駄がなく、格好もいい。モビルスーツの近接戦闘をコンパクトに描いて、一瞬の勝負でウッソのすごさがしっかり伝わる。ああいうコンテをバシッと描けてしまうのは、本当に真似できません。

――富野監督のすごさをあらためて痛感しました……。
山本 第41話は他にもそういった、僕が演出のお手本にしているシーンが多いですね。ウッソがお父さんと出会う前に、ハイランドという人工衛星の裏に軍艦がたくさん停泊している様(さま)を見ることで、お父さんの存在を徐々に予感させるくだりもそうです。「こんな艦隊をそろえられる人物はいったい誰なんだろう?」という疑問を抱きつつ、静かな音楽とともにウッソが進んでいき、艦を移ったところで突然父親と再会する、といったような流れもシナリオにはありません。今見直してもあの一連の流れは、神がかっていますよ。自分もああいう風にコンテを描きたいなと常々思っていますが、なかなか……。だから結果的に第41話は、僕が『Vガンダム』で関わった話数の中でもっとも完成度が高く、もっともよくできた話だと思います。『Vガンダム』というと、第50話を話題にしていただくことが多いですよね。たしかに派手でドラマチックだと思いますが、演出家目線で見れば、第41話のコンテの組み方のほうがすごい。僕が描いた冒頭のアクションにも富野監督の手がかなり入っていて、ザンネックと戦うまでの流れもほぼ富野監督が構成したものです。ただ戦闘を消化しているだけではなくて、情感もたっぷりあるところがいいんですよね。今回の取材のために見直して、あらためてすごいな、と思いました。

作品やキャラクターを好きでいなければ、あんな絵コンテは描けない

――この第41 話は他の要素も盛りだくさんで、女性キャラの描き方のかわいらしさも印象に残ります。
山本 そうですね。シュラク隊のフランチェスカ・オハラ(フラニー)とミリエラ・カタンが出てきてウッソをいじって、シャクティがちょっとやきもちを妬くようなところもあって。たしかにそのあたりの描き方も面白い話数です。

――なんというか、キャラクター描写が柔らかい感じがあります。
山本 『∀ガンダム』では人物描写や物語の展開に「名作劇場」っぽさがありましたが、『Vガンダム』のときから富野監督はすでにそういったことをやりたかったのだと思います。ゴメス艦長がシャクティに「(カルルを)起こしちゃったかな?」と聞くやり取りも温かみがありますよね。その直後にウッソが茶風林さんの演じるメカニックのおじさんと話すシーンがあるんですが、あれも富野監督が絵コンテでゼロから作った場面です。あのおじさんはこの話数にしか登場しないんですが、「出てるもんには触るなよ」という、じつにいいセリフがあるんです。ウッソに出入りを許可しつつも「危ないものには触るな」という大人としての注意もしっかりする。リーンホースJr.艦内の名もないクルーと少年パイロットであるウッソの関係性を、とても短いひと言で表現しているんじゃないかな、と。いつか自分の作品でも、こっそり使おうと思っています(笑)。

――富野監督のすごさは、そうした何気ないところにも表れますよね。
山本 しかも、元のコンテマンから引き上げて、納期まで3日しかない状況でやってみせる。それができるのは、コンテを描くときに常に余裕があって「よし、あれもやって、これもやろう」と楽しんでいるからだと思うんです。演出家のはしくれとして言わせてもらえば、コンテからにじみ出る「楽しんでいる気分」というものに嘘はつけないはずなんです。第41話のような豊かなコンテは、作品やキャラクターを好きじゃなければとても描けないと思います。でも、富野監督はそんな風には言わないんですよ。表面上は「別になんの思い入れもないから」「見なくていい」みたいにうそぶいている。近くで仕事をしていた僕たちからすると、絶対にそうは思えませんでした。第50話のキャラクターたちが次々と死んでいく場面だって「監督はこんなにも彼らのことが好きだったんだ!」と、僕は感じました。それは『Vガンダム』をご覧になった皆さんにも、しっかり伝わっているんじゃないでしょうか?endmark

山本裕介
やまもとゆうすけ 1966年生まれ。島根県出身。日本大学芸術学部映画学科を卒業後、サンライズ(現・バンダイナムコフィルムワークス)に入社。制作進行を経て演出家となる。主な監督作に『ケロロ軍曹』『ワルキューレ ロマンツェ』『ナイツ&マジック』『推しが武道館いってくれたら死ぬ』『ヤマノススメ』シリーズなどがある他、2023年7月からは『SYNDUALITY Noir』が放送予定。
作品情報


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