TOPICS 2024.12.28 │ 12:00

アニメの仕事は富野監督と『∀ガンダム』が教えてくれた
菱田正和インタビュー②

放送当時、新人として作品に参加した菱田正和に『∀ガンダム』の制作現場を振り返ってもらうインタビュー連載の第2回。今回は、自身が絵コンテを手がけた回について具体的に話を聞いた。富野監督のコンテチェックとその極意とは?

取材・文/森 樹

最初のコンテチェックでは1コマしか残らなかった

――菱田さんは第5話、第10話、第18話の絵コンテを担当しています。月の女王ディアナ・ソレルと、地球民であるキエル・ハイムの関係性やその入れ替わりが描かれた回が中心です。
菱田 第5話「ディアナ降臨」に関しては、前任者から引き継いで絵コンテを描きました。たしか1週間くらいしか時間がなかったのですが、アルバイトでコンテを何本か上げた経験もあったので、なんとか時間内に仕上げて提出したんです。ただ、富野監督のチェック後の絵コンテを見たら1コマしか残っていなくて(笑)。その1コマも作画の段階で内容が変わったので、最終的には跡形(あとかた)もなくなりました。コンテチェックで1コマ残すほうが大変ですから、富野監督はわざと残したんだと思います。

――菱田さんのために残した1コマであると。
菱田 実際、富野監督が描き直した絵コンテは、もう「ぐうの音」も出ないくらい素晴らしかったです。今でも手元に置いてありますよ。ちょっと傲慢になりそうなときに、富野監督の赤字を見て反省するために(笑)。

――第10話「墓参り」は、瓜ふたつのディアナとキエルがお遊びで入れ替わったものの、元に戻れず、ディアナがキエルのフリをして行動します。そのままキエルの父ディランの墓参りをするディアナの姿が印象的です。
菱田 第10話は、僕の描いたシーンが2~3ページは残りました。富野監督の赤字はもちろん多かったのですが、1シーンだけ「これは悪くないレイアウトだ」と書いてありました。たしか、キエルに扮したディアナが、ベッドに伏しているキエルの母と会話するシーンでしたね。

――ディアナが地球の悲惨な状況に心を痛める姿など、キャラクターの繊細な心情が描かれています。
菱田 富野監督は、画面の中のキャラクターに対してすごく高いレベルの芝居を(作画に)要求します。今の時代であれをやれと言われてもなかなか……しかも4クール作品ですから、なおさらハードルが高い。

――第18話「キエルとディアナ」は、成り代わっていたキエルとディアナが、お互い、元のポジションへ戻ろうと奮闘する回です。最終的にはキエルは「ディアナ」として建国宣言を中止し、成り代わり自体も維持するという、物語のキーポイントになっています。
菱田 この回では1シーン、まるっと残してもらえた箇所がありました。1コマのみだった第5話から、2~3ページ残った第10話となり、第18話では1シーン残るようになった。ただ、それは僕が成長しているというよりも、富野監督があえてそうしているのだろうと思いました。

あれだけのキャラクターを作りあげるのはとてつもなく大変

――ご自身の絵コンテ担当回以外に、印象に残っている回はありますか?
菱田 第27話「夜中の夜明け」で、核爆弾が爆発するところですね。当時、現場はテンションがすごく高くて「いいフィルムにするんだ!」とみんなが盛り上がっていた記憶があります。これ以降はスケジュールがより厳しくなりましたが、この第27話にあった熱が、最後まで冷めないまま突っ走ることができたように思いますね。

――後半は宇宙が舞台となり、主人公ロラン・セアックに立ちはだかる敵としてギム・ギンガナムが登場し、他にもメリーベル・ガジットやスエッソン・ステロなど、インパクトのある人物が続々と現れます。
菱田 僕も監督をやるようになって痛感したのですが、あれだけのキャラクター、あれだけのパーソナリティを作っていくのはとてつもなく大変で、それをゴールに向けて収束させていくのはもっと難しいことなんです。ただ、それができるだけの構成が富野監督の頭の中にある。だから、脚本家が書いたシナリオを、絵コンテの段階でほぼ変えてしまうこともできるんだと思います。

――富野監督は世界観とキャラクター性、その双方を構築する強い力があるように思います。
菱田 そうですね。ギンガナムもそうですが、それぞれにきちんとした価値観があって、その正義を貫こうとする姿勢が徹底されています。だから、登場シーンが少ないキャラクターであっても、薄っぺらく見える人はひとりもいないですよね。

いつも「富野監督がこのフィルムを見たら」が思い浮かぶ

――作業の中で、富野監督にかけられた言葉でおぼえているものはありますか?
菱田 褒められた記憶はひとつもないですね。「背が高いな」とか「元気がいい」とかは言われましたけど(笑)。怒られることが多かったですが、富野監督はひとつひとつ実践しながら見せてくれる。編集にしても「菱田、こうやるんだ、ここで切る。わかっているか?」と、しっかり伝えてくれる。とにかくすべてが本気なんです。当時はまだ、アニメ業界に今ほどの評価や地位がなかった時代。だから一生懸命、全力でやることを富野さんには教えていただきました。

――アニメーションというものにまず真剣に取り組むことを考えていた。
菱田 そうだと思います。なので、レイアウトのフレームがずれると怒られ、タップ(動画用紙がズレないように止める道具)のテープの貼り方でも怒られ……でも、間違いなくそのおかげで今がある。この仕事をしているうちは、ずっと富野監督に監視されているような感覚がありますね。どこかで妥協してしまいそうなとき、浮かぶのは「富野監督がこのフィルムを見たら……」という考えですから。

『ガンダム Gのレコンギスタ』(2014年)に参加した際にもらったという富野監督からのメモの数々。出会ってから15年が経った「教え子」に対しても厳しい言葉が並ぶ……。

――ちなみに菱田さん以外にも若いスタッフが多数参加していたそうですが、他のスタッフとの交流はありましたか?
菱田 安田(朗)さんとは席が近くて、いろいろと雑談をしましたね。その中でPhotoshopの使い方を教えていただいたりしました。その意味では、僕がデジタル化に進むきっかけを作ってくれたのは安田さんなんですよ。あとは、スタジオに出入りする脚本家の星山博之さんを何度かお見かけしたのですが、「あの星山さんだ!」と“ファーストガンダム”世代として感動したのはおぼえています。endmark

菱田正和
ひしだまさかず 1972年生まれ。宮城県出身。大学卒業後、サンライズ(現・バンダイナムコフィルムワークス)に入社。『超魔神英雄伝ワタル』で制作進行を務めたあと、『ラブひな』で演出家としてデビューし、現在はフリーとして活躍中。主な監督作品は『KING OF PRISM』シリーズ、『あんさんぶるスターズ!』、『即死チートが最強すぎて、異世界のやつらがまるで相手にならないんですが。』など。
作品情報


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