奇跡的なタイミングで制作が始まった
――まず、中岡さんはどのようなところから本作に関わったのでしょうか?
中岡 最初、キングレコードのコンテンツプロデューサーの宮本(純乃介)さんから「ヒプノシスマイクで分岐映画をやりたい」という企画をいただいたんです。その時点では、今作に実装されている投票システムの存在も判明していない中でのスタートだったので、東宝さんにそもそも可能なのかどうか相談してみました。そうしたら、ちょうど海外でそういうシステムを使った事例紹介があった話を聞いたところだったらしく、奇跡的なタイミングで分岐映画を実現できるシステムと出会ったんです。そこから宮本さんと一緒にどういう分岐にするか、どういう使い方ができるのかを考えていきました。同時にCGのキャラクターモデルを作り始めたのですが、それが4年前になりますね。
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――既存のシステムありきで動き出したわけじゃなかったんですね。
中岡 そうなんです。もともとのシステムはいわゆるゲームの分岐のようにスクリーンに選択肢が出るようなものだったので「その表示は消せますか?」とか「2回戦で3つの分岐にすることはできますか?」など、本作に合ったシステムに調整できないか相談してみました。投票後にキャラクターの表情を抜いていくタメを入れて、少し煽(あお)ってから結果を出す部分なども、演出的に考えましたね。
小手先のライブ演出では通用しない
――大事にしたのは、やはり実際にライブを見ているような没入感ですか?
中岡 そうですね。あとは投票があるとはいえ、7~8割は音楽シーンが占めるので、音楽映画としての純度をどう上げられるかを大事にしました。そのため、監督の辻󠄀本(貴則)さんには全体を見ていただきつつも、一部のライブシーンには音楽畑の演出の方に立っていただいています。このような制作体制を取ったのは、辻󠄀本さんとポリゴン・ピクチュアズのスタッフと一緒に、2022年の幕張メッセのライブ(「ヒプノシスマイク -Division Rap Battle- 3DCG LIVE “HYPED-UP 01”」)にご招待いただいて、『ヒプマイ』のライブを体感したことがきっかけでした。ファンの方々はライブに肥(こ)えている人たちなので、小手先のライブ演出では通用しないと思ったんです。いかにライブの空気感をCGアニメーションとして表現できるかが、自分にとっていちばんのチャレンジポイントでした。
――なるほど。
中岡 僕のやりたかったことが最も出ているのが、決勝に勝ったあとの優勝者のライブですね。じつは、スペースシャワーTVでライブのムービーを撮っているディレクターの方に入っていただいてカメラワークをつけたり、実際のライブ照明を担当している方に演出してもらっているんです。アニメーションではカットごとにキャラクターが綺麗に見える照明を考えがちなんですが、このシーンはゲームエンジン(ゲーム開発ソフトウェア)で先に空間を作り、リアルタイムレンダリングで確認しながらカメラで撮っていきました。結構新しいことができたと思っていますね。
適当なものを出せないという緊張感と責任感
――映画を見たとき、優勝者のライブは印象的でした。曲目がそれぞれ最初のディビジョン曲なのもグッときて。
中岡 そうですよね。曲の構成はキングレコードさんと相談したんですけど、やっぱりバトルに勝利してみんなのためにやるライブとなるとその曲がいちばん熱いんじゃないかという話になりまして。制作的な面でいうと、既存曲なので、優勝者のライブと冒頭の「ヒプノシスマイク -Division Battle Anthem- +」から着手していきました。
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――新曲も盛りだくさんですからね。
中岡 本当にビッグネームの方々に楽曲を起こしていただいていて。新曲のデモが届くたびに現場も大興奮していました。しかも、デモはアーティストご本人の声が入っているバージョンなんですよ。曲が届いてから、とくに2回戦の曲はミュージックビデオの企画出しのような感じで進めていけたのも楽しかったですね。
――その際、『ヒプマイ』サイドから「ここは守ってください」みたいなリクエストはありましたか?
中岡 いえ、リリック表現など最低限作品のルールなどはありましたが、それなりに自由にやらせてもらえたと感じております。逆に適当なものを出せないという緊張感、責任感を持って向き合えたと思います。アイデアも提案しやすかったし、ヘンにちぢこまったものにならなかった最大の要因はそこかもしれない。宮本さん含めて一緒に作り上げていけたというのはとても貴重な体験でした。
辻󠄀本貴則監督による斬新なアイデア
――スピーカー同士で戦ったり、『ヒプマイ』ならではの突拍子のなさもしっかりあって楽しめました。そのあたりの演出も遠慮せず?
中岡 そこは辻󠄀本さんの力によるところが大きかったですね。チュウオウ・ディビジョンとのバトルで「スピーカーの上に乗って空中戦していいですか?」とか「『ヒプノシスマイク -Division Battle Anthem- +』で巨大化しちゃうとか」――辻󠄀本さんは『ウルトラマン』シリーズの監督ですから(笑)、そういったいろいろなアイデアを聞いて、キングレコードさんに確認したら「面白いですね」と言っていただけて。許容度の高いIPなんだなと思いました。そういう信頼関係の中で作っていけたから、僕らのアニメーション制作の部分も含めて、クオリティを高めていけたんです。3DCGだとわかりづらいかもしれませんが、「ヒプノシスマイク -Division Battle Anthem- +」の部分はアニメーションを手付け(仕草や表情などの芝居を手作業でつけていくこと)でやっているんですよ。ライブパートは一部キャプチャーを取っていますが、手付けでもここまでできるぞ、というところを見せられたシーンになっていると思います。
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――そうなんですね。3DCGの場合、先にお芝居があってから動きや絵を作っていくようですが、本作でもそうですか?
中岡 少なくともポリゴン・ピクチュアズでは全部そうです。収録された声優さんの声に合わせて、口パクも含めてキャラクターのアニメーションをつけていく。だから、声に引っ張ってもらってキャラクターのアニメーションができていく部分が多いです。とくに今回はTVシリーズではなく映画ということで尺が厳密に決まっていなかったので。バトル後の勝った/負けたの感情描写やドラマの間尺(まじゃく)を丁寧に取りたいということで、当初の計画よりも上映時間が延びています。
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――声優さんのお芝居からの影響が大きいんですね。
中岡 そうですね。脚本会議だとイメージしきれていなかったキャラクター性や関係性などが、実際にお芝居を聞いて「ああ、こういうことなんだな」と腑(ふ)に落ちることが多かったです。制作しているときは、楽曲も含めてたくさんの素材を集めて部分ごとに音声の収録をしていくので、劇場作品としての全体像をイメージしきれずに不安な気持ちになることもありました。映画を作っているというより、いろいろなミュージックビデオやショートドラマの素材をつなぎ合せていく感じで。だから完成したものを見たとき、一本の映画としてしっかりと成立していてホッとしました。
- 中岡亮
- なかおかりょう 2011年に株式会社ポリゴン・ピクチュアズに入社。プロデューサーとして手がけた作品は、『ツムツム ショートアニメーション』『Levius-レビウス』『ピングー in ザ・シティ』など。