SERIES 2021.04.15 │ 12:00

広江礼威インタビュー②

硝煙の匂いが立ちこめる裏社会。人と人が織りなす策略や善悪、生死をリアルに描きながらも、印象的なアクションと軽妙なセリフ回しをブレンドし、極上のエンタテインメントを創り上げる作家・広江礼威。その圧倒的なオリジナリティと中毒性の源泉を探っていく。

取材・文/岡本大介

※こちらの記事は雑誌Febri Vol.45(2017年11月発売)に掲載されたインタビューの再掲です。

ロアナプラなら自分の描きたいものが描ける

――そして、次作は最長連載『BLACK LAGOON』です。これも同人活動中の執筆依頼だったんですか?
広江 そうです。商業誌はもう懲り懲りだと思っていたのですが、声をかけてくださった夏目さん(担当編集)と会ってみたら、とてもウマが合ったんです。それに、僕自身も「懲り懲り」とは言いながらも、やはりどこかで商業誌で成功したいという気持ちがあったんだと思います。それで、やってみようと。

――物語や世界観の原型は、どこから着想を?
広江 僕も夏目さんも冒険ものやアクションものが好きだったので、ごく自然にガンアクションをやろうという話になりました。それまでの反省を踏まえ、いつ打ち切りになってもいいようにと作ったのがロアナプラという街で。この街なら何が起こっても、どんな強烈なキャラクターが出てきても不思議じゃない。それに、この設定ならば自分の描きたいものが存分に表現できるだろうと。

――人気を実感したのはいつ頃でしたか?
広江 それは、あまり考えたことがないんです。読者の皆さんに楽しんでもらいたいという気持ちはあるんですが、あまり人気や評価は気にしていなくて、辞めろと言われればすぐに辞めようと思っています。今から思えば、その緩さが長く続いている秘訣なのかもしれません。

――あのスラング混じりの軽妙なセリフ回しは、どこから生まれたものなのでしょうか?
広江 海外の冒険小説です。子供の頃からクトゥルフ神話のハワード・フィリップス・ラヴクラフトやスティーヴン・キング、ギャビン・ライアル、ジャック・ヒギンズのような、主に海外のファンタジーや冒険小説が大好きで、そこで自然と培われました。そういう小説って、ミリタリーやマフィア、政治などいろいろな要素が自然と絡んでくるじゃないですか。そのリアルな雰囲気も好きだったんです。

――『BLACK LAGOON』で最も印象深いエピソードを挙げるとしたら?
広江 『ロベルタ篇』です。描いていてすごくつらかった。その後は心身ともにクタクタになり、休載せざるをえませんでした。

――想像以上にディープな領域にまで足を踏み入れてしまった。
広江 そうです。この作品のよさは、そこではないところにあったんだなと再認識しました。『ロベルタ篇』では、自分が世の中に対して疑問に思っていたいろいろな思いをひとつの煮こごりにして描いてしまったんです。そのおかげで、この先、何を描くべきなのかがわからなくなってしまって。

――では、連載を再開した今は、先生の中で、何かひと皮剥けた心境なのでしょうか?
広江 いえ、おっかなびっくり元の状態にまで引き返しているところです(笑)。もし『ロベルタ篇』で描いたようなことをやるならば、それはもう別作品でやるべきだろうと割り切るに至りました。読みたいと思っていただけているうちは描き続けたいと思いますが、いつでも畳める準備はできているという状況です。

――『ロベルタ篇』のように別作品で描いてみたい話や構想もあるのでしょうか?
広江 あります。ただ、そういう意味では『Re:CREATORS』でかなりやらせていただけたので、ある程度満足している部分もあります。だから、僕がマンガという媒体で新作を作るなら、やはり戦争や銃撃をメインとしたものになると思いますし、その上で『BLACK LAGOON』ではできなかったことを描きたいと思います。

自分の中を探りながらのシナリオ作業が楽しかった

――その『Re:CREATORS』ですが、もともとはアニプレックスからテレビアニメの原作依頼があったんですよね?
広江 そうです。ちょうど連載が行き詰まっていたので、目先を変える意味でも違うことに挑戦してみようと思い、お引き受けしました。

――これまでの作風と比べるとかなり異質な内容でしたが……。
広江 確かに、世界観としてはこれまでにやったことがないタイプですが、新しくネタを仕入れたというわけではないんです。自分の「倉庫」に眠っていたものを引っ張ってきて『BLACK LAGOON』で使わないものを使った感覚で―言わば在庫一斉処分です(笑)。友人と秋葉原を巡るのが趣味なので、アニメ文化の素養はあったんですよ。ヒーローたちが現実世界に飛び出してくるというアイデア自体は、映画『ラスト・アクション・ヒーロー』などに影響を受けていますが、中身はあくまで自分が持っていたものです。僕自身、自分の倉庫に何が入っているかを探りながら作っていったので、シナリオ作業がとても楽しかったです。

――原作本『Re:CREATORS NAKED』は、広江先生のシナリオをそのまま掲載しています。アニメと違いを感じる部分はありますか?
広江  セリフやエピソードが変更になっている部分は多々ありますが、もともと改変を前提として作っているので、残念だと感じることは全くないです。むしろ「アニメとして動かすにはこういう風に緩急をつけないといけないんだ」とか「セリフはもっと削らないといけないんだ」と、勉強になることが多かったです。きっと次はもう少し上手くやれると思うので、機会があればまたアニメのシナリオ作業に挑戦してみたいです。

――この作品には「創作とは何か」というテーマも盛り込まれています。
広江  当初は全く予定していなかったのですが、結末を決めずに書き進めた結果、作家としてのスタンスや考え方を振り返る話になりました。そういう意味では形を変えた私小説のようなものになったのかなとも思います。

――また、世界を憎むアルタイルの描写は、先述の『ロベルタ篇』に通じるものもあります。
広江  それはおそらく、自分が生きている上でずっとモヤモヤしていることなんでしょう。自分がこの世界をどう捉えるかというのは、結構重要なポイントだと思います。ロベルタに限らず『BLACK LAGOON』の住人たちは基本的に世界から捨てられた人たちなので、いつかは世界を肯定する話を描かないといけない、という感じもしてはいます。自分が描きたいものは、最終的にはそのあたりにあるのかもしれません。

マンガを描くことは在庫確認をしているようなもの

――ちなみに、広江先生の作品には必ず恐ろしく強い女性が登場しますが、それは先生の好みなんですか?
広江  僕がマゾだからかもしれませんが(笑)、男がとても敵わないような女性が登場するとゾクゾクするんです。『BLACK LAGOON』で言えばバラライカのような女性がイメージに近いのですが、好みを突き詰めると、芝村裕吏先生が描いている『高機動幻想ガンパレード・マーチ』の芝村舞や『Fate』シリーズのセイバーなどが理想に近いです。僕にとっての究極のヒロイン像って、おそらくお姫様のようなタイプなんですよ。誰にも理解されない境遇で、それでも民のために正しいことをしていくという強い生き様に憧れるというか。単純に武力があるということではなくて、一本芯の通った強い女性が好きなんです。

――広江先生はマンガを描く際、必ず字コンテを作るそうですが、その時点でそういったお話やキャラクター性が「絵」として浮かんでいるのですか?
広江  僕の場合、頭の中に最初に浮かんでくるのが文字で、ビジュアルではないんです。まず、文字原稿の状態でしっかりと精査し、ネーム作業の際、絵に合わせて微調整していきます。このやり方は昔からずっとそうです。

――なるほど。広江先生にとって、マンガを描く一番のモチベーションは何ですか?
広江  先ほど『Re:CREATORS』のシナリオ作業を「在庫処分」と表現しましたが、僕にとってマンガを描くことは、ずっと「在庫確認」をしているようなものだと思っています。自分の中に一体何があるのかを探しつつ、同時にお客さんにも喜んでもらえる作品を作る。このふたつがマンガを描く目的だと思っています。

――では、最後にマンガ家としての今後の目標を聞かせてください。
広江  僕も今や40代半ばになり、何だかんだで加齢による影響は大きいと実感しているところです。「世の中全部滅べ!」みたいな尖った感覚がどんどん薄まっているんです(笑)。有り体に言えば、年齢を重ねて丸くなってきている。ところが、一方で『BLACK LAGOON』の魅力って、そういうひねた感覚によるところも多分にあると思うんです。なので、加齢による自分自身の変化と、今後構想を練っていく作品の内容は深く関わっていくのだろうなと。パッと思い浮かぶのは、もっとスケールの大きい戦争ストーリーとか。これは、年齢的にも技術的にも、今のキャリアの僕だから「やってみたい」と思えることなんじゃないかな、と。

――「戦いを描く」という点は一貫しているんですね。
広江  暴力と、そこから生まれる美学に興味が尽きないんです。暴力が問題解決における最悪の手段であることも、多くの方々にとっては受け入れにくい事柄であることも理解していますが、でもやっぱり、どうしても惹かれてしまうんです。『BLACK LAGOON』は、その暴力の一側面を解放した作品ですが、ではその究極の形はと言うと、これはもう戦争以外にありえない。そこまでのスケールや状況になったときに、僕はどんなものを描くんだろうということにも興味があるんです。もちろん、お客さんがいてこその作品ですから、エンタテインメントとしての体裁を保ちつつ、その中で自分の考えややりたいことがどこまで表現できるのかというのは自分にとっては大きな挑戦ですし、やりがいのあることなのかなと、今はそう思っているところです。endmark

広江礼威
神奈川県出身。『翡翠峡奇譚』で商業誌デビュー。2001年に連載を開始した代表作『BLACK LAGOON』はシリーズ累計発行部数700万部を超え、テレビアニメ化されるなど大ヒット記録。2019年には、戦争マンガ『341戦闘団』を連載開始。2017年放送のテレビアニメ『Re:CREATORS』では原作、キャラクター原案を担当。『Fate/Grand Order』一部キャラクターデザイン他、イラストレーターとしても活躍中。
作品名掲載誌(掲載年)
翡翠峡奇譚月刊コミックコンプ(1994)
SHOOK UP!月刊コミックドラゴン(1998)
PHANTOM BULLETコミックガム(2000)
BLACK LAGOON月刊サンデージェネックス(2001)
Re:CREATORS NAKEDサンデーうぇぶり(2017)
341戦闘団ゲッサン(2019)