Febri TALK 2021.10.06 │ 12:00

伊藤智彦 アニメ監督

②「演出」が何をするかを学んだ
『時をかける少女』

『HELLO WORLD』『富豪刑事 Balance:UNLIMITED』の伊藤智彦監督のルーツをたどるインタビュー連載の第2回は、キャリアの重要な転換点となったアニメ『時をかける少女』について。細田守監督の姿から学んだ「映画」にとって大事なこととは?

取材・文/前田 久

そのカットで何を表現したいのかを、どこまで考えているか

――2本目は細田守監督の『時をかける少女(以下、時かけ)』。伊藤監督が助監督として参加している作品です。
伊藤 業界に入る前からの憧れの人と仕事ができた初めてのケースだったので、選んでみました。細田さんのことは、大学時代に『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』を見て「すごいな」と思っていたんです。でも、マッドハウスに入社したので、東映アニメーションの人とはたぶん接点はないだろうな……と思っていたら、たまたま細田さんがマッドハウスで作品を作ることになって、ひょんな形でご縁ができた。

――お仕事をしてみて、どうでした?
伊藤 大きな印象としては、それまで5年ぐらいマッドハウスで仕事をしてきたわけですけど、アニメの作り方のルールというか、思想が全然違うんだなと思いました。アニメ史的に言うと、自然主義と表現主義とに分けられるんですかね。前者が東映動画からの流れ、東映アニメーション、スタジオジブリ的なもの。後者が虫プロから派生するマッドハウス、あるいはサンライズ的なもの。つまり、東映アニメーションとマッドハウスは対極なスタイルの会社で、それまでマッドハウスのやり方を見てきた人間からすると、全然違う毛色の人がやってきた感じがしました。

――具体的には細田監督の「自然主義」の、どんなところに驚きました?
伊藤 その頃、マッドハウスが作っていた劇場作品のキャラクターって、川尻善昭監督の作品を思い浮かべていただくと典型的ですけど、「濃い」キャラクターを動かしていたわけです。

――影が濃厚に描き込まれたキャラですね。
伊藤 それが『時かけ』の場合、影ナシなわけで。いかに動かすかを考えて、その上でメリットがあるキャラクターデザインを見た時点で、けっこうなカルチャーショックを受けましたね。そのあとも「こんなに動かしちゃっていいんだ」と思いながら仕事をしていました。

――まさに「思想が全然違う」ですね。
伊藤 それでいて細田さんの場合、別に野放図に動かしているわけではない。現実的な動きのコントロールにいかに気を配っているかを、絵コンテと演出チェックの両方の作業段階で感じました。「演出」として、幅広いことを見ている感じがあったんですね。

絵コンテ通りにつないでも

映画にはならない

編集しながら疑問を

持ち続けないといけない

――具体的にはどんなことを?
伊藤 どれもよく語られていることではありますけど、いくつかのルールを作るんですよ。影ナシ作画もそのひとつですけど、同ポ(同じ構図、同ポジション)を多く使うとか、仮想空間や異世界に入ったら輪郭線を赤くするとか。あとは写真レイアウト。写真からレイアウトを起こすことって、『時かけ』当時はまだそこまでメジャーな手法ではなかったような気がしますが、それくらい緻密なレイアウトを要求する。そういう細田さんの演出の代名詞だと当時から言われていたそれぞれのことが、アニメーション監督としての作家性につながる何かヒントなのかもしれないと思って、当時は見ていました。細田さんはそうしたものを、かなり自覚的にやっている印象だったんです。

――ただ好みでやっているのではなく、自分の作家性として打ち出そうとしていた。
伊藤 そんな気配を感じましたね。

――『新世紀エヴァンゲリオン』の回で編集の話になりましたが、『時かけ』もカットのつなぎ方が印象に残ります。真琴がタイムリープをして過去に現れるたびに、何がしかフックになるようなアイデアを入れているような……。
伊藤 そうですね。時間を扱っている作品だからかもしれませんが、場所と時間のジャンプのさせ方にダイナミズムというか、「これを省略してしまえるんだ!」という驚きがありますよね。そこも細田さんの作品が「映画的」だと感じさせる要素のひとつかもしれません。

――なるほど。
伊藤 あとは、俺は比較的それまでTVシリーズしかやっていなかったこともあって、「絵コンテ通りに作る」とずっと考えていたんです。でも、別に編集でカットを入れ替えてもいいわけですし、やれることは限定されてはいますけど、もうちょっと編集という作業を自由にしてもいいのではないかと考えさせられた、学んだ現場でもありました。編集をしながら「ここは大胆に尺を使って見せたほうが」みたいなことを考えてもいい。

――カッティング(編集)の作業の段階でカットを増やすことは、そのあとの作業量とスケジュールを考えるとアニメでは言いづらいですよね。TVシリーズでは、まず無理。でも、映画の場合はその可能性も考慮していい?
伊藤 カットを増やすかはケースバイケースですが、それすらもあり得るなと。だから、その後、カッティングの作業時に音楽がすでに上がっていた場合は、それと合わせて印象を確認するようになったんです。「映画の場合は」というより、あくまで細田さんの作り方かもしれないですけど(笑)。

――ははは。
伊藤 アニメーションは絵コンテの時点で、1秒、2秒とカットの長さが指定されている。でも、その通りにつないだからといって映画にはならない。編集しながら、疑問を持ち続けないといけない。それでフィルムの出来不出来が変わる。でも、それをやるためには、そのカットで何を表現したいのかを、どこまでちゃんと考えているかが大きく影響する。そんなことを、細田さんの姿から教わった気がします。endmark

KATARIBE Profile

伊藤智彦

伊藤智彦

アニメ監督

いとうともひこ 1978年生まれ。愛知県出身。アニメーション監督。主な監督作品に『世紀末オカルト学院』『僕だけがいない街』『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』『HELLO WORLD』『富豪刑事 Balance:UNLIMITED』など。

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