「これが映画だ!」と感じさせてくれる何かがあった
――1作目は映画『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー(以下、ビューティフル・ドリーマー)』です。これは監督にとってどんな作品なのですか?
水島 アニメの演出家の仕事、監督の仕事というものを最初に意識した作品なんです。
――監督はTVシリーズと同じ押井守さんですよね(TVシリーズでの役職名は「ディレクター」)。
水島 TVシリーズが始まったのは高校生の頃だったんですけど、そのときは監督の名前をまだ意識していなかったんですよ。好きなマンガがアニメになって、しかも内容も面白い、うれしいなあ……みたいな感じで。キャラクターの絵もかわいかったし、越智一裕さん(『うる星やつら』では「越智裕」名義)や山下将仁さんが面堂終太郎の初登場回(第14話「面堂はトラブルとともに!」)とかでやっていた金田アクション(※1)も刺さりました。つまり、TVシリーズのときは「アニメーターってすごい! 高橋留美子作品、大好き!」みたいな感覚で、監督の名前は意識していなかったんです。それが『ビューティフル・ドリーマー』でショックを受けて、変わった。
- ※1 アニメーター・金田伊功の特徴的な「動き」から影響を受けたアクション作画
――それは何が原因だったのでしょうか?
水島 僕が見てきた他の作品ではやっていないような、幻惑的な演出が衝撃だったんです。たとえば、無人の夜の街をあたると面堂が車で走っているシーンで、ショーウィンドウを光らせることで他のカットとのコントラストを付けて、その一瞬だけをすごく目立たせる。それから、後に「あのシーンは何だったんだ?」とファンの間で大きな物議をかもした、しのぶが風鈴に囲まれているシーンもそうですね。当時の僕も「なんだ、これは?」ともちろん感じたけれども、そういう一見わからないシーンがあるからこそ、あの映画の不思議な雰囲気が出来上がっていると感じたんです。
――まさに「演出」の領分ですね。
水島 それだけではなく、音楽の使い方やギャグの入れ方、それまで体験したことがないような種類のモノローグの使い方など、どれもびっくりするものでしたね。あとは、どこまで押井さんが指示したものかはわからないですが、学園祭の準備をしている場面にウルトラマンやバルタン星人といった別の作品のキャラクターがそのまんまに出てくるような、おおらかさや勢いもたまらなかった。後々作り手になるような人間のツボを押してくるところや、「これが映画だ!」と感じさせる何かがそこにあったんです。公開中に、初めて複数回劇場に見に行った作品でした。
自分が好きだったものから
持ってきたシチュエーションを
物語として成立するように
構築している
――高校の頃にTVシリーズを見ていたということは……。
水島 『ビューティフル・ドリーマー』のときにはもう専門学校に通っていました。ただ、同期の作画志望の人たちのレベルが高くて、早々に挫折を感じていたんです。かといって他の目標も見つからず、ぼんやりとした将来しか意識できていなかった。強い刺激を受けたのは、そんな時期だったのもあるんでしょうね。とにかく作品のどこからも、楽しそうに作っている感じがするじゃないですか。制作状況が大変だったのは知っていますけど、それはもう当時の空気感で、今にして思えばそこにも惹かれていたのかなぁ……。
――あの頃のアニメの、社会の、狂騒的な感覚がフィルムに焼き付いていますよね。
水島 その後、自分がアニメの演出をするようになってあらためて思ったんですけど、温泉マークの部屋でのカビの表現とか、力技ですよね。アナログ制作の時代に、あんな手間のかかる表現をよくやったなと思う。そういったディテールへのこだわりにも惹かれますね。スーパーマーケットの棚の商品だとか。自分たちが普段目にするような風景は現実に近く作られていて、その中にひっそりと現実離れしたパロディが仕込まれていたりする。日常にあるもののディテールをしっかり描くことで、作品の世界が自分たちの住んでいる世界とつながっているような感覚を与えてくれると知ったのも、この作品でした。それは『新世紀エヴァンゲリオン』の電柱とか、後の作品につながる発想ですよね。
――たしかに。
水島 この映画はあの頃に押井さんが好きだったものをとにかく全部詰め込んでいるそうですけど、そういう作り方は庵野(秀明)さんもそうだし、最近の作品だと古川知宏監督の『劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト』も似た作り方のように感じました。自分の好きな映画をはじめ、いろいろなものから持ってきたシチュエーションを、物語として成立するように構築する。過去の作品をただオマージュするだけでなく、現場の高い熱量で新しい作品としてちゃんと仕上げる。『ビューティフル・ドリーマー』はそうした作品の作り方をアニメでやった先駆けのひとつなのかなと。後に押井さんは「虚構と現実」みたいなテーマにさらに深く切り込んでいくわけですけど、そこにつながる初期衝動をかたちにできた現場は、率直にうらやましいです。今の僕はもう、当時の押井さんより年齢も上だしキャリアも長いわけで、見返すと「やりたいことに技術がまだ追いついていなかったんだな」と感じるシーンもなくはない。でも、それすらも愛おしいんですよね。というか、おかげで「押井さんの頭の中では本当はこうだったのかな?」と想像する余地ができているのは、映画としてある意味、プラスともいえる。「できないから無難にまとめておこう」みたいな考えがないところには、若い頃はもちろん、今でも刺激を受けますね。
――監督の自作には、初期衝動で作り上げたものはないんですか?
水島 うん。僕はそっちのやり方にはいけなかったんですよ。だからこそ、そういう作品が好きなんだと思うな。
KATARIBE Profile
水島精二
アニメ監督/音楽プロデューサー
みずしませいじ 1966年生まれ、東京都出身。アニメーション監督、音楽プロデューサー。主な監督作品に『鋼の錬金術師』『大江戸ロケット』『機動戦士ガンダム00』『コンクリート・レボルティオ〜超人幻想〜』『D4DJ First Mix』など。