Febri TALK 2022.12.14 │ 12:00

あおきえい アニメーション監督

②「わからなさ」が刺さった
『エリア88』

アニメーション監督・あおきえいのルーツに迫るインタビュー連載の第2回は、巨匠・新谷かおるの代表作を、大胆な脚色でアニメ化したOVAについて。『喰霊-零-』『Fate/Zero』など、原作ものでもたしかな手腕を発揮してきたあおきは、今作から何を受けとったのか。

取材・文/前田 久

抜け出せたはずの戦場にあえて戻っていく主人公

――2本目は『エリア88』です。OVAとTVシリーズがありますが、あおき監督が選んだのはスタジオぴえろ制作のOVAのほうですね。
あおき これも『メガゾーン23』と同じで、少しビターなエンドが好きなところにがっつりハマった作品なんです。鳥海永行(とりうみひさゆき)さんが監督で、ACT1、2は比較的原作に沿う形で作られている。それはそれで面白かったのですが、ACT3(最終巻)でのストーリーの畳み方がすごいんですよ。原作の途中のエピソードをうまく利用して、オリジナルのエンディングを作っている。原作の最終話も好きですけど、このOVA版のエンディングがめちゃ好きなんですよね。主人公が晴れてエリア88から出ることができて、娑婆(しゃば)の空気を謳歌(おうか)しているんだけど、全然満足できなくて、結局はエリア88に戻っていく……この展開の「業の深さ」みたいな部分がたまらない。

――主人公の真(シン)はもともと孤児で、明るい未来をつかみかけた矢先に親友だと思っていた人間に嵌められて、エリア88の傭兵部隊に送り込まれてしまった。そんな望まぬ境遇から脱出できたのに、わざわざ酷い環境に戻るわけですよね。
あおき しかも、その頃、エリア88は敵からの総攻撃を受けている。傭兵たちは「逃げてもいい」と言われて部隊は解散するんですけど、結局エリア88を守るために戻ってくるんですよね。そんな自分の死に場所を「ここだ」と決めた人たちの姿がアツくて、カッコいい。メインキャラの扱いだった人たちがバンバン死んでいくんですが、どこか清々しさすら感じるいいシーンなんです。一方、主人公の真は戻るとき、エリア88がどんな状況かを知らないんですよね。最後まで知らない。エリア88に向かうルートに入ったところで、すぱっと物語が終わる。

――今の視聴者の感覚からすると、「ここで?」みたいなタイミングで終わりますよね。
あおき おまけに戻ったときにあの場所はどうなってしまっているのか、劇中には何のヒントもないんですよ。おそらく、タイミング的にはエリア88はすでになくなっているはずですけど、そこは描かない。そのときに真が、F20タイガーシャークの中で「なぜエリア88に戻るのか?」を自問自答するセリフもいいんですよね。「人を殺すのが忘れられないんだろう?」みたいな声を否定して「俺にはわかったんだよ。俺の『こだわり』の元凶がエリア88だってことが。だから俺は戻るのさ。この『こだわり』を消すために」と返す。このセリフ、ずっとおぼえていますね。

――それくらい刺さっているんですか。
あおき でも、意味はいまだによくわからないんですよ(笑)。「こだわり」を消すために戻るって、どういうことなんだろう? こだわりの元凶がエリア88なのだとしたら、真は戻って何をするんだろうか。まさかそんなことはないと思うけれども、たとえば、エリア88を攻撃するために戻るのか? ……そんな風に、絶妙にわかるような、ちょっとわからないような感じのセリフを最後に持ってくる。しかも、真はラストカットでは、ニヤッと笑うんですよ。この笑顔もどういう意味なんだろう?と。少し皮肉っぽい笑いで、雰囲気としては理解できるのですが、セリフの細かい意味や笑顔の理由は劇中でいっさい説明されない。でも、だからこそ見終わったあとに心に刺さるんです。「あれは何だったんだろう?」と。

わからないからこそ、ずっと自分の心の中に残っている

――自分の中でも、明確な答えは出ていない?
あおき いまだに答えはわからないですね。ただ、わからないことに対しての不満はまったくなくて、わからないからこそ、自分の心の中にこの作品がずっと残っているんだろうなと。それで、自作でもそういうことをやりたがる。全部を説明しないで、大枠だけ作って、細かい部分はお客さんの想像力に委ねたい。

――同じようなことをやっても、想像の余地があると感じてもらえる作品と、単に描写不足ととられる作品がありますよね。何が違うんでしょう?
あおき この作品はバランスが絶妙なんですよね。『ブレードランナー』もそうじゃないですか。あれは試写でラストが不評だったので、強引に劇場公開版のエンディングを付け足したら、それが皮肉にも視聴者の心に残った。もしかすると『エリア88』も、そこまで深く考えていない可能性はあるわけです。でも、これがもっと訳のわからないものだったら「この作り手は何も考えていないな」と引かれてしまうと思うのですが、「これだけちゃんと他の部分ができているんだから、これも何も考えていないわけないよな」と思えるものになっている。このバランスだから、ずっと残るんです。必然の産物なのか、偶然の産物なのか、見ている側からするとちょっとわからない。そのあたりの押し引きが、心にめちゃめちゃ刺さるものを生むんじゃないでしょうか。少なくとも自分にはそうでしたね。何度見てもあのラストシーンは素晴らしすぎて、いまだに繰り返し見てしまいます。作画もいいし。

――作画のよさも魅力的ですよね。とくにメカ関係の作画は、今の目で見ると信じられない。
あおき 戦闘機や戦車が手描きですからね。たしかに「よくこんなのを描いていたな!」と思います。ミッションで谷を制圧しに行く場面なんて、全部背景動画ですもんね。今ではほとんどロストテクノロジーですよ。これをできる人間がもう残っていない。アニメーターさんたちのあいだで、技術が継承されていないんですよね。戦車のキャタピラを手で描いているとか強烈ですよ。今やろうとしたら「このカットは当然、CGでやりますよね?」って制作に言われるでしょうね(笑)。endmark

KATARIBE Profile

あおきえい

あおきえい

アニメーション監督

1973年生まれ。東京都出身。アニメーション監督。AICでキャリアをスタートし、現在は株式会社トロイカ取締役。これまで手がけた主な監督作に『劇場版 空の境界「俯瞰風景」』『放浪息子』『Fate/Zero』『アルドノア・ゼロ』『Re:CREATORS』『ID:INVADED イド:インヴェイデッド』など。(Photo/後藤武浩)