Febri TALK 2023.01.09 │ 12:00

藤原佳幸 アニメーション監督

①イフリータに「恋をした」
OVA『神秘の世界エルハザード』

『NEW GAME!』『イエスタデイをうたって』など、ヒロインのかわいさと丹念な日常描写が生み出す叙情性に定評があるアニメ監督・藤原佳幸。そのルーツをたどる全3回のインタビュー連載の初回は、ヒロインのいじらしさに心奪われたという、90年代OVAの人気作について。

取材・文/前田 久

マンガとアニメでこんなにも表現が異なるのかと初めて意識した

――1本目は『神秘の世界エルハザード(以下、エルハザード)』です。確認ですが、これは同名のTVシリーズではなく、最初に発表されたOVAのほうですよね?
藤原 はい、そうです。TVシリーズも放送中に触れてはいたんですけど、ちょっと気になっていたくらいでした。TVシリーズは『新世紀エヴァンゲリオン(以下、エヴァ)』と同じ時期の作品ですよね?

――どちらも1995年10月から翌年3月にかけて初回放送された作品ですね。『エヴァ』が好きだったんですか?
藤原 そちらも見てはいましたけど、それほど深入りはしていないです。でも、もちろん衝撃はあって……というか、『エヴァ』がきっかけでアニメイトのようなアニメグッズを扱っている専門店に初めて行ったんです。OVAの『エルハザード』と出会ったのは、それがきっかけだったんですよね。

――そうつながるんですね。どんな出会いだったんでしょう?
藤原 「自分の知っているアニメと同じタイトルなのに、なんか違う内容っぽいグッズがあるぞ?」と気になって、まずフィルムコミックを手に取りました。それを見て「これはいい!」と。そこから「どうしたらこのアニメを見られるんだろう?」と思いながら、小説版やマンガ版に手を広げて、どんどんオタクの道に入っていったんです(笑)。

――本編の映像を見る前にメディアミックス商品で触れるのは、当時の中高生だとよくありますよね。作品のどんな点が琴線に触れたのでしょう?
藤原 なによりもヒロインのイフリータがめちゃめちゃかわいいなと。「なんていじらしいんだ!」と感じたんです。フィルムコミックを読みふけるだけじゃなく、絵を模写したりしながら、想いを募りに募らせました。実際にOVAを見たのはずいぶんあとで、親の転勤で東京に来たタイミングでしたね。その頃、OVA全7巻がセットになった「神の目BOX」という商品がちょうど出ていたので「これは買うしかない!」と思ってバイトを始めたきっかけにもなりました。初めて買ったOVAもこの作品だったんですよ。

――実際に見た感想はいかがでした?
藤原 主人公の水原誠とイフリータとの物語は、自分が思い描いていた通りの素晴らしい内容でした。……ただ、それ以上にびっくりしたのが、アニメでキャラクターが動く姿を見ると、フィルムコミックでは意識していなかったところがすごく目立つんだなと。

――どういうことですか?
藤原 第3話の「温泉の世界エルハザード」って、こんなにエロいんだ!って(笑)。

――ああ〜! わかります(笑)
藤原 フィルムコミック……つまり、マンガの形態だと好きなところを重点的に見るじゃないですか。映像となると自分が意識していなかったところを強制的に、強調して見せられる。動きがつくとこうも印象が変わるのか、マンガとアニメってこんなに違う表現なのかと、初めて意識したタイトルでもありました。それ以前はテレビアニメしか見ていなかったので、アニメに女性の裸がもろに出てくるだけでも衝撃的だったんです。映像の持つ力をエロでぶん殴られた体験でした。

――90年代半ばだと深夜放送の作品も少なかったので、その感覚ですよね。
藤原 話が少し飛びますけど、アニメーターになってから一時期、童夢というアニメ会社に席を借りていたんです。そこに「温泉の世界エルハザード」の作画監督をやっていた越智信次さんがいたんですね。そうとは全然知らずに、とにかく絵がうまい人がいるので気になって経歴を調べたら「あー! 『エルハザード』のあの話数をやっていたんだ!」とわかって、めちゃくちゃテンションが上がりました(笑)。僕の中では「神」のおひとりで、当時はとにかく越智さんからの修正をもらいたかったです。

薄氷の上にある幸せを感じている人に、幸せになってほしいと願ってしまう

――もう少し、『エルハザード』のどんなところが当時の藤原少年に響いたかを聞いてもいいですか?
藤原 「ヒロインが不条理で不幸な目に遭う」ことがショックだったんです。イフリータのそういう場面を見ていると、「こんな世界は間違っている」みたいな変な正義心というか、「世の中はこうあってほしい」みたいな感じの理想論というか、そんなちょっと青くさい感情が、めちゃくちゃ刺激されたんです。自分も主人公の水原誠みたいに、不条理な世界に抗って自分の信念を貫ける人間になりたい、そして、その想いに応えてくれるイフリータのような女性と出会いたい!……と思わず考えるくらいに物語とキャラクターにハマってしまった。つまり、ひと言でいうと……「恋をした」感じなんです。

――キャラクターに恋心を。
藤原 はい。……いやぁ、こうやって話していると本当に恥ずかしい!(笑)

――いやいや、素晴らしいです。悲劇性のあるヒロインに惹かれる気持ちは、そのあとも変わらず?
藤原 そうですね。マンガでも小説でもそうで、たとえばマンガなら『ドラゴンクエスト列伝 ロトの紋章』のルナフレア。メインキャラなのに死ぬなんて!と衝撃でした。小説だと山本周五郎の『その木戸を通って』のふさ。ヒロインの造形だけでなく、それとセットで描かれる儚い話が好きなんです。今にも壊れそうな、薄氷の上にある幸せを感じている人に、幸せになってほしいと願ってしまう。現実ではそううまくいかないかもしれないけど、創作物の中ぐらいは……と。それは自分が創作するうえでけっこう大事にしている部分でもありますね。自分が初めて監督したオリジナルアニメの『プラスティック・メモリーズ』は、まさにそのこだわりが強く出た作品です。

――それはつまり、あの作品のヒロインが記憶を失い、それに主人公が寄り添うラストは、藤原監督にとっては「幸せ」である、と。
藤原 奇跡が起こらず、記憶を失っても、互いに相手を思う気持ちだけはずっと残っている。それこそが「幸せ」なんだと思いながら、あのラストを描きました。「永遠」に憧れているんです。ずっと変わらない想いは、どこかにあるんじゃないのか?と。そんな気持ちを創作物にぶつけてしまいましたね。若かったです(笑)。endmark

KATARIBE Profile

藤原佳幸

藤原佳幸

アニメーション監督

ふじわらよしゆき アニメーション監督。1981年生まれ。東京都出身。監督作に『GJ部』『未確認で進行形』『プラスティック・メモリーズ』『NEW GAME!』『イエスタデイをうたって』がある。