Febri TALK 2023.01.11 │ 12:00

藤原佳幸 アニメーション監督

②「全力」の演出を知った
『みなみけ』

『GJ部』『プラスティック・メモリーズ』など、丹念な日常描写でキャラクターを掘り下げる手腕に定評のあるアニメ監督・藤原佳幸。そのルーツをたどるインタビュー連載の第2回では、美少女三姉妹のゆるい日常を描いたコメディ作品での盟友との出会いを熱く語る。

取材・文/前田 久

仕事への向き合い方に大きな変化が生まれた

――2本目の作品は『みなみけ』です。ご自身が参加している作品ですね。
藤原 はい。アニメ業界に入ってから関わった作品の中で、仕事に対する踏み込み方や考え方が全体的に変わったタイトルということで選びました。

――何からそこまでの影響を受けたのでしょう?
藤原 黒柳トシマサさんと出会ったことです。それまで童夢で一緒に仕事をしていてもほとんどしゃべったこともなかったのに、『みなみけ』の第4話で黒柳さんが初演出、僕が初作監(谷川政輝と共同作監、「高柳佳幸」名義)としていきなりコンビを組むことになって。黒柳さんと出会う前の自分は、アニメーションはとにかく絵がよければいいと思っている、典型的な作画オタクだったんです。あの頃はとにかく「監督よりもキャラクターデザインのほうが重要」くらいに思っていました。とくに日常ものの萌え系のアニメは、キャラクターがかわいくリアクションや芝居をしていれば、それだけで見る人は癒されるんだからいいじゃん!みたいに考えていたんです。

――今でもそういう人は世の中に大勢いる気がしますが、藤原さんの考えは変わった。
藤原 『みなみけ』で黒柳さんと担当したのが、保坂という男性キャラがメインのエピソードで、自分としてはそれを最初はちょっと残念に感じていたんです。女の子のキャラがメインの話のほうが盛り上がるのに……と。でも、一緒に仕事をしている最中に黒柳さんと飲みにいったら「俺は保坂というこの変わったキャラクターの幸せを、生き方を肯定してあげたいんだ!」みたいなことを全力で語られて、まずそこで「なんて大風呂敷を広げてキャラクターのことを考えているんだ」とカルチャーショックを受けたんです。

キャラクターを人に楽しんでもらうってことを理解できた

――保坂はスペックは高いのに、主役の三姉妹の長女に一方的に思いを寄せて、真面目に奇行を続けるギャグ担当のキャラですよね。そのキャラにそこまで入れ込むのは尋常じゃない。
藤原 自分も言われた瞬間は「でも、やっぱり女の子がかわいければ、そこでみんな盛り上がるんじゃないの?」みたいなことを思いました。だけど、黒柳さんの全力で保坂のキャラクターを作り上げようとする姿勢、保坂の美学を考え抜こうとするテンションの高さに圧倒される部分もあったんです。さらに完成したアニメがオンエアされて、ネットで反響を見ると「保坂、気持ち悪い」みたいな感じでみんなが盛り上がって、保坂のことを楽しんでいました。それを見て「面白いもの、盛り上がるものを作るって、こういうことなんだ!」みたいな感覚を知ったというか……キャラクターを人に楽しんでもらうってこういうことなんだと理解できたんです。さらにそれを実現するためにはどういう努力をするべきなのかにも気づかせてもらった。

――どういうことでしょう?
藤原 黒柳さんって「俺はこういう気持ちで作っているんだ」って、一緒に作っているまわりのスタッフに臆面もなく伝えるんです。それが大事だなと。斜に構えて「絵コンテに描いてあるから。ちゃんと読んだ?」とかで済ませずに、そこでも全力なんですよ。「『男はつらいよ』って知ってる? 寅さんは自分は花を摘むタイプじゃなく、愛でるタイプだっていうんだけど、保坂もそっちなんだ。彼女が幸せならば、俺はそれで満足だと。そういう男の美学をちゃんと描いてあげたいんだよ!!」みたいなことを言っていたのを、今でもおぼえています。

――熱い!
藤原 しかも、そのたとえ話から、キャラクターだけじゃなく、演出的な面白さを伝える作業がすでに始まっているんです。『男はつらいよ』を例に出すということは、本人が望んでいることが本人の気づかないところでかなっている、そのおかしみを描こうとしているんだ、と。そのためには保坂という男がやることに、どういうギャップが必要なのか? それは全力でキャラクターを描くからこそ出るもので、ストーリーの予定調和というか「キャラクターがこう動いてるから、こういう展開になって、最後にこのタイミングでギャップが出るよね」みたいなものではないわけです。

――笑いの段取りがあるから面白いわけではない。
藤原 そう。流れだけで面白さを作るんじゃなく、ストーリーとキャラクターの深掘りで面白さを作り上げる。そこで面白さが生まれるための必然性をキャラクターの中に作り込んでいく……みたいな形で、黒柳さんの考え方を自分の中に落とし込んで、それが自作の『未確認で進行形』や『イエスタデイをうたって』でのキャラクターの描き方につながったような気がしています。たとえば、『未確認』でいうと「(夜ノ森)小紅の幸せってなんだろう?」と考え抜いた結果が、アニメの最終回になった。あれは自分の中で納得できる物語が組めたと思っているのですが、黒柳さんから影響を受けていなかったら、ああはなっていなかったです。

――黒柳さんの保坂を面白く描く努力が、そこまで大きな影響を。
藤原 もちろん、保坂があそこまで面白くなったのは、声優の小野大輔さんの力も、音楽の力も、太田雅彦監督がシリーズ全体を通して作り上げていたテンションの力もあります。でも、やっぱり間近で見ていたこともあって、自分には黒柳さんの覚悟が印象に残ったんですよね。ホント、自分の追い込み方がすごいんですよ。「初演出回がつまらないヤツは、一生作るものがつまらねえ!」って言いながら演出しているヤバいヤツでした(笑)。飲んでいるときによく「俺はアニメで世界を変えたいんだ!」と言っていたのも懐かしいですね。当時の自分は言葉尻をとらえて「アニメで世界が幸せになるわけないじゃん」くらいに思っていたんですけど、付き合いが長くなって、あのとき何を言おうとしていたかがわかってきた。あれはつまり「見た人の価値観を変えるようなアニメーションを作りたい」ってことをわかりやすく、大きな言葉で言っているんだなって。納得できたけれど自分からは出てこない言葉なので、今でも黒柳さんのことは「すげえ」って思い続けています。endmark

KATARIBE Profile

藤原佳幸

藤原佳幸

アニメーション監督

ふじわらよしゆき アニメーション監督。1981年生まれ。東京都出身。監督作に『GJ部』『未確認で進行形』『プラスティック・メモリーズ』『NEW GAME!』『イエスタデイをうたって』がある。