作品の素晴らしさに圧倒されて業界人目線をはさむ暇なんてなかった
――今回選んだ作品は2021年公開とかなり最近のものになりますが、どういった理由で選んだのでしょうか?
黒﨑 業界に入ってそこそこ長くなると、仕事柄どうしても作品をビジネス目線で見てしまうようになって。「どんなもんか見てやろう」と構えてしまうというか(笑)。余計なことを考えて、作品に没入しづらくなってしまうんです。『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ(以下、ハサウェイ)』はそんな私に、いちアニメファンとしての気持ちを取り戻させてくれた作品です。
――『ハサウェイ』も最初は「見てやろう」という気持ちで?
黒﨑 原作小説はファンの間でも評価が分かれていて、リアルというかけっこうシビアな展開なのですが、あれをどうやって映像にするのかが気になりましたし、一流のクリエイターである村瀬修功監督の作品ですからこれは見なければ、となりまして。シリーズが長く続いていくと、商売としてはどうしても新規ファンを獲得することに目がいきがちですが、『ハサウェイ』は変に欲をかかず、腕のいいスタッフを投入してシリーズが大好きなお客さんをターゲットにして煮詰めた結果、あのような一級品のフィルムができあがるというのがすごくカッコイイと感じました。
――スタッフ陣も豪華ですし、大人がお金もパワーも全力を出して作ったぞ!という感じがありますよね。
黒﨑 見る前は業界人的な目線で挑んだはずが、見終えたその足ですぐに売店でブルーレイを買って、さらに劇場でチケットを買い直してもう一度見てしまうぐらい作品の完成度に圧倒されました。序盤で澤野弘之さんの雄大でセンチメンタルな劇伴とともにハサウェイたちが乗ったスペースシャトル「ハウンゼン」が地球に降下するシーンがあるのですが、そこでドバっと涙が出てきてしまって。「人間がいつか本当に宇宙に出ていくことになっても、ここで描かれている状況のように地球を懐かしく思うんだろうな」って気持ちになったんです。つかみとして完璧で、こんなに感情移入させられると思いませんでした。演出も物語の構成も、まるでクリストファー・ノーラン監督の映画のようにストイックですし、一本のアニメ映画として見たときに減点するところがないぐらいにすごくよくできていて、業界人的な目線になる暇もなく、終始わくわくさせられました。
いちファンとして楽しみができてうれしい
――とくにワクワクしたポイントはどこでしたか?
黒﨑 なんといっても村瀬監督の演出が素晴らしかったです! 『ハサウェイ』の原作小説もですが、富野由悠季監督のキャラクターは「必ずしもお話に必要ではないセリフ」をしゃべるじゃないですか。たとえば、ハサウェイがホテルの部屋でギギの半裸を見てしまったあとの「散歩に出るが」と声をかけるシーンとか。
――カットしてもお話のつながりとしては問題なくつながると?
黒﨑 お話としては成立するのですが、律儀にギギに声をかけるシーンをあえて入れることで、ハサウェイがどんな男かを視聴者が感じられるんだと思うんです。プロットで言うなら骨ではなくお肉の部分なんですけど、それがあることで良い意味での空白=想像の余地が生まれるというか。ハサウェイについての描写としては、飲み物を飲むシーンでいつも飲み物を飲めていないのも気になっていて……ハサウェイというキャラクターが自らの意思以上にまわりから祀(まつ)り上げられて、この立場にならざるを得なかったことの象徴なのかなとか。私の深読みのしすぎかもしれませんが(笑)。
――考察がはかどりますね。
黒﨑 また、そういった空白を表現するアニメーターの方も一級の方ばかりなんですよ。マフティ陣営のモビルスーツが夜襲をかけてきて、逃げ惑うハサウェイとギギが壁の陰に避難するシーンで「こんなの怖い」というギギを抱きしめるハサウェイの手の動きとか。普通に抱きしめる芝居を描けばすむところを、合間にハサウェイの表情のカットをはさみながら、ふたりの手が徐々に動く様子を描いているんです。その微妙な手の芝居からにじむ感情を表現できるアニメーターが揃っているからこそ、こんな描写ができるんだろうなと。キャラクターデザインを担当された恩田尚之さんのタッチも、いい意味でバタ臭いというか、クラシックな趣があるところが作品の内容とマッチしていますよね。本作の大人びた空気感を表現するのにはぴったりだと思います。ブルーレイで何度も見ているのですが、これも語り始めると止まりませんね(笑)。
――前回の『追憶編』のインタビューでもそうでしたが、黒﨑さんは作品の中にある「間」や「余白」を大事にしていますよね。
黒﨑 TVアニメでは24分と尺が決まっている以上、どうしても取捨選択が必要になってしまうのですが、最近の作品は視聴者に飽きられないようテンポよくお話を進めてしまいがちな気がしていて。行間を読むとか空白を作るというのは古典的な表現だと思うのですが、今では贅沢な表現手法といえるかもしれません。
――「『ハサウェイ』前」と「後」で、黒﨑さんの中で何か変化したものはありましたか?
黒﨑 村瀬監督は作家性の強いクリエイターさんですし、こういう演出にしたいという意思が固かったんじゃないかと思うんです。それが画面からも伝わってくるので、作品にブレが一切ない。カッコイイし憧れるのですが、自分がプロデュースする立場であれば、絶対真似できないなと思います。こういう作品を送り出すなら、いろいろな世代に広く見てほしいというような甘っちょろいことはやらないという覚悟が必要なんだというのが学びです。また、やりたいこと・ストイックな演出を突き詰めても許される世界があるというのは業界のクリエイターにとっても希望ではないかと思います。ただ、私個人としては、業界としての学びというよりはいちファンとして楽しみができてうれしい気持ちのほうが大きいです。次はいつだろう~!という。作る労力を考えるとそんな一朝一夕でできる作品ではないことはわかっているのですけど。『ハサウェイ』が続いている限りは死にたくありません……!(笑)
KATARIBE Profile
黒﨑静佳
アニメーションプロデューサー
くろさきしずか。アニプレックス所属。『Fate』関連作品や『活撃 刀剣乱舞』など女性人気の高い作品のプロデュースを数多く手がけてきた。