Febri TALK 2023.03.08 │ 12:00

黒柳トシマサ アニメーション監督

②監督の心境に触れた気がした
『NieA_7』

アニメ監督・黒柳トシマサのルーツをたどるインタビュー連載の第2回では、演出の師にあたる存在であり、黒柳監督の代表作『舟を編む』にシリーズ構成として参加していた佐藤卓哉氏の監督デビュー作を取り上げる。そこから学んだ「ポエム」とは?

取材・文/前田 久

キャラクターの心情だけでなく、監督の当時の心境が作品に込められている

――2本目は『NieA_7(ニア アンダーセブン)』です。こちらを選んだ理由は?
黒柳 僕が大学生になって上京したタイミングで放送が始まって、最初はたまたま見たんです。そうしたら、何かわからないけどぐっと心をつかまれてしまった。それまではジブリのような雰囲気のアニメばかりを追いかけていたのに。

――SF要素のあるけっこうはっちゃけたコメディで、テイストがまた違いますよね。
黒柳 「予備校生」「貧乏」「なんか面白い宇宙人がいる」っていう要素でできている世界観ですからね(笑)。でも、ただハチャメチャで面白いだけのアニメかというとそうではなくて、ときどき胸がしゅんとするような空気感もある。これは佐藤卓哉監督……後々、僕が演出を教えてもらうというか、横で仕事を見て勝手にその技術を盗ませていただく方ですけど(笑)、その佐藤さんが30歳のときの監督デビュー作なんですよね。それもあってか、単純にキャラクターの心情だけじゃなくて、佐藤さん自身の当時の心境みたいなものが作品に入っている気がするんです。当時はそんなことはわかりませんでしたが、アニメーションを通して、自然とそこにも惹かれていたのかなと思います。

――たとえば、どういうところでしょう?
黒柳 そうですね……主人公のまゆ子は予備校生ですけど、普通の予備校生活ってある種のモラトリアムの時間だし、大学に合格するまでがしんどくて、そこから先は大学生になっても社会人になっても、基本的にはより明るいほうに人生が進むっていう期待がありますよね。さらにこの作品の舞台になっているのは夏で、それもまた盛り上がる時期じゃないですか。なのに作品の中では、時間が流れるとともに寂しさみたいなものがどんどん大きくなっていく。時間が過ぎていくことが、別れだとか失うことだとか、何がしかの寂しさを孕(はら)んでいることが、表面的には明るい作品の底で訴えられている気がするんです。語り口もそうですね。まゆ子が主人公で、その視線で物語を切り取っているようでいて、どこかまゆ子の親の視線を感じさせる。まゆ子にはお父さんがいなくて、お父さんからもらった腕時計をずっと大事にしていたり、荏の花湯(えのはなゆ)という場所にこだわるのも、かつて家族と一緒に過ごした場所だから。作品の奥のほうで、画面には存在しないお父さんの存在をずっと感じさせるところが不思議なんですよね。

――第1話のアバン明けから本編と違うテイストの、まゆ子じゃない目線のカットで始まりますよね。そうした細部に、佐藤監督の思いを感じます。Blu-ray BOXのブックレット収録のスタッフ鼎談でも「思い詰めていた」という話をしているんですけど、具体的に何があったのかは一切表に出てこない。
黒柳 ですよね。ただ、その後の佐藤さんの監督作品を見ても、お仕事をご一緒した『苺ましまろ』にしてもそうだし、『STEINS;GATE(シュタインズゲート)』にしても「時間の流れ」が佐藤さんの中で変わらないテーマというか、ごく自然に作品の中にあるのかなと感じます。どちらも原作があるとはいえ、そこには監督としての何かがある。あとはそうだな……僕が好きなのは、まゆ子の予備校の行き帰りのシーンで、セリフが一切なく、予備校、電車の中、街……とBG(背景美術)オンリーのカットを重ねていくところですね。多くのアニメはそういうBGオンリーのカットは場面の説明でしかないのに、佐藤さんは単純に状況を説明するだけでなく、何らかの意味を持たせる。その意味って何だろう?と深堀りすると、すごくポエムなんです。

――ポエムですか?
黒柳 要するに、見てすぐにわかるような内容じゃない。たぶん、そのときの佐藤さんの中にあった何かしらが映像になっている。淡々とした画面から、いろいろなことを考えさせられる。見ている側を試していますよね。そういう演出の仕方には影響を受けています。

オープニングを歌うSIONさんが好きになった作品

――『バクテン!!』の絵コンテ打ちで、各話の演出担当にイメージシーンを「ポエムにしてください」と指示していたと聞きました。どうもそれは、ただのイメージシーンとは違うらしいとも。それは今の「ポエム」と同じことですか?
黒柳 そうです。単純にキャラクターの気持ちを理解するためのイメージシーンじゃない。キャラクターの気持ちを重ねてはいますけど、それだけじゃなくて、作り手が自分自身を重ねているところがどこかにあるもの。その日にあったイヤなことがなんとなく反映されているとか。他人にはわからない、でも、自分だけは知っていることで、にもかかわらず、自分だけが知っていればいいかというとそうではなく、「この気持ち、あなたもわかるよね?」と言いたいもの。タチ悪いですよね(笑)。でも、そこまで想像して見た人も同じような気持ちになってくれよ、と。そこを目指すと、見た人がキャラクターの気持ちがわかったようになると同時に、作っている人たちの気持ちもわかるようなシーンになって、そこから作品の枠を越えて、共感がさらに多くの人に広がっていくような気がしているんです。

――散文ではなく詩って、そういうものですよね。私的言語でありながら、共感を誘う表現形式。
黒柳 見ていただけるだけでも、ありがたいんですけどね。でも、面白かった、つまらなかったの感想だけで終わっちゃうようなものだと「何か足りなかったのかな?」と僕は思ってしまう。何かを語りたくなるような映像にしたいですし、見ている側の人たちにも、作り手側の一部として参加してほしいという思いがあるんです。

――そう思うようになったひとつの原点が『NieA_7』であり、佐藤監督との出会いだった。
黒柳 そうですね。あと、オープニングを歌っていたSIONさんがすごく好きになった作品だって話もしておきたいです。

――「ここまでおいで」は名曲ですよね。
黒柳 「悲しいのが好きなほど 人に囲まれてないから ごきげんなやつが好き」という歌詞は、まんまこのアニメーションの内容を短いフレーズで言い切っていて、すごいと思います。佐藤さんと知り合ってからだいぶ経ったあと、示し合わせたわけでもないのにSIONさんのライブでばったり会ったことがあって「今、『NieA_7』の監督と同じ空間でSIONを聞いてる!」と、あの日は感慨深かったです。そういう偶然も込みで大好きな、思い入れのある作品ですね。endmark

KATARIBE Profile

黒柳トシマサ

黒柳トシマサ

アニメーション監督

くろやなぎとしまさ アニメーション監督。1980年生まれ。愛知県出身。監督作に『いつか、世界の片隅で』、『少年ハリウッド』シリーズ、『舟を編む』、『思い、思われ、ふり、ふられ』、『バクテン!!』など。