Febri TALK 2023.03.10 │ 12:00

黒柳トシマサ アニメーション監督

③表現のレベルの高さに震えた
『風人物語』

『思い、思われ、ふり、ふられ』『バクテン!!』など、地に足の着いた日常描写とファンタジックな表現が魅力のアニメ監督・黒柳トシマサ。そのルーツをたどるインタビュー連載の最終回は、豪華スタッフによる濃い映像表現が堪能できるコアな一作をセレクト。

取材・文/前田 久

大好きな日常ものなんですけど、普通じゃない

――ラストは『風人物語(ふうじんものがたり)』。一般公募の原案を押井守さんが監修、西村純二さんが監督を務めてアニメ化しました。企画の成り立ちから完成した内容まで、かなり特殊なタイトルです。
黒柳 見たのは『みなみけ』を制作していた頃で、おそらく作品が発表されてから少し経っていました。まずは、絵に惹かれたんです。レンタルDVDのパッケージに描かれた荒川眞嗣(あらかわまさつぐ)さんのキャラクターを見て「何なんだ、あの洗練された絵は!」と思った。いかにもな美少女キャラクターじゃないけれど、かわいく見えるシルエット。そして中身を見てみたら、これまた大好きな日常ものなんですけど、普通じゃない。

――そこ、詳しく語っていただきたいです。
黒柳 この作品の好きなところでもあるんですけど、粛々と主人公・ナオたちの日常としての物語が進んでいって、そこにふと「風猫」という空を舞う猫の存在が入ってくることで、非日常の瞬間が生じるんです。そうやって日常と非日常を行ったり来たりする。その行ったり来たりを、ごく自然にやるんですよね。独特な空気感のある日常ものなんです。で、主人公たちのお話かと思いきや、そのまわりの大気先生だったり、ナオの両親だったり、大人たちの物語も同時に流れている。作品の中にひとつの世界がちゃんとできているのが、すごく面白いんですよね。

――たしかに。
黒柳 で、動いている絵も、やっぱり素晴らしかった。当時、あの動かし方にはアニメーターとしてドキドキしました。「こういう動かし方、あるんだ!」と思ったんです。いちアニメーターとして受けた影響も大きいですね。一時期、藤原佳幸さんが演出で僕が作画監督の仕事をしていたときに、僕が『風人物語』の絵柄の模写ばっかりしていたんですよ。そうしたら絵がとっ散らかっちゃって(笑)。作監として大変申し訳なく思っています。

――(笑)。でも、衝動的な行動に出るぐらいインパクトがあったということですよね。
黒柳 衝撃的でした。めちゃめちゃ絵がうまいなと思いました。そしてすごくチャレンジングなことをやっておられるなと。絵のうまさもですし、表現にもしびれました。風を線のタッチで表現するとか「こういうやり方もありなんだ!」と。劇中にも「雲を撮ってるんじゃなくて、風を撮ってるんだ」というセリフがあるんですけど、アニメでも「風ってこういうふうに見えるかもな」という描き方をしている。しかも、それがあることで普通に風が吹いているような、単なるなびきの作画でも独特な風の表現が見える気がしてくる。そこまで狙っていたのだとしたら、すごい演出だなと思います。また、そうした表現やキャラクターたちと背景のマッチ具合もすごくいいんですよね。美術監督である小林七郎さんの仕事はさすがだな、と思いました。映像表現としてレベルがかなり高いと思います。大好きですね。

ちょっとした不思議があって日常が面白くなる作品に惹かれた

――黒柳さんの監督歴を見ると、『風人物語』に近いテイストの作品はないですよね。こういうデフォルメが強めのキャラクターデザインで、ファンタジックな表現の作品をやってみたい気持ちも?
黒柳 やってみたいですね。やれるものなら。でも、それは本当に超一流のスタッフが揃って、ようやくできる作品なんです。

――強烈なスタッフ陣ですよね。絵コンテ・演出はもとより、全話のレイアウトを荒川さんが担当していて、作画監督や原画として小倉陳利(おぐらのぶとし)さん、大平晋也さん、黄瀬和哉さん、塩谷直義さん、本田 雄(ほんだたけし)さんなどなど、とてつもない方々が参加している。今だと劇場作品でもやれるかどうか。
黒柳 そしてこれも、「ポエム」ですよね。

――あ、そうですね。第2回で語っていただいた「ポエム」の雰囲気があります。
黒柳 まさにこの3作品が好きだから、自分の監督作は日常の中に「ポエム」が入ったようなものになるのかもしれません。今 敏さんの作品や『機動警察パトレイバー2 the Movie』も好きだし、もちろん、スタジオジブリの作品は今でも大好きですが、これまでの人生を振り返って、仕事しているときによく見ていたのは『海がきこえる』『NieA_7』『風人物語』なんですよ。で、監督になる前から「自分がやるなら、やっぱり日常をベースにしたもの」だとなんとなく思っていた。別に僕は『AKIRA』みたいなSF世界が嫌いなわけではないですし、アニメーターとしては「描きたい」気持ちもあるんですけど、自分が監督として何をやるかとなったら、日常を舞台に、アニメーションを通じて見た人の実生活の励みになるようなものを作りたい。あのキャラクターが言っていることは自分にも重なるものかもしれない……と感じてもらえるものを。

――現実と地続きの感覚が強いような。
黒柳 そうですね。ただ、日常そのものを、それだけを描いて作品として成立させられるかというと、それはちょっとわからなくて(苦笑)。自分がやるとしたら、ちょっとした不思議があることで、日常が面白いものに変わるような、そんな作品なのかなと考えています。もともとその志向はずっとあって、だから『風人物語』や『NieA_7』に惹かれ続けてきたんだろうなと思いもするんですよ。作りたいようなものを好きになったのか、好きなものを作りたいのかわからないといいますか。今回あらためて影響を受けた3本を選んでみて、自分にとって好きなアニメ、好きな作品というのは、自分が作りたいものと重なるんだと気づきました。endmark

KATARIBE Profile

黒柳トシマサ

黒柳トシマサ

アニメーション監督

くろやなぎとしまさ アニメーション監督。1980年生まれ。愛知県出身。監督作に『いつか、世界の片隅で』、『少年ハリウッド』シリーズ、『舟を編む』、『思い、思われ、ふり、ふられ』、『バクテン!!』など。