Febri TALK 2023.03.06 │ 12:00

黒柳トシマサ アニメーション監督

①『海がきこえる』
リアルな空気感を生む作画と演出

『少年ハリウッド』『バクテン!!』など、熱量の高いフィルムでファンを惹きつけるアニメ監督・黒柳トシマサ。そのルーツをたどるインタビュー連載の初回は、氷室冴子原作、望月智充(もちづきともみ)監督による、スタジオジブリの傑作TVスペシャルについての熱論!

取材・文/前田 久

キャラクターの気持ちが乗った絵があるからこそ、リアルな感触が生まれる

――1本目はスタジオジブリの『海がきこえる』です。この作品を選んだ理由は?
黒柳 高校生のときに見て、「アニメーションの絵を描こう」と思い始めるきっかけになった作品として選びました。それまでも落描き程度の絵は描いていて、絵に多少の興味はあったんですけど、仕事にしようと考えるほどではなかったんです。最初にアニメーションそのものに興味を持ったきっかけは、中学3年生のときに見た『耳をすませば』。ちょうど主人公の雫(しずく)や聖司と同い年で、自分も彼女たちと同じように進路に悩んでいたこともあって大きな影響を受けました。そこからいろいろなアニメを見ていくなかで、絵の好き嫌いが出てきたんです。当時のアニメといえば、『新世紀エヴァンゲリオン』や『機動戦艦ナデシコ』が人気だったんですけど。

――どちらもいわゆる「アニメらしい」絵というか、デフォルメが強く効いたキャラクターデザインですね。
黒柳 誤解のないようにいえば、そういった絵柄も好きだったんです。でも、ジブリのような絵……その中でもとくに『海がきこえる』での近藤勝也さんの絵に、当時の僕はより強く惹かれたんです。デフォルメされたところもあるけれど、リアルに近い、簡潔な絵。そして、美しい。自分でもちゃんと絵を描いてみようかな……と考えるようになるくらいにハマりました。氷室冴子さんの原作小説のために近藤さんが描かれた挿絵を模写してみたり。で、そういうことをやり出すと「アニメの絵を描く仕事って、どういうものなんだろう?」と気になったりもする。そんなときに『「もののけ姫」はこうして生まれた。』がちょうど発売されて、それを見たらアニメの作り方がひと通りわかりました。近藤さんも出演されていて「お、近藤さん! こういう人なんだ!」と思いながら見ていましたね(笑)。そうやって『海がきこえる』がきっかけで、アニメの作り方に興味を持っていったんです。

――後の仕事選びに大きな影響があったわけですね。
黒柳 そうですね。仕事を始めてからも、何回も見返しています。フィルムBOOKも、仕事をするときいつも手元に置いているんですよ。

――すごい。作り手になってから、さらにこの作品の作画のすごみを感じるようになった点はありますか?
黒柳 『舟を編む』という作品を監督したとき、キャラクターデザインの青山浩行さん……『時をかける少女』のあの青山さんと「日常芝居がいちばん難しい」という話になったんです。日常芝居は毎日自分たちが目にしているものだから、うまい・下手がすぐバレてしまう。さらに作画枚数もたくさん必要で、やり抜くのが大変なんです。日常芝居の素晴らしい作品といえば、なんといっても「名作劇場」なんですけど、ジブリはその流れがあるからか、そうしたすごいことを自然にやるんですよね。自分たちがやろうとすると、いかにも「すごくちゃんと描いたでしょ」みたいな、変な色気が出てしまうのに。『海がきこえる』の日常芝居はその中でも本当にさらっとしていて、過剰な演技じゃないんです。歩き出しはすっと歩き出すし、立ち止まりもすっと立ち止まる。口でいうと簡単なようですが、同じことをやろうとすると、絵がちょっと下手なだけに見えたりするんです。これが難しくて。

――なるほど。自然なセリフ回しを目指した声の芝居が棒読みに聞こえてしまうような。
黒柳 動きだけじゃなく、キャラクターひとりひとりの佇(たたず)まい、ただ立っているポーズのシルエットも、『海がきこえる』はすさまじいんです。たとえば、主人公の杜崎拓(もりさきたく)が東京から帰省して、親友の松野豊と一緒に埠頭(ふとう)で海を眺めるシーン。あのときの拓の背中の丸まり具合は、なかなか描けないですよね。この作品は高知県の実在の街が舞台なので、大量の資料写真をもとにレイアウトを起こして、背景美術も現実にあるものを描いている。そうしたことをやっているとはいえ、ただそれだけではあのシーンのリアルな感触は出せない。リアルなレイアウトや背景美術に、キャラクターの気持ちみたいなものがちゃんと乗っかった絵があるからこそなんです。そういったところが率直にすごいと思います。

望月智充さんの演出家、そして監督としての覚悟を見せつけられた

――何度も見返すうちに、感想が変わったところもありますか?
黒柳 あります。あるとき、「何でもない人が主人公の作品なんだ」と気づいたんですよ。本当に何でもない人が、ただただ恋をしただけの話を描いていて、でも、それがちゃんと物語になっている。さらに高校生のときの、振り返ってみると何でもなかったような時間の空気感が見事に作品の中にある。「あの空気って、どうやったら自分の作品でも出せるのかな?」という問いを、アニメーションを作っているときはいつも反芻(はんすう)しています。

――それは作画の力もでしょうけど、やはり監督の望月智充さんの演出の力が大きいでしょうか?
黒柳 そうですね。実際に自分が演出をやるようになってから『海がきこえる』みたいな作り方の難しさを、もう、ホントに突きつけられました。『海がきこえる』って、ラストシーンまではカメラが全部FIX(固定)なんです。それで一本の長編作品を作り上げるってすごい。僕も極力FIXで作ろうとしているんですけど……やっぱり、どうしてもPAN(※)を少し入れたり、画面に変化をつけたくなってしまう。そうすることで見やすくなるんです。FIXを貫くというのは、すごい覚悟です。一枚、一枚のレイアウトに対して「この絵なら画面が保つ」というよほどの自信がないとできないと思います。もちろん、工夫もありますけどね。写真のような白いフレームを画面に入れてみたり。

※カメラの位置を固定した状態で、首だけを振るように動かすカメラワークのこと。実写では水平の動きのみを指すが、アニメでは水平・垂直の動きを両方指す。

――でも、最小限ですよね。
黒柳 しかも、たぶんあのFIXは最後の、カメラをぐるんと回すところを印象的に見せるために、そうやっているんです。ただFIXにこだわっているのではなく、演出的な意味がある。それをやるための演出家としての覚悟。単に作品を面白くすることを考えるだけではなく、自分がこの作品の監督なんだ、自分が監督をやったからにはこうなるんだ……という覚悟を見せつけられている気がしました。それでいうと、『海がきこえる』みたいな作品って「実写でもいいじゃん」ともいわれがちだと思うんです。イメージシーンも入らないし。でも、アニメでやることの意味がある。自分でも『舟を編む』や『バクテン!!』で近いことをやってみて思うんですけど、いくら実写っぽくても、アニメという表現の性質上、背景にしろ、人物にしろ、全部を描かなきゃいけない。そこには実写のような偶然的なものがない。作り手によって情報が取捨選択されている。そうすると、やっぱり実写とは明らかに違ったものになるんです。実写寄りの作品を手がけても「アニメーションだからこその意味があるんだ」と言い切れるのは、『海がきこえる』があるからですね。endmark

KATARIBE Profile

黒柳トシマサ

黒柳トシマサ

アニメーション監督

くろやなぎとしまさ アニメーション監督。1980年生まれ。愛知県出身。監督作に『いつか、世界の片隅で』、『少年ハリウッド』シリーズ、『舟を編む』、『思い、思われ、ふり、ふられ』、『バクテン!!』など。

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