Febri TALK 2021.07.28 │ 12:00

吉田健一 アニメーター

②『伝説巨神イデオン』は
ある種の暴力的な体験

柔らかな線で、溌剌として艷やかなキャラクターを描き続けてきた名アニメーター・吉田健一。そんな吉田が、これまでの人生で多大な影響を受けたアニメを、全3回(+α)でインタビュー。第2回は、壮大なスケールで「人」の運命を描いた、富野由悠季監督の伝説の一作。瞳こらせよ……。

取材・文/前田 久

ただ死ぬだけではなくて、死に至るまでの人生が描かれている

――2本目は『伝説巨神イデオン』。第1回の『機動戦士ガンダム』と同じ富野由悠季監督(当時は「喜幸」名義)の作品ですね。
吉田 先ほどお話したように、僕が『ガンダム』にちゃんと触れたのは再放送からだったので、『ガンダム』と『イデオン』の間に、そんなに時間のラグがなかったんですよ。『ガンダム』が自分のなかですごく盛り上がっている状態のまま、『イデオン』に入っていった。でも、受けた衝撃だけでいうなら、『イデオン』のほうが大きかったかも……。

――そうなんですか。
吉田 「何を見せられているのかな」と思ったんですよ。今にして思えば、ファースト・コンタクトもの、すごく古典的なSF、異質なものと人類の出会いを描いていることはわかる。でも、当時は部活で忙しかったこともあって、ひとつひとつの要素を分解して、理解しながら楽しむような時間的余裕がなかったんです。そんな状態のなか、劇場版が公開されてしまったので、見に行ったんですね。そうしたら……人の生き死にをそのまま見せられたような衝撃があったわけです。自分の手に負えない大きな力に翻弄されながら、人生をまっとうしていった人たちの話じゃないですか。

――はい。
吉田 ああいうものを描いた作品は、僕らの世代では『イデオン』しかないような気がするんですよ。上の世代の方には、ほかにも映画だとか、いろいろな経験があるんでしょうけど。湖川友謙さんの絵も、硬質でよかったですしね。アニメーターとしての目線から見ても、重要な作品です。僕らの世代に、絵の描き方を教えてくれたのは湖川さんな気がします。

――どういうことでしょう?
吉田 湖川さんの絵は「こういう理論で描くと、こうなります」ということを教えてくれる絵なんです。僕は絵が好きなものですから、もっとうまくなりたいと、ずっと考えている。でも、『ガンダム』の安彦良和さんの絵を、いくら真似をしてもうまくなれないんです。上手すぎて、独特なんですよ。いまだに真似していますけど、その独特な上手さは、ロジックとして取り入れられない。雰囲気をつかむしかない。

僕らの世代に

絵の描き方を教えてくれたのは

湖川さんな気がします

――感覚的ですよね。線の柔らかさとか。
吉田 ええ。たたずまい的な質感だったりとか、そういうものを自分のなかに取り入れる必要がある。それに対して、湖川さんの絵はロジックがしっかりしていて、わかりやすいんです。物体を立体として捉えて描いていく方法を、湖川さんともうひとり、同時期の大友克洋さんの絵から学んだ感じですね。大友さんのマンガは青年誌に掲載されていたので触れたことはなかったんですけど、『イデオン』とほぼ同時期に『幻魔大戦』のキャラクターデザインでアニメの世界に入ってこられて、その衝撃が大きかった。僕らの世代はアニメーターの層が厚いんですけど、けっこうな数の人が、同じルートをたどったんじゃないかな。

――内容と絵だと、どちらかというと絵の衝撃のほうが大きかったですか?
吉田 そういうわけではないです。見返すうちに、もっと違うものが身体を突き抜けていったといいますか……。『イデオン』と『ガンダム』、それから、あとで話す『母をたずねて三千里』は、僕の内側でなくなってしまうことのないもの、消えない飴玉みたいなものなんです。自分の心のなかにつねにあって、その作品のことを考えるたびに、何度も新しい発見がある。見つけたものは、もしかしたら勝手な妄想かもしれない。意図されていないことを、勝手に感じ取っているのかもしれない。でも、それも含めて、何かを考え続けることのできる作品ですね。

――何がほかの作品と違うのでしょう?
吉田 全部「人」が描かれている作品なんです。自分が好きなアニメは、全部そういうものだったと、時間が経ってから気づいたんですよね。たとえば、出崎統監督の作品もそう。

――最初に挙げた6作品のなかに『あしたのジョー2』が入っていましたね。
吉田 あと『ベルサイユのばら』も好きですね。ほかにも、りん・たろう監督の『銀河鉄道999』もそうです。人の生き死に……ただ死ぬだけではなくて、死に至るまでの人生が、執拗に描かれている。なぜそうした作品になるのか。そこには何かロジックがあって、なかでも『イデオン』のロジックは少し追いかけやすいような気がしています。

――興味深いです。具体的には、どんなポイントがあるのでしょう?
吉田 たとえば、人類とバッフ・クランは、絶対相容れない部分を持っている。それが、双方のメカデザインが根本的に違うことからもわかるんです。イデオンは人型をしていて、バッフ・クランの重機動メカはすべて人型を避けている。それって、絶対的な異質さですよね。その間にある壁を崩したのがヒロインのカララであり、同時に諍いを生んだのもカララ。なんて複雑な描写だろう! これを当時、30代後半とか、40歳ぐらいの人がやっていたというのは、驚愕するしかないですが、異種間戦争のロジックは本編のなかで語られても、今、話したような絶対的な異質さは、まったく言葉にしない。あくまで、僕が絵から読み取っただけ。富野さんの作品はあんなにセリフが多いのに、核心をわかりやすく言葉にはしない。でも、初めて見たときから、直感的に伝わるものはあった。つまり、ある種の暴力的な体験なんです、『イデオン』は。endmark

KATARIBE Profile

吉田健一

吉田健一

アニメーター

よしだけんいち 1969年生まれ。熊本県出身。スタジオジブリを経てフリーに。主な作品に『OVERMANキングゲイナー』『交響詩篇エウレカセブン』『ガンダム Gのレコンギスタ』。『地球外少年少女』ではキャラクターデザインを担当。〈Twitter〉

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