Febri TALK 2021.07.30 │ 12:00

吉田健一 アニメーター

③奇跡的な作品
『母をたずねて三千里』

生命の輝きを感じさせる、素晴らしい描線と動きで、多くのファンを魅了してきた実力派アニメーター・吉田健一。そんな吉田が、深い影響を受けたアニメを、全3回(+α)で語る連載も、ついに最終回。ラストを飾るのは、高畑勲・宮崎駿コンビが生み出した名作劇場の傑作。そこには「人」がいる。

取材・文/前田 久

登場人物の誰もが、その人生を感じさせてくれる

――最後の作品は『母をたずねて三千里(以下、三千里)』です。高畑勲さん、宮崎駿さんがコンビで手がけた、名作劇場でも傑作といわれるもののひとつですね。
吉田 今回のインタビューでタイトルを挙げてきた、「人」を描いている作品の演出家……富野由悠季さん、出崎統さん、宮崎駿さん、高畑勲さん、それぞれの発言を追いかけると、皆さん、口をそろえて「映画」という言葉を使っています。「映画を作りたかった」と。これって、どういうことなのか? 考え続けてきたんですが、次第にわかってきたことがありました。

――気になります。
吉田 最初は「映画的な画面」のことかと思ったんです。構図をはじめ、映画らしい画面を作ることを問題にしているのかと。でも、そうじゃなかった。あの人たちにとって「映画」というのは、自分とは違う人生を感じるもの……自分と違う人の生き死にを見て、勉強し、自分の生き方にフィードバックするもの。そうしたことができる作品が、あの人たちにとっての「映画」なんじゃないかと気づいたんです。アニメーションでそうした作品を生み出そうとして、あの人たちは実現したのではないか。そして僕らは、上の世代が「映画」から受け取ったのと同じものを、「アニメ」から受け取ることになった。

――『三千里』のどんなところに「映画」らしさ、「人」の存在を感じますか?
吉田 まず、とにかく『三千里』には、主人公のマルコの旅の過程で、いろいろな人物が登場します。そして、その誰もが、生き死にがちゃんとある感じがする。なかにはとても冷徹な人物も出てくるわけですけど、ただの悪人ではなく、「この冷徹な人にも人生があって、こうなった理由がどこかにあるんだろうな」ということが感じ取れる。出てくる人の誰もが、必ずそういう記号を備えているんですね。宮崎さんのレイアウトで、小田部羊一さんがキャラクターをただ立たせるだけで、そのたたずまいから何かがちゃんと感じ取れる。『三千里』はTVシリーズのほぼ全話を通してそれができている、奇跡的な作品な気がします。アニメーターとしての目線で『三千里』を見たときには、この仕事の質の高さは、自分たちの世代では厳しい。一生かかっても、無理な仕事に見えます。どれだけ丁寧に描いても、この仕事にはかなわない。高畑さん、宮崎さんの仕事においても、『アルプスの少女ハイジ(以下、ハイジ)』と『三千里』が双璧でしょう。おふたりが組んだ仕事には『赤毛のアン』もありますが……。

『三千里』を見て考えることで

他の作品についても

考えながら見ることが

できるようになった

――後半、宮崎さんが外れますものね。
吉田 そうなんです。『赤毛のアン』も魅力的な作品ではありますが、『三千里』と『ハイジ』はやはり、別格のように思えます。富野さんも、安彦さんも、その頃のおふたりの仕事をかなり意識していたのを、お話ししたときに感じました。安彦さんとお話する機会があったとき、「僕はもともとスタジオジブリにいたんです」なんて話をしたら、「僕は高畑さんや宮崎さんと比べて、裏街道にいた人間だから……」とおっしゃって (笑)。

――インタビュー記事でも、近い発言を見かけたことがあります。
吉田 あんなにすごいお仕事をされてきたのに、まだそういうお気持ちがあるのか!と思ってしまいますよね。僕の出自を聞いて、イメージが伝わりやすい表現として、そうした言葉を選んでくださっただけかもしれませんが。

――富野さんは『三千里』の絵コンテを数多く担当していますよね。ご本人の発言や残っている絵コンテを見ると、かなり修正された様子ではありますが。
吉田 ですね。でも、いい回を任されているのもたしかで、みんなでマルコにお金をカンパする回(第40話「かがやくイタリアの星一つ」)や、ロバが死ぬ回(第48話「ロバよ死なないで」)が富野さんでしたね。今話した回もですけど、『三千里』には印象的な絵がある回がいくつもあるんですよね。ブエノス・アイレスに着く直前に、マルコが悪夢にうなされる回(第21話「ラプラタ川は銀の川」)の描写なんて、とても怖かった。そうした印象的な表現のなかには、今にして思えば、名画と呼ばれるような、先行する映画からの影響があるのかもしれません。でも、そういうものを散りばめて我々に見せてくれたことも含めて、いろいろな意味で、非常に勉強しがいのある作品だったなと思います。だから僕にとっては一生、研究に値する。

――お話を聞いていて感じたのですが、アニメに限らず、「古典」とはそういうものですよね。いつも立ち返り、思考を深めることができる存在。
吉田 そうですね。たしかに、いわれてみれば、今回お話した作品は、もはやアニメの「古典」になったのかもしれません。古典とは、いつでも発見があるもの。さらにそこから、別のジャンルについても、ものの見方を教えてくれるもの。『三千里』のような作品を見ていろいろと考えることで、他のジャンルの作品についても、考えながら見ることができるようになった気がします。

――なるほど。
吉田 自分はアニメーター……あくまで絵描きなんですけど、できれば一生に一本でもいいから、そういう肌触りの作品に携わりたいですね。一本でいいから、関わった作品が「映画」になればいいのに。これまで一緒にお仕事をしてきた演出家の皆さんには申しわけないんですけど、今のところ、そこまでたどり着けた作品は……ない気がします。これはきっと、言っても怒られないと思うんです。少なくとも同世代の作り手たちは、みんな、それをどこかで追い求めている気がしますから。……本当に、我々には難しいです。endmark

KATARIBE Profile

吉田健一

吉田健一

アニメーター

よしだけんいち 1969年生まれ。熊本県出身。スタジオジブリを経てフリーに。主な作品に『OVERMANキングゲイナー』『交響詩篇エウレカセブン』『ガンダム Gのレコンギスタ』。新作『地球外少年少女』準備中。〈Twitter〉

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