物語のアクセントとして描いた大人側のドラマ
――『アイの歌声を聴かせて』は高校生たちが主役ですが、サトミの母・美津子が在籍する星間エレクトロニクスや、そこで働く人々も描かれています。
吉浦 大人の世界に関しては、大河内さんに95%くらい補強していただきましたね。
大河内 とはいえ、大人のドラマを多く描くつもりはなかったんです。あくまで主人公はサトミたちなので、短い時間に大人側のリアリティをどのように出せるかを考えました。AI実験の理由などの背景情報を描きつつ、会社の人間関係を描く。そのうえで、美津子というキャラクターを描きたい。家で飲んだくれて「チクショー」みたいな。
吉浦 最初のプロットでは美津子はいなかったように思います。少なくともメインキャラではなくて。
大河内 そうでしたね。
吉浦 そこから稿を重ねるごとに美津子の出番が多くなり、大好きなキャラクターになっていきました。優秀だけど、正義感が良くも悪くも強すぎて不器用で。
大河内 きちんとサトミのお母さんですよね。
吉浦 そうなんです。サトミっぽい。完璧な母親じゃないところも人間くさくて。
大河内 仕事ができるようになったサトミですからね(笑)。野見山を冷たくあしらうところが好きです。
吉浦 あの場面、当初の演出では野見山に視線すら向けないつもりだったのですが、さすがにやりすぎかと思って、ちょっと修正しました(笑)。ちなみに、美津子や野見山が働く星間エレクトロニクスのラボは、AIを開発している現場として割とリアルな描写だったりします。シーンは短いのですが、良いアクセントになりましたね。
大河内 ラボを一旦描写しているので、シオンが撃たれたあとの展開も違和感なく進められたと思いますね。
――ホームパーティーのシーンでは、サトミたちが美津子と対面して、ひと騒動起きます。
吉浦 あのシーン、サトミが学校をさぼってパーティーをしているのに、美津子は「(部屋を)どうぞ自由に使ってちょうだい」と軽く言うじゃないですか。美津子は娘に対してちょっと無関心というか、あれこれ言わなくても大丈夫だと勝手に思い込んでいる、ちょっとダメな母親として描いているところもあります。
大河内 サトミの彼氏の話に異常に反応するところは楽しかったですね。学校をサボっているのはどうでもいいけど、彼氏の存在に関してはめちゃくちゃツッコんでくる(笑)。
サトミの周囲を彩るキャラクターたち
――サトミにはトウマという幼なじみの存在も大きいと思います。
吉浦 昔は仲のいい幼なじみだったけれど、本当にちょっとした理由から今は距離ができていて。でも、そこから仲直りするのは意外に難しい。実際、劇中でトウマはサトミから距離ができたきっかけを突きつけられるわけですけど、変にごまかしてしまう。これ、僕はすごくわかるんですよ。あんまりその場をシリアスに持っていきたくない、逃げに走ってしまう気持ちが。
大河内 恋愛映画ではないので、ふたりがくっついたり別れたりみたいなドラマティックさは考えていませんでした。
――シオン騒動に巻き込まれるゴッちゃんとアヤは、倦怠期の高校生カップルですね。
大河内 アヤは一途ですよね。一方でゴッちゃんは、いろいろなことが器用にできるけど、ひとつも百点がないという寂しさを抱えていて。なんでも器用にできるからって、本人が器用な人になりたかったかというと、そうじゃないかもしれない。
吉浦 ゴッちゃんは80点のかたまりですよね。アヤに対しても、自分の器用にこなす面しか見ていないんじゃないかと思い込んでいて、それがケンカの発端になっています。「俺はブランドバッグじゃねーっての」というセリフもあるくらいで。
大河内 友達の手前、そう振る舞っているだけなんですよね。
吉浦 そうなんです。なので、一度だけゴッちゃんがサンダーに対して「ダメだなー、俺は」みたいな本音を言うのがけっこう心にくるなと。
大河内 ゴッちゃんからしたら、サンダーは自分の好きなことに打ち込めて幸せに見えるんですよね。
――キャラクターデザインの紀伊カンナさんの中では、サンダーがいちばんイケメンという設定だそうです。
吉浦 三枚目のキャラクターってもうちょっとひょうきんな顔で面白いヤツとして描くのが定番だと思うのですが、サンダーは超真面目で冗談とか腹芸が通じません。それがある意味面白く見えるタイプで、シオンに惚れちゃうのも、彼女がAIだからとか難しいことを考えていないから。
大河内 行動もイケメンですしね。だって、シオンを助け出そうと最初に言うのはサンダーですから。
吉浦 そうなんですよね。だからあのシーンは、サンダーよりもトウマに感情移入させたかったので、サンダーのセリフは意図的に引きの絵にしているんです。そうしないと、サンダーがカッコよく見えすぎる(笑)。コメディリリーフのわりには言動がまともすぎるんですよ。