縁の下を支える「制作」と「アニメーションプロデューサー」の仕事
――まずは山本さんの「設定制作」という仕事について、具体的にどんな業務をしているのか教えてください。
山本 設定制作は、作画に使用する設定の発注や管理をする仕事です。アニメの現場はたくさんのスタッフが集まり、分担作業をしています。そんな皆さんが参照する資料として、キャラクターや小物、衣装、美術などの設定が必要になるので、それを用意する仕事があるんです。上がってきた設定を監督にチェックしていただき、OKが出たら各セクションに共有するということをひたすら行っています。また、監督やメインスタッフの皆さんと発注が必要な設定を事前に精査し、実際にどの設定を準備すべきかのすり合わせをすることも仕事ですね。
染野 Season 2では、新規のキャラクターも多く、さらに衣装の差分などもあるので、追加で200点以上の設定の作成がありました。他にも髪型の差分も細かくあったので、全体の設定のボリュームは、決して少なくはなかったSeason 1の設定量と比べても4倍ほどになっていたと思います。山本はそれをすべてひとりで管理してくれていました。
山本 この作品の前は『7FATES: CHAKHO』という作品で制作進行をしながら少しだけ設定管理をやらせていただいたのですが、余裕がなくてバタバタしてしまい、うまくやれていたのか自分ではわからなかったんです。そんなときに梅原さんが声をかけてくださって、設定制作として参加しました。スタッフの皆さんのモチベーションが高く、私自身勉強になることばかりで、やりがいのある現場でした。
染野 設定制作の仕事は発注だけでなく、スタッフがきちんと作成した設定や資料を遵守して進行しているかを確認することも重要です。忙しさや経験不足などからそれがおろそかになってしまうことが多いんですけど、山本は初めての設定制作ながら完璧と言えるレベルにやりとげていました。Season 2がおかげさまで皆さんから好評を得ているのは、間違いなく山本のおかげですね。
――「アニメーションプロデューサー」と「制作デスク」は、具体的にどんな仕事なのですか?
染野 まず一般的なアニメーションプロデューサーの仕事は、企画を成立させること、予算を立てること、そしてメインスタッフの配置です。監督と一緒に作品の方向性を決め、予算の中で良い作品を作ることを目指します。今作では、メインスタッフの大きな変更はなく、基盤の部分はSeason 1のアニメーションプロデューサーである梅原さんと固めていたものでの進行だったので、自分の仕事としては予算の管理や社外とのスケジュール調整などが主でした。
梅原 制作デスクはアニメーションプロデューサーよりも現場に近いところで、全体のスケジュール管理やスタッフの配置などの采配をする仕事です。制作進行という役職が各話について、スタッフの進捗管理や必要事項の伝達などをしているのですが、その制作進行の責任者という立場で制作に関わります。
染野 梅原さんはアニメーションプロデューサーとして活躍していますが、現場で動く制作としての能力も衰えておらず、まだまだピカイチなんです。梅原さんとしては、自分がアニメーションプロデューサーをしているとどうしても現場を離れるタイミングが出てくるため、制作進行の皆の仕事を見られないことに思うところがあったようで。だから今回はSeason 1からポジションを入れ替え、自分がアニメーションプロデューサー、梅原さんが制作デスクという役割にしました。
梅原 今回は良い作品をお届けするのは大前提なのですが、会社としてチーム全体の力を底上げしたいという思いもあったんです。弊社(CloverWorks)に制作として入るスタッフみんなが優秀なのはわかっているのですが、みんなの仕事ぶりを普段から細かく見ながら自分のやり方を見せたくて、より現場に近い制作デスクとして入ることにしました。ただ、今回は山本が実質的に制作デスクと言えるくらいの仕事量をこなしてくれました。なので、自分の肩書きは、なんでもよかったかもしれません。
染野 『着せ恋』は僕が初めて制作デスクを経験した作品なので、とても思い入れがあります。それこそSeason 1のときは自分も監督の篠原(啓輔)さんをはじめ多くのスタッフと仕事をするなかで、青春と言えるような時間を過ごしました。そんな作品に今度はアニメーションプロデューサーとして関われるのは本当にうれしかったです。「絶対に良いものにしなくては」と感じていました。
梅原 あとこれは業界内でしかすごさが伝わらない話かもしれませんが、第15話とOPの動画はすべて弊社スタッフだけで回しているんです。これができるアニメスタジオはなかなかなく、じつは相当すごいことをしているんですよ。同じく第15話では、これまで弊社の多くの作品を助けてくれたスーパーアニメーターの吉川知希さんが、キャリアで初めて絵コンテ・演出として入ってくださったんです。吉川さんは絶対に今後もいろいろなところで活躍されるクリエイターなのですけど、そんな方の初演出の話数を一緒に作らせていただけたことが光栄です。
作品のクオリティを支えたのは膨大な量のロケハン
――本作は設定資料だけでも膨大な量だったとのことですが、制作業務でとくに大変だったことは?
染野 思い返すとSeason 1のときは、あくまで今までのアニメ制作工程の延長線上の中で精度を上げて作っていたと思います。Season 2はより『着せ恋』らしさを追求しつつ、こういうロケハンをしたい、こういう資料をそろえたいという篠原監督はじめ現場スタッフの要望をできるだけ実現できるよう環境を整えることができました。今回はロケハンの量が過去に自分が経験している作品と比べても倍以上はあったので、その準備も大変でした。ですが、これくらいやらないと、クリエイターの熱量に応えられないと思ったので、こちらも環境を整えなければと思ったんです。
山本 たとえば、第14話の後半と第15話で海夢(まりん)が着ていた、雫たんの袴(はかま)。アニメーターさん向けに袴の構造がわかる資料が必要と思い、原作の福田(晋一)先生も参考にされた着付け店さんを取材し、同じような衣装を実際に着させていただいたんです。細部の写真や、動いたらどんな感じになるのかイメージをつかむための動画を撮影し、資料としてアニメーターの皆さんに共有していました。また、Season 1は制作時期がコロナ禍でコスプレイベントが縮小していて、当時も取材をしたのですが、お客さんが少なかったんです。Season 2であらためてイベントの取材をさせてもらったのですが、以前とは比べものにならないほどお客さんが多く、熱気もすごかったです。その取材を受けて、イベントの描写で周囲のモブを増やすこともあったので、取材してよかったと思いましたね。
――ロケハンと言ってもただ舞台のモデルとなる場所へ行くだけでなく、皆さんの体験も含めた取材をしているわけですね。
染野 皆さんはロケハンと言われたら舞台となる場所の「風景」の取材を思い浮かべると思うんですけど、『着せ恋』では芝居を含めた、言うなれば「シチュエーション」のロケハンがすごく多かったんです。この作品はアニメなので、現実の芝居をすべてトレースするわけではないのですが、「実際にこの場所でこの芝居をすると、どのように見えるのだろう?」ということを体験としても一度把握し、それを踏まえてアニメの表現に落とし込む。その作り方を監督はじめ、スタッフの皆が意識していました。そしてその要求に応えられるスタッフの力もあり、この作品は取材をすればするほど、クオリティが上がっていったと思っています。
山本 あと篠原監督は、季節感の表現にもこだわっていました。Season 2は物語の季節が夏休み明けから冬にかけてだったので、イベント取材をする時期もちょうど1年前の秋くらいだったんです。篠原監督と池袋・サンシャインシティのコスプレイベントを取材したときは、イベントの様子だけでなく、周りの風景を確認して美術担当の方々に共有していました。
染野 他にもSeason 1からご協力いただいている鈴木人形さんに引き続き取材をさせていただき、道具のことなど素人にはわからない雛人形の知識をお聞きしました。他にも多数、取材に協力いただいたところがあり、すべてをご紹介はできないのですが、一例を挙げると、自分がすごいなと思ったのはCOSPLAY MODEさんにご協力いただいたメイクの取材ですね。篠原監督や衣装デザインの西原(恵利香)さん、そして山本が主に参加し、皆で実際にメイク道具の使い方なども見させていただき、試しながら取材されていたのを覚えています。
山本 メイクでいちばん取材をしたのは、男装メイクでした。女性キャラクターのメイクはSeason 1のときにも調べて、ある程度私たちも知識はあるのですが、取材をしたところ女性キャラクターと男性キャラクターではメイクのポイントが違うということを聞きまして。西原さんも監督も「勉強になった」とおっしゃっていたのが印象に残っています。私も仕事のことだけでなく、服やメイクについての学びがたくさんあった現場でした。![]()
- 山本里佳子
- やまもとりかこ CloverWorks所属。『その着せ替え人形は恋をする(Season 1)』、『逃げ上手の若君』などで制作進行を担当。本作で初めて設定制作を務める。
- 梅原翔太
- うめはらしょうた 動画工房にて制作進行として経験を重ね、『三者三葉』で初めてアニメーションプロデューサーを担当。その後、A-1 Picturesを経てCloverWorksに所属。『ぼっち・ざ・ろっく!』など数多くのアニメーションプロデューサーを歴任する。
- 染野翔
- そめのしょう 旭プロダクション、A-1 Picturesを経て、現在はCloverWorksに所属。『その着せ替え人形は恋をする(Season 1)』など数々の作品で設定制作、制作デスクを経験、映画『トラペジウム』ではアニメーションプロデューサーを担当。

























