本編との差別化を狙った劇中作へのこだわり
――コスプレをテーマにした本作には、数多くの劇中作が登場しました。アニメやゲームなどさまざまな作品がありましたが、それぞれの画面づくりのコンセプトやこだわりを教えてください。
山本 劇中作で篠原(啓輔)監督がこだわっていたのが、本編と見せ方を変えつつ、それぞれを差別化することでした。たとえば『スペースアイドル コスモラバーズ(コスラバ)』は昴や作中キャラクターたちのイラストが実際のゲームっぽい雰囲気になるよう、特効処理によってゲーム画面に近い質感を出していました。『こちら月夜野♡カンパニー(こちカン)』は、キャラクターデザインをお願いした五十嵐海さんの特徴的な線が作品の魅力になると思ったので、あの個性を消さないようアニメーターさんたちにお願いしていました。というのは、動画作業に入る段階できれいな線に整えられることが多いので。そうなると『こちカン』らしさが薄れてしまうため、線の揺れを残してほしいと動画検査さんにお願いしたところ、動画担当者向けの指示書を作ってくださって。そのおかげで五十嵐さんの味のあるデザインそのままに映像化することができたんです。
染野 そのあとの『生徒会長はNo.1ホスト(生ホス)』は、現代を舞台にした作品でいちばん「着せ恋内の現実」に近かったので、差別化には気を使ったかもしれません。『生ホス』にある繊細な表情の機微と柔らかなデザインを表現できる高橋沙妃さんにキャラクターデザインをお願いしました。また、背景美術も『生ホス』ではデジタルのみの作業ではなく手描きの実線も使った背景美術を使用してもらっています。これにより『生ホス』ならではの温かみのある雰囲気を出すことができました。他にも『棺』は原作マンガでどんな雰囲気の画面なのか描写がなかったので、原作者の福田(晋一)先生へのヒアリングをもとに、まず篠原監督から「絵柄の可愛らしさでも人気を博したインディーズのゲーム」というイメージが出て、さらに現代の作品ではあるが、デザインとしてドット絵を使用しているようなゲーム」という方向に固まっていきました。ドット絵というものは、色の配置やグラデーションの表現など、統一したセンスで作り上げなくてはいけないものになります。そのため、分業のスペシャリストであるアニメ業界の人間ではなく、アニメ以外の文法で作ったほうが良いのではないかとなり、絵柄の雰囲気や色使いが最もイメージに合う方を探し、イラストレーター・マンガ家のなるめさんにピクセルアートをお願いしました。絵柄だけでなくホラーらしい演出と音楽によっても、『棺』ならではの雰囲気を出せたと思っています。
意見をぶつけ合い作品を作ってきた制作現場
――ここまで制作裏話的な話を聞いてきましたが、ぜひ皆さんの思い入れのあるシーンも聞かせてください。
山本 全部好きなエピソードなのですが、いちばんは第13話、カラオケ店に入った新菜(わかな)が周りの発言から過去のトラウマを思い出したシーンです。篠原監督の絵コンテを最初に見たとき、「ここで新菜の心象風景を入れるのか」と驚かされたのですが、完成したラッシュ(仮編集映像)を見たら自分の中でこみ上げるものがあり、なんだかウルッと来てしまって。あれは『着せ恋』の物語の始まりと言っても過言ではない、きっかけの出来事なので、何度見ても印象に残りますね。
染野 やはり第18話の文化祭のクライマックスが、すごく印象に残っています。第18話のエピソードをアニメ化するとなった際、僕は素人考えで、新菜が「俺が喜多川さんを1位にしてみせる」と決意しながらメイクをするシーンがテンションの最大位置になるのかなと思っていたんです。原作でも見開きで描かれていた、印象に残る場面ですからね。でも、アニメの演出家は、原作の魅力を引き出しつつも、アニメの1話数を考えたときに、どう見せればいちばん心地よいタイミングで感動を最高潮まで引き出せるのかを考えながら、さまざまな演出で作り上げていきます。新菜の見せ場をしっかりと印象的に見せながらも、海夢(まりん)のステージ上でのパフォーマンスまで緊張感をつなげたからこそ、舞台の海夢がすごく見応えがあって。音楽が付き、つながった映像を最初に見たときは、お客さん目線で感動してしまいました。
梅原 ちょっと内輪話みたいになってしまいますが、第17話の絵コンテを担当された若林信さんと篠原監督のやり取りが印象に残っているんですよね。Season 2全体を振り返ると第17話はいちばん原作から逸脱した、アニメスタッフ側の個性が出ている回でした。篠原監督は当初若林さんの絵コンテに「これは原作を逸脱しすぎだ」と反対し、ひと悶着あったんですけど、そのとき若林さんが篠原監督に「この絵コンテは自分から篠原監督へのエールのつもりだ」とおっしゃっていたんです。篠原監督は本来とても作家性の強い方なのですが、『着せ恋』の作業ではつねに原作をリスペクトし、自分の作家性を出すのではなく原作の魅力を引き出そうとしてきました。若林さんはそんな篠原監督の思いを理解しつつも、私たちアニメスタッフはときに原作にないものを描かなければいけないし、原作の余白を埋めながら、原作とは違ったアプローチで作品の魅力を引き出していかなければ、自分たちは前に進めない。そういう意味で、この絵コンテが篠原監督へのエールなんだと。若林さんみたいな絵コンテを描かれる方は日本にはいないので、僕自身もすごく刺激を受けましたね。
――第17話といえば、冒頭で雛人形の作り方を教える人形劇が入りました。あれも若林さんのアイデアなのでしょうか?
梅原 そうですね。絵コンテの段階で教育番組的な人形劇のシーンを入れるアイデアが上がってきまして。一流のクリエイターの方にお願いしたいとなり、人形操演の山田はるかさんにお願いしたんです。
染野 山田さんはNHKの教育番組などでご活躍されている人形劇のプロフェッショナルです。対して我々は人形劇についての知識などまったくない門外漢なのですが、演出の意図や熱意などを伝えたところ、快く引き受けてくださいました。その後、山田さんから人形制作や背景セット、ライティングなども熟練スタッフの方々をご紹介いただき、撮影までこぎつけることができました。
梅原 若林さんも人形劇の経験はありませんでしたが、目指すべきイメージはしっかりと作り込まれていて、山田さんに演出の方向性などを伝えてくださっていました。若林さんが一流のクリエイターだったからこそ、分野の違う山田さんにも的確なディレクションができたのでしょう。
染野 若林さんのディレクションでは、背景セットの角度を微妙に変えたり、草花一本の位置に至るまで細かく調整するなど、撮影現場でもすごく細かい調整がされていたんですよね。協力いただいた撮影スタッフの方もそのこだわりに応えてくださり、いろいろな提案や試行錯誤をしてくれました。アニメとは分野が違うとはいえ、ひとつの作品をつくり、それをより良いものにしたいという部分は共通していたので、良いものができたと同時に、アニメスタッフの皆も刺激され、良い経験も積むことができたと思います。
根底にあったのは「福田晋一先生への恩を返したい」という気持ち
――梅原さんはSNSで「Season 2は班の中でも歴代トップのクオリティ」と投稿していました。梅原さんの、本作への思いを聞かせてください。
梅原 自分の意識としてはつねに、ヒット作の続編とか関係なく、どんな作品でも関わった以上はいいものにするというだけです。でも『着せ恋』はそもそもSeason 1のヒットがあったからこそ、このチームでアニメを作り続けることができました。だから個人的には『着せ恋』、そしてこの作品を生み出してくれた福田先生への恩に報いたいという思いはありました。アニメの反響がどれだけ原作の売上に影響しているのかは我々にはわかりませんが、少しでも恩返しができていたらうれしいですね。
――最後に読者の皆さんへメッセージをお願いします。
山本 キャラクターの衣装から小物など、映像に登場するものすべてに担当いただいたスタッフのこだわりが詰め込まれています。テロップの文字も注目ポイントのひとつです。グラフィックデザイナーの濱祐斗さん、山口真生さんとともに、文字の配置や色味などを調整しながらそれぞれのシーンに合わせて作っています。見返す際はぜひ、そういった細かなポイントまで見てほしいです。
染野 自分たちが細部にまでこだわるのは、細部を見てほしいというよりは、視聴のなかで感じる違和感を少しでも減らし、見ている方々がストーリーやキャラクターのお芝居に集中して楽しんでいただくためです。ですが、山本がお話したとおり、すべてのスタッフがこだわりを持って作っていたからこそ、細かい見方に耐え得る作品となりました。ぜひいろいろな楽しみ方をしていただけたらと思います。
梅原 原作者の福田先生は、まさに自分の人生をかけてこの作品を描かれていました。だからこそ、自分たちも『着せ恋』という作品に人生を賭(と)し、少しでもいいものにしたいという一心で作ってきたんです。ですが、そんなことはお客さんには関係ありませんので、自分としては「何も考えず、気楽に楽しめる作品」になっていたら、本当になによりなんです。このアニメを通じて、皆さんが「続きの物語を知りたい」「原作を読みたい」と思ってくださっていたらうれしいですね。![]()
- 山本里佳子
- やまもとりかこ CloverWorks所属。『その着せ替え人形は恋をする(Season 1)』、『逃げ上手の若君』などで制作進行を担当。本作で初めて設定制作を務める。
- 梅原翔太
- うめはらしょうた 動画工房にて制作進行として経験を重ね、『三者三葉』で初めてアニメーションプロデューサーを担当。その後、A-1 Picturesを経てCloverWorksに所属。『ぼっち・ざ・ろっく!』など数多くのアニメーションプロデューサーを歴任する。
- 染野翔
- そめの しょう 旭プロダクション、A-1 Picturesを経て、現在はCloverWorksに所属。『その着せ替え人形は恋をする(Season 1)』など数々の作品で設定制作、制作デスクを経験、映画『トラペジウム』ではアニメーションプロデューサーを担当。

























