目指したのは「SFではない宇宙」
――おふたりの出会いは『電脳コイル』からですよね。
岩瀬 そうです。『電脳コイル』ではアシスタントプロデューサーという立場で参加させてもらったんですけど、僕自身はアニメ制作に関わるのはそのときが初めてでした。右も左もわからない状態で磯監督にご挨拶させていただいたことを今でもおぼえています。
磯 岩瀬さんは当時ちょっとチャラい雰囲気があったんですよ。だから、そのときは「どうせすぐに辞めるだろう」と決めつけていましたね(笑)。まさか15年以上の付き合いになるとは。
――磯さんの監督作品としては『電脳コイル』以来約15年ぶりとなります。企画はどのように進行していったのですか?
岩瀬 最初のプロットができたのは2014年の初頭だったと思います。それまでも磯監督とはたびたびお会いして次回作の話をしていたのですが、なかなか実現には至らなくて。
磯 数年間、たくさんの企画が討ち死にしていきました。『地球外少年少女』は、その死屍累々(ししるいるい)のうえにようやく生まれた企画なんです。
――誕生したきっかけは?
岩瀬 2013年の年末に映画『ゼロ・グラビティ』が公開されて、「あれは面白かったね」と話をしていたのが始まりだと思います。
磯 『ゼロ・グラビティ』で描かれている「宇宙」って、これまで描かれてきた20世紀型の宇宙とは明らかに違いますよね。専門家からすれば間違った描写がいっぱいあるらしいんですが、素人からすればSFというより普通のスペクタクル映画として楽しめました。エンターテインメント作品としてすごく面白くできていて、宇宙はあくまで舞台として登場している。私は「宇宙はもうSFじゃなくていいんじゃないか」と感じたんです。
岩瀬 磯さんはそれまでもずっとジュブナイルをやりたいとおっしゃっていたんですけど、ジュブナイルのオリジナル作品というのはハードルがかなり高くて、企画がなかなか通らなかったんです。そんな中で「SFではない宇宙」という世界観は斬新で、そこで繰り広げられるジュブナイルを見てみたいと強く思いました。磯さんがその場でしゃべったものをメモしていき、そこで一気にプロットができたんです。
作り方がわかっている作品は作りたくない
――初期のプロットはどんなものでしたか?
岩瀬 地球の軌道上にある宇宙ステーションを舞台としているのは今と変わりませんが、そこにいるのは修学旅行中の50人の子供なんです。宇宙ステーション滞在時に彗星が地球に衝突して地上が壊滅してしまい、子供たちだけでサバイバルするというストーリーでした。
磯 最後はみんなで月に移住するというプロットでしたね。ただ、人類滅亡やサバイバルにフォーカスすると、どうしても『宇宙戦艦ヤマト』のような20世紀のSFっぽくなってしまうんです。なので、導入に関しては彗星やサバイバルという要素は残しつつ、もっとカジュアルでポップな形へと路線を変更しました。
――たしかにビジュアル的にも演出的にも従来のSF作品にはないポップさを感じて、すごく斬新でした。
磯 すでに作り方のわかっている作品は作りたくないんです。アニメ業界では「宇宙もの」ってオワコン扱いされがちでね。でも、それは20世紀型の宇宙ものの話であって、別の形であればまだ道はあるんじゃないかという予感はあったんです。今回はその感覚を頼りに「SFではない、まもなくやってくる宇宙」をゼロから作り上げていきました。
――作中の年代は2045年で、子供でも宇宙に行ける時代です。アメリカや中国といった大国が火星を目指す中で、日本は低軌道の宇宙ステーションを運用しているという設定もリアルですね。
磯 今の日本は宇宙開発に対してかなり保守的ですから、まあこのくらいが現実的ですよね。自前の宇宙ステーションを持っただけでもかなり頑張ったほうだと思います。
――宇宙ステーションの名前が「あんしん」というのも日本的ですし、なぜかカニのオブジェが取り付けられているのも面白いです。
磯 おそらく途中で予算が尽きて、急遽スポンサーを募集したんじゃないかと(笑)。
アニメの新たな可能性や面白さを感じられる作品
――20世紀っぽいカッコよさ優先の宇宙とは違う感じですね。
磯 そうです。人類が宇宙に憧れていたのはアポロ計画時代がピークで、そのあとシャトルでちょっと延命したんだけど、主役は欧米人で、日本人の出番がなかなかないんですよね。だから今回、日本人の若い世代が宇宙に行く動機作りに苦労しました。でも、今の世代でも宇宙に行きそうな人を見つけたんですよ。
岩瀬 宇宙(そら)チューバーの美衣奈ですね。
磯 そう。フォロワーを増やすためなら少々の危険があっても宇宙へ行くだろうと。
岩瀬 宇宙ステーション内にコンビニとネット環境をそろえたのもそのためでしたね。
――なるほど。今回のインタビューでは、企画の経緯と舞台設定についてお話を聞きました。続く第2回では、作品に散りばめられた先端技術や作品のテーマについてお伺いしたいと思います。最後に本作の見どころをひと言お願いします。
岩瀬 『電脳コイル』ファンの人たちには「本当にお待たせしました」と伝えたいです。アニメの新たな可能性や面白さを感じていただける作品になっていると思いますので、ぜひお楽しみください。
磯 「宇宙もの」が少ない昨今、宇宙気分を気軽に味わえる作品だと思います。主人公たちと一緒に宇宙へ旅行した気持ちになってくれたらうれしいです。
- 磯 光雄
- いそみつお 1966年生まれ。アニメ監督、アニメーター、脚本家、演出家。『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』『新世紀エヴァンゲリオン』『紅の豚』『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』など幅広い作品に参加し、アニメーターとして高い評価を得る。2007年には自らが原作・脚本を務めた『電脳コイル』で監督デビューも果たしている。
- 岩瀬智彦
- いわせともひこ 1974年生まれ。プロデューサー。東北新社で外画の字幕吹替の制作を経て徳間書店へ入社。2007年に『電脳コイル』で初のプロデューサー業務を担当。その後、エイベックス・ピクチャーズへ。プロデューサーとして参加した作品は『マイマイ新子と千年の魔法』『プリティーリズム』シリーズ、『ブラッククローバー』『映画大好きポンポさん』など。
『地球外少年少女』
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『地球外少年少女プロダクションノート』
原作・脚本・監督を務める磯光雄氏の書く初期シナリオ案や企画段階で制作されたアイデアスケッチの数々、本編では描かれなかった幻の設定などを収録予定。『地球外少年少女』の圧倒的な世界がどのように作られたのかを徹底検証した一冊です!!
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- © MITSUO ISO/avex pictures・地球外少年少女製作委員会