TOPICS 2022.02.17 │ 12:00

音響監督・清水洋史が語る
アニメ『地球外少年少女』の“音”と“演技”②

全国劇場、Netflixにて現在公開中の磯光雄監督作品『地球外少年少女』。音響監督を務めた清水洋史に、磯光雄監督作品だからこそ到達できた音響制作法について、引き続き話を聞いた。後編は音響効果と役者の芝居について。

取材・文/武井風太

※本記事には物語の核心に触れる部分がございますので、ご注意ください。

「主観的な音」が面白みにつながる

――続いて、音響効果についても聞かせてください。作品の時代設定は少し先の未来になりますが、リアリティのバランスはどう考えていたのでしょうか?
清水 たとえば、舞台となる宇宙ステーションは擬似的に重力を生み出して生活ができる場所になっているのですが、それは今あるテクノロジーを土台に磯さんが想像しているわけですよね。広いソーラーパネルを、折り紙の折り方を応用してコンパクトに畳む技術とかが作中には出てきます。一方で、ダッキーなどのドローンAIはまだ実現されていない未来ですが、確実にこれも現実にあるものとつながっています。そこは効果の大塚(智子)さんが非常にご苦労された部分だと思いますが、いわゆる完全に空想の音は作品全体であまりないはずです。そういう意味でいうと、未来、SFという括りの中にあっても、じつは今作の基調はリアリズムだと思います。だからこそというか、完成品を見てあらためて感じたのですが、とにかく音数(おとかず)が多いですよね。

――どこかしらで音が鳴っている。
清水 それをまとめるにあたってはミキサーの今泉(武)さんの調整に助けてもらったところが大きいと思います。今泉さんも非常に悩みながら音のバランスを作っていました。そもそも空間のベースになる空調の音や、施設内を小川が流れていたりする環境音からして我々の実生活とは似て非なるものですから。

――材質感など、それぞれのカット単位で考えていくと非常に大変そうですね。
清水 そうですね。とはいえ、やはり音としての面白みも必要だと思うんです。第1話ラストの衝撃波の音とか、ちょっと恐ろしいものになっていますよね。つまり、映像作品の中で鳴る音は「主観的な音」になることもあるんですよ。たとえば、リアルな銃声は意外と軽い音なんですけど、ほとんど効果音としてそのままは使われない。銃弾を受ける側が主観的に聞く破壊的なイメージを加えた音が多用されています。リアルとリアリティは、別物なんです。そういったイメージも込みで近未来の宇宙ステーションの音を構成しないといけないので、今までにないさじ加減の難しさがあった気がします。

『地球外少年少女』なりのリアリティ

――前回の取材でも少し話題に上がりましたが、芝居におけるリアリティについても聞かせてください。
清水 我々が経験したことのない時代と環境に生きている少年少女を現代の人に見てもらうのは、そもそもハードルの高いことだと思うんです。だからこそ、この『地球外少年少女』なりのリアリティを、磯さんも僕らも探していました。

――具体的な役者さんへの演技指導も、リアリティに依拠することが多かったということでしょうか。
清水 そうですね。役者さんは「このあと悲惨なことが起きる」とか「救済が待っている」ということを知っていて演技をするわけです。だから、無意識のうちにそれ前提で演技をしてしまう。そうではなく、次に起きることを知らないようにいられるかが大事なんです。

――現場では、磯さんからの指示もあったのですか?
清水 もちろん、山のようにありました。磯監督は脚本を書きながら自分の中でセリフが音になっていると思うんですよね。だから、まずはそこを目指して作っていかないと。ある意味それが出発点だし、ゴールだし。僕はそれを踏まえたうえでいかに「セリフ」にしないかということを考えていました。

――どういうことでしょうか?
清水 会話の言葉って基本的に何かへの反応なんですよ。反射と言ってもいいかもしれませんが。相手あってのやり取りであって、「こう言おう」と結論を決めてしゃべっていることって意外と少ない。だから、先まで読める台本上の「セリフ」じゃなく、いかにその瞬間に出てきた言葉にできるかが大事です。あと、人って思っていないことをあえて言ったりすることもあるじゃないですか。「大嫌い」と言いながら大好きな感情を表現するとか。情報としては「嫌い」だけど、意味としては「好き」っていう。言葉どおりではない、そういう行間を吸い上げないといけないんです。

心葉のくしゃみの正解を探る

――心葉役の和氣(あず未)さんに取材したところ、くしゃみひとつを何テイクも録ったと聞きました。これも行間を吸い上げる作業の一環なのでしょうか。
清水 それはキャラクターなりの芝居を探っていった結果ですね。現実でも、いろいろなタイプのくしゃみがありますよね。たとえば、高齢者だと、大きなくしゃみをすると腰に負担がかかったりするから、控えめにくしゃみをするとかね。心葉も一緒で、彼女には彼女の日常の立ち振る舞いの中でのくしゃみがあるんだろうと。だから「心葉のくしゃみの正解ってなんだろう?」と探っていったんです。

――なるほど。
清水 和氣さんは、かなり苦労されていました。和氣さん自身は健康体だけれど、心葉は死にそうな状況にある、というのが難しくて。そして登矢のように「死」に抗おうとするわけでもなく、でも、そんなに悲観もしていない。そういう存在感が特殊なキャラクターなので。

――難しそうですね。
清水 でも、そこは和氣さんの持つ、ふわっとした不思議な空気感とうまく合致したと思います。演技は作るものだけじゃなくて、もともと持っているものがどうしても出てくるので。

――今、お話に出た登矢は運命に抗おうとする人物ですよね。藤原(夏海)さんの演技はいかがでしたか?
清水 登矢は月で生まれた最後の子供で、他人が想像するのが難しい特殊な屈折を抱えているんです。だとすれば、反抗的な物言いや態度のニュアンスが、刺々しい暴力的なだけのものであってはまずいわけです。彼が抱えている絶望感や年齢特有の甘え。そういうところを探り当てるまでに苦労しました。

――では、リテイクもかなり出たのですね。
清水 途中からは藤原さんもかなりつかめたみたいです。各話を録り切ったあとに、演技面で気になるところを翌週に撮り直していたのですが、なかなかうまくいかなかったところがリテイクのときには一発でできるようになっていきました。それはやっぱり表面的な情報を頭の中に入れただけではなく、自分なりに腑に落ちたからじゃないかと思います。

受け止めてくれる相手が必要

――ここからは個々の役者さんについても聞かせてください。大洋役の小野(賢章)さんはいかがでしたか。
清水 他のキャラクターをしっかり支えてくれました。主人公の相手役って、じつはいちばん難しいんですよね。主人公は物語を背負って、そこで起きることに100パーセント向き合って行動していくし、その人の感情が作品を見る軸になっていくわけですが、相手役は自分が前に出るわけではなく、絶妙な距離感で主人公の存在を照らさないといけない。今回、小野さんは高度にそこをこなしてくれました。小野さん自身は10代のときから知っているのですが、作品の読み込みも深く、頼りがいが増していました。

――時勢柄、今回の収録は別録りがメインだったと思うのですが、そうでないパートもあったのでしょうか。
清水 基本、アフレコについては別収録でしたが、話数によって絡みの多い人同士、たとえば、登矢と大洋が軸になっているシーンは、顔を合わせてやるように組みました。

――やっぱり相手が実際にいる状態での芝居のほうがいいのでしょうか?
清水 そうですね。いくら磯監督の絶対値があるとはいえ、一緒にいる人の存在や、その人の声が聞こえてくるほうが役者さんはやりやすいでしょうね。

――博士役の小林(由美子)さんについてはいかがですか。
清水 盤石でした。そもそも博士って、当て書きみたいなところのある役ですから。映画の世界だと、その監督の作品に必ず出る人がいるじゃないですか。「笠智衆(りゅうちしゅう)さんは小津安二郎さんの作品に欠かせない」みたいな。小林さんは、磯さんの作品における笠智衆さんなんだと思います。磯作品の、いい意味での子供っぽさ、伸びやかさを小林さんが体現してくれています。

魔法の言葉を探して

――なるほど。ところで「清水さんの現場は長い」とよく聞くのですが、これはやはり演技指導に熱が入ってしまうからなのでしょうか。
清水 それに対しては申し開きのしようもございません(苦笑)。でも、役者って経験したことのない人生を演じるわけです。しかも、自分ではない他者の人生を。そこには架空かもしれませんが、その人物が生きてきた時間もある。そもそも人間なんて自分のことすら理解できているかあやふやなのに、存在しない他者を演じるなんて、すごく大変なことだと思うんです。もちろん、役者さんは台本を読んでイメージを積み上げて現場にのぞむと思いますが、我々も表現したいものを持ってのぞんでいますから、その間を埋めていくのは生半可な作業ではありません。役者と演出家と役柄と、三つどもえで人生観のせめぎ合いをするんですよ。だからアフレコというのは、僕も含めて自分の認識を根本からあらためていく時間だと思っています。

――慣れているものや、思い込みからの脱却ですか?
清水 そうですね。魔法の言葉があって、それを言ったらバッと認識が書き換えられて、別人のように演じられるのが理想なのですが、そう簡単には見つからない。「ちょっと面白いことやってよ」とぼんやりしたことも言いますし、すごく時間をかけて説明することもあります。

――魔法の言葉は、どのようにして探していくものなのでしょう?
清水 まずは自分が感動できる言葉を探したり、相手が他人の言葉を受け入れる隙間がどこにあるかを探してみたり。もちろん、アニメの現場であれば、監督が言うことの中に手がかりがないか、とか。他にも、制作スタッフであろうとプロデューサーであろうと、全員のアイデアが手がかりになるんです。だからスタジオでは「黙っていて」なんて絶対に言いません。誰が何を言っても、全部聞く。その中に魔法の言葉があるかもしれないから。endmark

清水洋史
しみずようじ 1969年生まれ。愛知県出身。音響監督。96年に東北新社へ入社し、音響監督としてさまざまな作品に携わる。代表作に『ルパン三世』シリーズ、『REDLINE』(石井克人と共同)、『ねらわれた学園』など。また、本文中にもあるように実写作品への参加も数多く、代表作に「スター・ウォーズ」シリーズ、「007」シリーズ、「LIFE!」などがある。

『地球外少年少女』
劇場公開限定版Blu-ray&DVD 2月11日(金)好評発売中
Netflixにて配信中(全6話一斉配信)

書籍情報

『地球外少年少女プロダクションノート』

原作・脚本・監督を務める磯光雄氏の書く初期シナリオ案や企画段階で制作されたアイデアスケッチの数々、本編では描かれなかった幻の設定などを収録予定。『地球外少年少女』の圧倒的な世界がどのように作られたのかを徹底検証した一冊です!!

A4変形判/192ページ/定価3,900円(本価3,545円+税10%)
2022年8月31日(水)発売

好評発売中

  • © MITSUO ISO/avex pictures・地球外少年少女製作委員会