TOPICS 2022.02.15 │ 12:00

音響監督・清水洋史が語る
アニメ『地球外少年少女』 の“音”と“演技”①

全国劇場、Netflixにて現在公開中の磯光雄監督作品『地球外少年少女』。ここでは本作で音響監督を務めた清水洋史に、磯光雄監督作品だからこそ到達できた音響制作法について2回にわけて話を聞いた。前編は音楽とキャスティングについて。

取材・文/武井風太

※本記事には物語の核心に触れる部分がございますので、ご注意ください。

磯監督の中にある完成形を探り当てる作業

――磯監督とお仕事をするのは今回が初めてですか?
清水 そうですね。顔合わせはリモートだったんですよ。磯さんはリラックスした感じで、非常に温和な印象を最初は持ちました。……が、そこから怒涛の打ち合わせの日々が始まって、印象が一気に変わりましたね(笑)。

――今回、音楽や音響について、もっとも大変だった作業は何になりますか。
清水 完成形が磯さんの頭の中にしかないので、それを探り当てる作業ですね。原作ものの場合は、監督を含め、スタッフはみんな作品そのものから等距離にいるんですよ。だから全員がアイデアを持ち寄りつつ、音楽であれば作曲家の方が読み取った解釈を尊重して制作していくようなかたちも多いんです。

――その作曲家の個性を、曲に込める場合もありますね。
清水 ええ。一方、この作品はその対極にあるんです。完全オリジナルの作品ですから磯さんが実現したいイメージにどう近づけるかが勝負でした。たとえば、「虚無感」を薄めたいという指示があって、でも「虚無感」という言葉が何を指すのか、受け取り方は人によって微妙に違うじゃないですか。音楽の石塚(玲依)さんは、そこを解釈したうえで、音楽としてどう表現するのか悩まれていたと思います。だから、たとえば「裏で通奏低音みたいに流れている弦が邪魔なんじゃないか」とか「このずっと鳴っている高い音を外したら虚無感が消えるんじゃないか」とか、全曲に対して精査していったんです。それはまるで数式の難問を解くような作業でしたが、そうやって磯監督が思う「絶対値」を探り当てていきました。

音楽の使いまわしはできるだけやりたくなかった

――実際に音楽をつける作業は、どのように行ったのでしょうか。
清水 全6話と短いシリーズなので、音楽メニューの段階で全体的な音づけの設計はだいたいできていたんです。「この曲はこの話数のこのシーン」という風に、曲作りと並行してイメージが大まかに決まっていたんですね。でも、それだけで全部をカバーしているわけではないので、それらをつなぐ間を構成しながら埋めていきました。

――では、音楽メニューについてそれほど苦労はなかった?
清水 いえ、これがもう大変で。こちらから提案すると監督から「違う」とボールが返ってくる。じゃあ、こんな感じでどうかと作り直す。それを何度やりとりしたかわからないくらい。なけなしの技術ですが、持てるものは出し尽くしました。

――でも、シーンのイメージはすでにあるわけですよね。
清水 監督の中にはありますが、たとえば、ひとくちにサスペンス的な楽曲といってもいろいろありますよね。打楽器が打ち鳴らされて感情を高めていくようなものなのか、静かに心理的に追い詰めていくものなのかとか。さらにその中での微かなニュアンスのつけ方とか。

――なるほど。それと、今回はフィルムスコアリング(映像の展開にあわせて音を付けていく方法)も行っていますよね。そのあたりもこだわりどころだったのでしょうか?
清水 そもそも、音楽の使い回しはできるだけしたくなかったんです。全6話って、一般的なシリーズと比べてかなり短いですよね。だから、音響演出の面からいえば、「ああ、またこの曲か」と思われやすくなる。それを避けたかったんです。うまく散らして印象を変えたいなと思いつつ、さらに「ここぞ」というときにはその場面で一回しか使わない曲も入れ込んでいこうと。最終話に近づくにつれ、フィルムスコアのシーンが多くなりましたね。特別な場面では、特別な曲がかかるべきだと思っていました。かなり効果的にできたと思います。

アニメにとって必要なシンボリックな演技を大切にした

――キャスティングについては、どういった考えのもとに進めたのでしょうか。
清水 リアルな世代のいわゆる子役でいくべきか、少年を演じる女性でいくべきかの両軸を試そうとしていました。そこでテープオーディションをしつつ、磯監督の意見をキャッチアップして、スタジオオーディションを実施しました。

――清水さんは外画も数多く手がけていますが、その方面の役者とのバランスはどう考えていたのですか?
清水 まず、アニメーションの演技は、良くも悪くも外画とは異なるものなんです。リアリティのフレームの取り方というか世界観の問題になりますが。オーディションにはそれぞれに軸足のある方に参加していただきましたが、外画中心の方については、磯さんが「この人、芝居はすごくいいけど……」と躊躇した場面が多かったんですよ。おそらく、磯さんが考える世界の輪郭に、外画中心の方は合わなかったのかなと。

――磯監督はアニメらしさみたいなものも求めていた?
清水 エッジが利いた演技や、デフォルメされた演技のキャッチーさは、シンボリックなアニメ表現の強みだし必要なことだろうと僕は理解しました。ただ、それはキャラクターにもよりますけどね。たとえば、「叔父さん」をやっている花輪(英司)さんなんかは、外画が多いんじゃないかな。

――そうですね。
清水 脇を支えるキャストは外画のテイストにちょっと寄っているかなと思うんです。登矢をはじめとする子供たちは特殊な環境にいて、それぞれ固有に背負うものがある人たちですが、大人たちは現実的で打算もあるし、ちょっと生活感のある芝居のニュアンスも欲しいと思ったんですよね。

手探りだった那沙のキャラクター

――そういう意味でいうと、主要キャストのうち、那沙は大人側に属しますよね。
清水 実際、那沙のオーディションは、アニメ出演が多い役者さんと外画が仕事の中心の役者さんと半々で呼びましたね。最終的には伊瀬(茉莉也)さんに決まったわけですが、キャスティングの段階では那沙がいちばん手探りでした。僕自身アフレコをやって初めて理解できたところもあって。那沙のパーソナリティはどちらかというと物語の後半に現れるので、キャスティングを進めている時点では那沙の明確なイメージをまだ持てていなかったんです。

――キャスト陣の中で伊瀬さんだけは、那沙に訪れる後半の展開を知っていたと聞きましたが。
清水 たしかに、みんなの前では話していないですね。キャストの中では伊瀬さんだけが監督から直接聞いていて。……じつはそのときに僕も初めて聞いたんですよ。作品内で直接は描かれない設定なども飛び出して、驚きました。監督からは「伊瀬さんには、わかったうえで芝居をしてほしい」とオーダーがありました。伊瀬さんも理知的に演技をやりたいタイプだと思うので、彼女の演技者としての性格も含めて、情報提供が必要だったんだと思います。

想定している芝居を超えた赤﨑千夏さんの美衣奈

――その他のキャスティングについては、いかがでしたか。
清水 美衣奈は悩みましたね。とくに監督がいちばん頭を抱えていました。オーディションで赤﨑(千夏)さんがすごく面白かったんですよ。だからこそ、さっき言った磯さんが求める絶対値に向かう作業が、そこで崩れてしまって。キャスティング作業の中で赤﨑さんだけはその絶対値じゃないところに着地してしまった。でも、そこに魅力があったんです。美衣奈というキャラクターにはそれが必要なんじゃないかと。

――監督が悩んでいたポイントはどこだったのでしょうか?
清水 「絵のほうに影響を与えてしまう」とおっしゃっていました。

――つまり、作画を演技に合わせて変更しないといけない場合が出るかもしれない。
清水 そういうことです。想定している芝居を超えてきたら、絵を変えざるを得ないということで、実際に変えたカットもあると聞いています。

――赤﨑さんはアドリブもかなりあったのですか?
清水 いえ、余計なアドリブをするわけじゃないのですが、もともと入れる予定のところで想定外のものを入れてくることがあるんですよ。第4話で隔壁に閉じ込められた彼女が、配信しようとスマートを操作したあとに発する「おっふ」とか……。ふつうに「ゲッ!」って言うだけでよかったのに。あれはまさに絵を変えたアドリブでした。

――(笑)。
清水 でも、そこにリアリティがあったから仕方ないなと。つまり重要なのは、ただ突飛なことをやるだけではなくて、赤﨑さんがその芝居に至ったリアリティを、聞いている我々が感じたということです。だから、芝居のほうを生かそうとなったんです。

――そのキャラクターなりのリアリティが表現できていたんですね。
清水 そうですね。「よくできている」って言葉がいつも気になっているのですが、面白い作品を見てそう評することってよくあると思うんです。でもそれって、ただ平凡に文字通り「よくできている」ものには言われないわけです。よくできていると思うときには、ほとんどの場合、そこに何か初めて見る面白いものが含まれている。その新しいものが、でもしっくり胸に落ちたときに、よくできていると思ってもらえるんじゃないかと。だから演技でそれを実現するのにいちばん大事なことは、まず演者自身が(その役に対して)「腑に落ちているかどうか」なんです。自分で理解ができていなかったり、実感できていない表現だったら、いくら目新しいものでも、見る側はただ変なものを見たという印象で終わってしまう。でも、演じる側が腑に落ちていれば、それが意外であっても……逆に意外であればあるほど、見る側にとっては予想を裏切るいい芝居になるんです。突飛なものが腑に落ちる瞬間がいちばん面白いという。つまり、リアリティとオリジナリティが両立しているということなんですけど。これは役者さんに常日頃求めているものではあるけど、なかなか出てこないものなんですよ。endmark

清水洋史
しみずようじ 1969年生まれ。愛知県出身。音響監督。96年に東北新社へ入社し、音響監督としてさまざまな作品に携わる。代表作に『ルパン三世』シリーズ、『REDLINE』(石井克人と共同)、『ねらわれた学園』など。また、本文中にもあるように実写作品への参加も数多く、代表作に「スター・ウォーズ」シリーズ、「007」シリーズ、「LIFE!」などがある。

『地球外少年少女』
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Netflixにて配信中(全6話一斉配信)

書籍情報

『地球外少年少女プロダクションノート』

原作・脚本・監督を務める磯光雄氏の書く初期シナリオ案や企画段階で制作されたアイデアスケッチの数々、本編では描かれなかった幻の設定などを収録予定。『地球外少年少女』の圧倒的な世界がどのように作られたのかを徹底検証した一冊です!!

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2022年8月31日(水)発売

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  • © MITSUO ISO/avex pictures・地球外少年少女製作委員会