イメージしたのは「軽工業」の宇宙
――画面のすみずみに先端技術が詰まっていて、『電脳コイル』以上に知的好奇心を刺激されました。本作の科学描写についてはどのように考えましたか?
磯 私が最初にイメージしたのは「軽工業の宇宙」です。今までの宇宙は鋼鉄で出来た「重工業の宇宙」ですよね。よくある重い隔壁に代表されるような20世紀的な宇宙からの脱却を目指しました。
――ドローンや人型ロボットなどの見慣れたものもあれば、手をスマホ画面にするデバイス(スマート)など、多彩なガジェットも登場しますね。
磯 『電脳コイル』ではメガネ型のウェアラブルデバイス(電脳メガネ)を描いていたのでそれでもよかったんですけど、15年前と同じものをもう一度出すのはやっぱり悔しいので(笑)。皮膚にディスプレイを貼りつけて操作するアイデアはだいぶ前に思いついていたので、今回はそちらを採用しました。
岩瀬 でも、スタッフからは電脳メガネを望む声も根強かったんですよ。たしかにそのほうが『電脳コイル』とつながっている気がしますからね。
磯 いろいろなスタッフから「この作品は『電脳コイル』と同じ世界ですか?」って聞かれました。そこについては何も考えていなかったのですが、そこまで言うならと、キャラクターのひとり(博士)に電脳メガネを与えました(笑)。
――電話のハンドジェスチャーも『電脳コイル』と同じで懐かしい気持ちになりました。
磯 楽しんでいただけたならよかったです。
リアルにはそこまでこだわっていない
――一方で、マイボトルや宇宙服のヘルメットなどには折り紙(ORIGAMI)技術が使われています。こちらは最新技術ですよね。
磯 そうですね。これはNASAやJAXAの宇宙開発でも取り入れられている技術で、それを少し発展させました。じつは劇中で描かれている折り方だと実際にはうまく展開しないのですが、吉田健一(キャラクターデザイン)は感覚で「それっぽく」描けるアニメーターなので(笑)。こういう部分は2Dの強みですね。
岩瀬 磯監督が閃いたアイデアを採用するかどうかは、専門家の意見も伺いながら進めていったんです。3カ月くらいかけて検討したのに、最終的に「これは難しいかも」という結論が出てボツにしたものもありました。今回の制作では、そこがいちばん時間がかかっていると思います。
――NGになると全体のシナリオにも関わってきますよね。
磯 そうなんです。最終的に使えそうなアイデアを紐づけていき、それが映えるように逆算的にストーリーを組み上げていった感じです。
岩瀬 磯さんがすごいのは、たとえアイデアが現実的だとしても、作品が面白くならないなら絶対に取り入れないんですよね。そこは終始一貫していたところです。
磯 最低限のルールは守っているつもりですけど、本作はエンターテインメントが目的の作品です。お客さんに正しい知識を勉強してほしいんじゃなくて、宇宙を楽しんでほしかった。だからリアルにはそこまでこだわらず、単純に映像的に面白い宇宙を描きたかったんです。そういう意味では、コアな宇宙ファンやSFファンに向けには作っていないです。
人間はAIに何を求めるのか?
――本作のテーマのひとつに「AI」があります。とくに物語の後半ではAIの本質や人間との関係性について、非常に独創的なシナリオが展開されます。
磯 僕はハリウッド映画によくある、AIに自我や感情が芽生えるとか恋をするとか、そういう方向にはまったく興味がないんです。
――磯監督はAIに何を求めるのでしょう?
磯 自分の場合は「人間以外の知性」をAIに期待してしまいますね。人間は大昔から神や悪魔、妖精や妖怪とか自分以外の知性と遭遇する話を作ってきたわけですよ。20世紀の宇宙では、宇宙人がその役回りでした。超越的な何かに何かをもらう、あるいは奪う話で、それが今ではAIになったわけです。超越的なものが登場するフィクションは宗教的なものからSFまで、多くが本質的には同じことをやっていると思います。この作品でも結果的に近いことをやっていますが、結末に関係するのでここではまだ言えません。
――ネタバレになるので詳しくは言えませんが、見終わったあとはとてもポジティブな気持ちになりました。
磯 それだけではないですが、一応はポジティブな話のつもりではあります。
岩瀬 かなり含みを持たせていますけどね(笑)。
磯 それはこの作品がかなり多面的な作りをしているからです。この物語の結末は人間にとって本当に希望的なのか、あるいはひょっとするとそうでもないのか。その真偽を本編内で明確に描いているわけではありませんが、セリフや演出に潜ませているつもりです。ですので、ぜひ繰り返し見ていただけるとうれしいです。それと、結末に関してかなり重要なシーンをカットしているので、これは復活の機会がほしいですね。
――なるほど。では、最後に後編『はじまりの物語』についてひと言メッセージをお願いします。
岩瀬 前編のドタバタ劇から一転、後編は物語のテイストがガラッと変化します。ぜひ監督のぶっ飛び具合を楽しんでください(笑)。
磯 前編は比較的真面目に宇宙ものをやろうとしていたんですけど、後編では我慢できずに多少はっちゃけています(笑)。でも、楽しめるものにはしたつもりなので、劇場に足を運んでいただければと思います。
- 磯 光雄
- いそみつお 1966年生まれ。アニメ監督、アニメーター、脚本家、演出家。『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』『新世紀エヴァンゲリオン』『紅の豚』『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』など幅広い作品に参加し、アニメーターとして高い評価を得る。2007年には自らが原作・脚本を務めた『電脳コイル』で監督デビューも果たしている。
- 岩瀬智彦
- いわせともひこ 1974年生まれ。プロデューサー。東北新社で外画の字幕吹替の制作を経て徳間書店へ入社。2007年に『電脳コイル』で初のプロデューサー業務を担当。その後、エイベックス・ピクチャーズへ。プロデューサーとして参加した作品は『マイマイ新子と千年の魔法』『プリティーリズム』シリーズ、『ブラッククローバー』『映画大好きポンポさん』など。
『地球外少年少女』
劇場公開限定版Blu-ray&DVD 好評発売中
Netflixにて世界同時配信(全6話一斉配信)
『地球外少年少女プロダクションノート』
原作・脚本・監督を務める磯光雄氏の書く初期シナリオ案や企画段階で制作されたアイデアスケッチの数々、本編では描かれなかった幻の設定などを収録予定。『地球外少年少女』の圧倒的な世界がどのように作られたのかを徹底検証した一冊です!!
A4変形判/192ページ/定価3,900円(本価3,545円+税10%)
2022年8月31日(水)発売
- © MITSUO ISO/avex pictures・地球外少年少女製作委員会