TOPICS 2022.05.03 │ 12:00

劇場版『名探偵コナン ハロウィンの花嫁』
脚本・大倉崇裕インタビュー①

ハロウィンでにぎわう渋谷を舞台に、ふたつの時間軸にまたがる事件の謎を解き明かす本作。『から紅の恋歌(ラブレター)』『紺青の拳(フィスト)』でおなじみの大倉崇裕は、どのように極上のミステリーエンターテインメントを組み上げていったのか。刑事たちへの愛にあふれた、物語誕生秘話に迫る。

取材・文/髙野麻衣

※本記事には物語の核心に触れる部分がございますので、ご注意ください。

ひとりひとりの魅力が大きすぎる警察学校組

――2019年の『紺青の拳』に続いての参加ですね。前回は「シンガポール、怪盗キッド、京極真」の3つがお題だったとうかがいましたが、今回はいかがでしたか?
大倉 今回はシンプルで、最初は「佐藤(美和子)と高木(渉)」だけだったんですよ。けっこう地味だなっていうのが第一印象です。でも、そのぶん自由度は高いですよね。ふたりがメインなら当然、松田(陣平)は必要だよなってすぐに考えました。三角関係みたいな展開にしようかなんて構想していたとき、追加で「警察学校組」というお題が出たんです。じつは当時は、スピンオフ・コミックス(『名探偵コナン 警察学校編 Wild Police Story』)の連載もまだ始まっていなかった。それで松田たちがみんな同期で、という基本設定を聞かされて、彼らを全員映画に出そうという話になりました。その場では「いいですね」って軽く考えていたのですが、家に帰って落ち着いてみると「ってことは安室(透)が出るんだ」と気づいて(笑)。

――衝撃の展開ですね(笑)。
大倉 はい。「安室、出ちゃうじゃん」って。それまで2作の劇場版に参加していましたが、安室とか公安サイドのエピソードは(『ゼロの執行人』などの脚本)櫻井武晴さんの担当だと思っていた節があったんですよね(笑)。赤井(秀一)や黒ずくめの組織もそうですけど、そちらは櫻井さんにおまかせして、私は「殺人ラブコメ」をやっていくんだと。ところが、今回は安室が登場するし、安室以外の同期は故人だし……。「えー、どうするの!?」とにわかに緊張したわけです。

――『警察学校編』の連載前ということは、各キャラクターの情報もかなり少ないですよね。
大倉 そうなんです。原作を丹念に紐解いたんですけど、本当に情報が少ない。萩原(研二)なんてとくにです。私の執筆と同時に『警察学校編』のマンガの連載企画もスタートしていくのですが、シナリオ第一稿の頃は第1話もまだ完成していなくて、準備中のネームを送っていただいて、それを参照しながら書くことになりました。『警察学校編』には『コナン』本編の謎に絡(から)んでいるキャラクターもいますから、絶対間違った方向に描くわけにはいかない。そう思ってすごく慎重に、ちょっとずつ修正しながら進めていった記憶があります。

――なるほど。シナリオを拝読したとき、松田や萩原の貴重な登場シーンのすき間をものすごく緻密に埋めてあることに感動しましたが、大倉さんのお話をうかがってその理由がわかりました。
大倉 警察学校組は、キャラクターひとりひとりの魅力が大きすぎるんですよね。最終的にはいろいろな方がチェックしてくださるので不安はなかったんですが、原作ファンの方にも納得していただけたならうれしいです。

刑事ドラマからヒントを得た「松田陣平の名刺」

――原作ファンといえば、やはり「佐藤と高木」がメインになったことを喜んでいる方も多いはず。ふたりの恋を描いてきた「本庁の刑事恋物語」も人気シリーズですよね。
大倉 そうですね。高木なんて、アニメのオリジナルから成り上がったキャラクターですしね。それが人気シリーズを経て劇場版のメインになるわけですから、もうアメリカンドリームというか、コナンドリームみたいな感じです(笑)。あと、ふたりはコナンの数あるカップルの中でも貴重な大人のカップルなんですよ。高校生でもなく、夫婦でもない。だから、逆にちょっと困った部分もあって……どこまで見せていいのかなって。じつは最初の頃、青山(剛昌)先生に「高木と佐藤ってどこまでいっているんですか?」って聞いたりしました(笑)。

――(笑)。裏付け捜査は重要ですよね。
大倉 ええ。描きはしないですけど、知っている必要はあるよなって。冒頭に結婚式というのは、会議中に青山先生が出したアイデアだったと思います。

――コナンくんに情報を流したりすることも多いヘタレ系の高木が、佐藤に刑事としての矜持を語るシーンなど、本作は刑事ものとしてもすごく熱いと感じました。
大倉 おっしゃった通り、最初に「佐藤と高木」というお題を聞いた段階で、今回のテーマは「刑事もの」だと考えていました。たとえば、『紺青の拳』では設定を聞いたとき「『007』をテーマにしよう」と思ったんですよね。そういう流れで、今回は刑事ものだと。しかも現代のものより、『太陽にほえろ!』に代表される1970年代ぐらいの泥くさい刑事ものをイメージしていて。その泥くさいイメージを、高木刑事にはとくに負ってもらいました。もちろん、高木だけでなく、捜査一課の人たちはわりと泥くさく描いたつもりです。エリートっぽい公安とは対照的に、足と身体で捜査しているみたいな感じ。それは意識したイメージ戦略ですね。

――加えて、なんといっても松田の名刺です。事件の鍵が、まさかあの松田の「最後の一週間」にあったという。一枚の名刺によって、3年前の過去と現在がするりとつながる仕掛けに鳥肌が立ちました。
大倉 松田陣平を出すなら、原作とかなりリンクをさせようというのは最初から考えていました。松田が捜査一課にいた「最後の一週間」には空白が多いので、そこにスポットを当てて細かくやっていくのも面白いな、なんて思っていたんです。ところが、出てくるキャラクターが増えて、過去と現代を往来する描き方も、小説とはまるで違って大変だとわかりました。そこで参考にしたのが、やっぱり1970年代の刑事ドラマ。『太陽にほえろ!』もそうですが、当時って殉職のエピソードが多かったんです。たとえば、ある刑事が殉職して、何年かあとにその刑事が残した何かが見つかって、事件を振り返るっていうエピソードもけっこうある。それをヒントに松田の名刺を思いついたときには「これでなんとかいける!」ってほっとしました。endmark

大倉崇裕
おおくらたかひろ 1968年生まれ。京都府出身。2001年『三人目の幽霊』で作家デビュー。『福家警部補』シリーズ、『警視庁いきもの係』シリーズなどの多彩な作風で人気を集め、ドラマ化多数。2016年『名探偵コナン』第829話より脚本に参加している。
作品情報

劇場版『名探偵コナン ハロウィンの花嫁』
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