絵コンテで重視するのは「糸が張れているかどうか」
――『ガルクラ』では全13話中、11話の絵コンテを酒井さんが担当していて驚いたのですが、これは当初からの予定だったのでしょうか?
酒井 いや、全然です(笑)。最初は半分くらい自分で、それ以外は他の人に振るつもりだったんですけど、花田さんの脚本にライブ感がものすごくあったのと、さらにそれを3Dでやらなきゃいけないということで、ハードルが少なくともふたつあったんです。内容的に比較的頼みやすい話数では、3D作品の経験もある平池綾子さん(第9話)や増井壮一さん(第12話)にピンポイントでお願いできましたけど、結局あとは自分でやることになりました。
――全体を通しての映像の統一感であったり、細部まで行き届いた表現は、シリーズディレクター自身の絵コンテの多さならではと思っていました。
酒井 そう思っていただけたなら、絵コンテの仕事もやりがいがありますね。実際、自分でも11本描いてよかったなと思います。花田さんのライブ感……仁菜ちゃんはへそ曲がりで、キャラクターがいい意味で揺らぐんですよ。そこをちゃんと筋を通して描けたので、自分で絵コンテを描けるスケジュールを作ってくれたプロデューサーには感謝しています。……でも、たぶん平山さんは最初からこれくらい描かせるつもりだったんじゃないかな?(笑)
平山 僕もフル3D作品を手がけるのは今回が初めてだったわけですけど、いろいろな制限を踏まえつつ、フル3Dならではの画づくりを目指した絵コンテを描いていただくのはすごく大変だろうなと感じていたので、酒井さんにできるだけ多く描いてもらいたいという思いは、じつはありましたね(笑)。
――TVシリーズの絵コンテを描く際、または他の方の絵コンテをチェックする際、酒井さんの中で設定していたルールはあるのでしょうか?
酒井 キャラクターものの絵コンテを描くということに関して言えば、一貫して意識しているのは空気というか「糸が張れているかどうか」ですね。それが切れると視聴を続けられなくなってしまう、そういった視聴する緊張の「糸」がちゃんと張れているのかをいつも考えています。なかなか説明しづらいのですが、前回も少しお話ししたように「目に見えないもの」が僕は好きです。キャラクターがその場面で何を気にしているのかが、お客さんにちゃんと緊張として伝わってほしい。そういった「空気」を大事にすることは、以前からずっとやってきたことですね。僕自身もいち視聴者として、それがない画面は見続けられない。先達である、素晴らしいアニメーション監督の方々が作られてきた、僕の大好きな作品はどれもそうだったんですよ。画面に張り詰めたものがあった。僕自身はまだまだ力不足ですけど、そのあたりは先輩たちを見習っていけたらなと思って、絵コンテを描くときに気をつけています。画面が綺麗だとか、カッコいいだとかは、二の次かもしれないですね。
画が止まっている間も、キャラクターの心は動いているはずだ
――カットで中心となっているキャラ以外も、きちんとリアクションの芝居をしているのが印象的でした。
酒井 そのあたりは、今までいろいろな作品に携わる中で、それぞれの監督さんたちから学ばせていただいたところですね。僕はアニメーターとして仕事をする中で、アニメーション、とくにリミテッドアニメでは「画が止まっている間であってもキャラクターの心は動いているはずだ」とずっと考えてきたんです。だから自分の絵コンテを画にしてくれるアニメーターの皆さんにも、そういう意識で仕事をしてほしい。フル3Dであっても、その意識は変わっていなかったですし、映像をチェックするときにもそこはちゃんと見るようにしていました。各話の演出家の皆さんも理解した上でチェックしてくださっていたと思います。やっぱりここでも「キャラクターをお人形にしたくない」わけですが、花田さんの脚本がそういうものを要求しているところもあったんです。だから、もしかしたらその時点で仕組まれていた部分なのかもしれません(笑)。
――ロングショットで全身を映したキャラが表情豊かに動くのも魅力的でした。
酒井 そこは3Dの大きなストロングポイントかもしれないです。豆粒サイズのキャラクターでも動かせる。セルだと完全に担当アニメーターの技量というか、経験値がもろに出てしまう部分です。だから、演出家もあまりそういう表現をやりたがらない。僕も手描きのアニメだったら、よほどの理由がない限り絵コンテの段階で避けます。あと、手前から奥に行く芝居も、3Dの得意なところですよね。背景が座標データを持っていたら、もっと強い。ライブシーンでは、その強みがものすごく活きるんです。(第11話の)カメラを動かしながらルパのほうに仁菜が歩いていくモーションとか、本当に想像通りのものができました。あそこはモーションキャプチャーと手付けの動きとのうまい融合でしたね。
「あなたの作る映像は日本映画だ」
――ちなみに制作は話数順だったのでしょうか?
酒井 絵コンテは第1話から第13話まで話数通りに描いていきました。普段は虫食いになってしまうのですが、今回、それができてよかったです。一方で、映像は第3話から作り始めました。これは平山さんの判断です。第1話から作ると、どうしても前半と後半で3DCGの完成度に波が出てしまうから、と。もし最初に作った第1話を見て、お客さんが「やっぱり3Dアニメはちょっと……」となってしまったら困るので、それは避けたいということで第3話から始めて第8話の途中くらいまで作って、現場が慣れてきたタイミングで第1話を作り始めました。
――第1話を見て圧倒されたのですが、制作的にある程度進んだことで、こなれたフィルムになっていたことも大きいんですね。最初に制作された第3話では、プラグをアンプに挿すところから覗き込むレイアウトが印象的だったのですが、ああいった意表を突く構図はどこからの発想なのでしょうか?
酒井 僕は今52歳で、リアルタイムで経験したのは『ウルトラマンタロウ』以降の世代なんですけど、それでもやっぱり実相寺昭雄さんが好きなんですよ。あの特徴的な、電話の受話器と本体の隙間から役者を撮るのに痺れるんです(笑)。そういうものからの影響が少なからずあるんだと思いますね。つい、どこか面白い位置にカメラが置けないか、探っちゃいますからね。
――あはは。
酒井 あと、僕の妻(アニメーターの酒井香澄。『ガルクラ』にも参加している)がよく言うのですが、「他の監督さんが作るものは洋画っぽい、アメリカ映画のような雰囲気があるけれども、あなたの作る映像は日本映画だ」と。たしかに僕は、そういうもので育ってきたんです。森田芳光監督の『そろばんずく』とか相米慎二さんの『台風クラブ』、大林宣彦監督の『ねらわれた学園』とか。角川映画が好きなんです。……これは東映アニメーション作品のインタビューですけど(笑)。他にも『戦国自衛隊』や『二代目はクリスチャン』とか。特撮映画もよく見ていました。整合性がなかったり、「こんなことあり得ないでしょ!?」と思わされつつも、子供の頃の僕を楽しませてくれた、あの雰囲気が大好きなんです。
――アイドルやスターを見せることを重視しつつ、映像的にはエッジの立った、風変わりなことに挑戦している……あの頃の邦画の面白さってありますよね。
酒井 それでいうと、第8話のラストですばるちゃんが「やっぱ、面白いやつらだわ」と言うシーン。あれ、本当は裸でやりたかったんです。『太陽を盗んだ男』みたいに(笑)。
――そもそもすばるが邦画で活躍した大女優・安和天童の孫だという設定は、今の話だと酒井さんの趣味が反映されているんですか?
酒井 あ、いや、それはもとの脚本どおりの設定です。……でも、たしかにそうですね。映像を見ているとなんだか僕の好みが出ている感じがしますね(笑)。ちなみに安和天童は草笛光子さんのイメージです。
――邦画の影響をもう少し聞きたいのですが、複数のキャラクターを会話させるときにカットを割らずに、同じカットの中で少しキャラの位置を動かすことで、自然と会話させる手法も印象的でした。あれも邦画の影響ですか?
酒井 そこは絶対に邦画から受けた影響だと思います。思い浮かぶところだと、『12人の優しい日本人』とか。あと、周防正行監督の作品から影響を受けたところも少なからずあると思います。実写映画から受けた影響は本当に大きいです。僕はそもそも絵コンテを描くとき、キャラクター以外は全部作りものだと思っていますから。
――セットというか、撮影用のものだと。
酒井 そうそう。作りものだから自由に動かせるし、自由にカメラを変えてもいい。いらないものは消してもいい。ハイエースの中のレイアウトとかはまさに、その意識が出ています。妻にも「あなたらしい」と言われました。「こんな位置に本来、カメラは置かないよね」と(笑)。でも、そういう表現が好きなんです。
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