TOPICS 2021.06.14 │ 12:00

機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ特集(全5回)
音楽・澤野弘之インタビュー①

6月11日に封切られた『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ(以下、閃光のハサウェイ)』。ここでは『機動戦士ガンダムUC』『機動戦士ガンダムNT』に続いて劇伴を担当した澤野弘之に『閃光のハサウェイ』の制作と楽曲の特徴についてインタビュー。第1回は『機動戦士ガンダムUC』と『機動戦士ガンダムNT』を経てたどり着いた『閃光のハサウェイ』のサウンドを深く掘り下げる。

取材・文/森 樹

抽象的で壮大な「宇宙っぽく感じるもの」というコンセプト

――『閃光のハサウェイ』は、澤野さんが参加した『機動戦士ガンダムUC(以下、UC)』や『機動戦士ガンダムNT(以下、NT)』とも異なる作風になりました。音楽的にも、テイストを変えようという意識はありましたか?
澤野 サンライズの小形尚弘プロデューサーから「大人のガンダム」というキーワードと、近年のハリウッド映画のように「ある程度メロディを排除したサウンドを」という方向性を提示されました。自分自身もその方向性に興味はありましたし、『UC』とも『NT』とも違う変化が出せるアプローチだと思いましたね。一方で、完全にメロディを排除することで淡々とした音楽になってしまうのは避けたかったので、リフ(リフレイン=反復するフレーズのこと)やサウンドのテンションで、感情面の盛り上がりや抑揚をきちんとつけることができればと考えていました。

――澤野さん自身の方向性と『閃光のハサウェイ』で求められた方向性が、それなりに一致していたわけですね。
澤野 そうですね。なので、すごく充実した作業になりました。

――『UC』は王道のオーケストラ・サウンドが主体で、『NT』はテクノ~エレクトロ・ビート主体の劇伴だったと思います。そのときどきで澤野さんがやりたいサウンドと、『ガンダム』作品がリンクしているような印象があります。
澤野 そうかもしれないですね。自分が時代のトレンドも込みで追求しようとしているアンサンブルを、素直にやれる機会だったかもしれません。思い返してみると『UC』の、とくにepisode 1のときは、歌謡曲的なメロディを劇伴へと落とし込むことに力を入れていましたし、そうした制作手法が好きだったんですね。そこから大きく制作手法が変わったわけではないのですが、ハリウッド映画のサントラに影響を受けて、メロディの組み立て方やリズムの取り方も、これまでとは違うものにしたいという意識があります。その劇伴に対する考え方の変化と、『UC』『NT』『閃光のハサウェイ』の流れがうまく噛み合っていたので、『閃光のハサウェイ』の仕事はスムーズに取りかかることができたと思います。

――なるほど。オファー自体は『NT』と近い時期だったと聞いています。
澤野 たしかにオファーは近い時期でしたが、制作は『NT』が先でした。『NT』のときは『UC』との差別化を図るために、オーケストラは使うけれども、デジタルで、かつダンサブルなものをテーマにしています。一方で『閃光のハサウェイ』は、最終的にデジタルは使いましたが、もっと抽象的で壮大な「宇宙っぽく感じるもの」というコンセプトがありましたね。

――『UC』と『NT』がサウンド的なアプローチだったとすると、『閃光のハサウェイ』は作品のテイストからサウンドを導き出していくイメージがあったと。
澤野 オーケストラを使うにしても、従来とは違う聞こえ方、響き方をするアプローチを模索しました。そのなかで未来とSF、宇宙という枠組みの共通言語として『ブレードランナー 2049』や『インターステラー』といった作品を参考にしています。たとえば、『インターステラー』での映像がループする演出にSF的な要素を感じたので、それを音楽的に解釈して表現できればと思ったんです。具体的には、シンプルなフレーズをループさせるミニマル・ミュージックの要素を『閃光のハサウェイ』に加えています。

安易な泣きメロより“サウンド”に特化した音楽を

――『閃光のハサウェイ』は全3部作となっていますが、第1部の楽曲制作を終えたことで、第2部以降で新たにチャレンジしたいサウンドやジャンルは浮かんできましたか?
澤野 今回の延長線上にはなると思いますし、これは『閃光のハサウェイ』に限ったことではないですが、より“サウンド”に特化した音楽を作っていきたいですね。もちろん、オーケストラを使ったメロディアスな曲も必要なところでは書きたいと思っていますが、当たり前のようにオーケストラを使うことはないのかなと。重厚感や壮大さを失わない形で、エレクトロやシンセがメインのものや、打楽器でビートを積み重ねて作るようなサウンドがひとつの理想です。最近の映画で言うと『TENET』のようなサウンドの在り方――ルーツをたどれば、僕が作家として非常に影響を受けているハンス・ジマーが昔からやっていたことでもあるのですが。

――音響を含めた意味での“サウンド”ですよね。
澤野 そうです。たとえば、ハンス・ジマーの参加作でも、映画によってはオーケストラを使わず録音している劇伴もあります。でも、重厚感は失われていなくて、それが新しいサウンドとして成り立っているんです。『閃光のハサウェイ』という作品自体、大人のムードもあるので、そうしたチャレンジが可能なんじゃないかなと。

――なるほど。
澤野 メインテーマで安易に“泣き”を求めなくていいというか、過剰にメロディアスな形にしなくてもいい作品だと『閃光のハサウェイ』を捉えていますね。

――海外だと、劇伴に限らずポップ・ミュージック全体が、すでにメロディよりサウンド、ビート重視の方向性にあります。メロディ至上主義とも言える日本の市場を踏まえたうえで、劇伴でその変化を採り入れていくのはたしかに挑戦かもしれませんね。
澤野 ただ、歌のない劇伴だからこそ、そういうサウンドにもチャレンジしやすい側面はあると思います。ヒットチャートを目指すのであれば、ある程度は歌謡曲を意識する必要があると思いますから。もちろん、サントラだからといって一切意識しなくてもいいわけではないし、そもそもメロディアスなものへの人気が高いことも理解しています。ただ、音として実験的・先鋭的で、かつエンターテインメント性のあるサウンドを求めるのも同時に重要だと思っています。そのふたつを両立させられるのが劇伴制作の面白いところだと思いますし、自分なりに作品に合わせてそれを出していければベストですね。

――澤野さんがよく担当しているSF作品やアクション作品であれば、そうした要素をより反映しやすいかもしれませんね。
澤野 それもありますし、たとえば、劇中歌も、映像に寄り添うことでさまざまなサウンドに挑戦しやすいという利点もあります。映像にさえ合っていれば、海外みたいなサウンドでも成り立ちますからね。

――『閃光のハサウェイ』自体が、ワールドワイドな展開を視野に入れた作品です。
澤野 昨今のアニメは、海外の人たちからも注目されていますからね。海外の人が求める“日本らしさ”を詳しく分析したわけではないですが、いろいろな国の人に「カッコいい」「クールだ」と思ってもらえるサウンドを作りたい。身も蓋もないことを言うと、作品が評価されてヒットすれば、その影響でサントラも注目されることが多いのですが、そこで(サントラの)クオリティ云々に目を向けられることは少ない気がするんですよ。反対に、個人的に納得のいくものができたと思っても、作品がヒットしなければなかなか日の目を見ないこともあります。

――あくまで映像に紐付くものとして捉えられているわけですからね。
澤野 ええ。ただ、劇伴作家としては音楽的に妥協せず、自分が「これだ」と思ったものを追求していきたい。『閃光のハサウェイ』はそういう意識を持って取り組んでいかなければならない、重要な作品のひとつだと思っています。endmark

澤野弘之
さわのひろゆき。作曲家。実写ドラマ、映画、アニメなどジャンルを問わず数々の作品で劇伴を手がけるトップクリエイター。ボーカル楽曲に重点を置いたプロジェクト、SawanoHiroyuki[nZk](サワノヒロユキヌジーク)での活動でも知られる。
作品情報

『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』
2021年6月11日(金)全国ロードショー

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