歌謡曲的なメロディやリズムから脱却したサウンド
楽曲解説①「Ξ(クスィー)」
――サントラに収録された楽曲のなかから、印象的だった楽曲を解説してもらいたいと思います。まずはメインテーマの「Ξ」です。サビのキャッチーなメロディまでは、淡々とリズムを重ねていく楽曲です。
澤野 『閃光のハサウェイ』の初回打ち合わせのあとに、作品のキーになるであろうメインテーマとサブテーマの制作に取りかかりました。今回のコンセプトである“未来”と“SF”を表すものにできればと考えていました。
――楽曲はすぐに完成したのでしょうか?
澤野 最初に提出したデモについては、制作側からもう少しメロディを印象的なものにしてほしいという提案がありました。その意見を反映して、結果的にこのような楽曲になりましたね。
――リズムや楽器の使い方でのポイントは?
澤野 「Ξ」もそうですが、今回制作した楽曲は『機動戦士ガンダムUC(以下、UC)』にあった、日本的/歌謡曲的なメロディやリズムから脱却したもの――ハリウッドの劇伴に近しいリズムの取り方や音色の選び方を意識しています。
――なるほど。
澤野 楽器の使い方で言えば、パーカッションは自分で打ち込んだ音に合わせて生音のドラムを重ねるように入れています。そのことで、サウンドがよりふくよかに感じられるように。
――重ねることで奥行きを出している。
澤野 そうですね。サウンド全体のエッジやカッコよさを追求するなかで、リズムはとくに重要な要素です。
楽曲解説②「EARth」
――「EARth」は冒頭の宇宙描写のシーンでも使われていますが、アンビエント(環境音に近い、音数の少ないサウンド)なビートから、穏やかなメロディになだれ込んでいく展開が美しい楽曲です。
澤野 宇宙的な要素と、作品冒頭で使われることを意識しながら制作しました。主旋律を奏でるストリングスにシンセサイザーの音を追加しているのですが、これは宇宙感を出すためのものですね。制作側からのリクエストとしては“平和”というキーワードがあったので、オーケストラ・サウンドの壮大さや豊かさを強調したアレンジになっています。
――ところどころ、ノイズっぽい音響処理がされている部分もあります。
澤野 ああいう効果音は、意識的に入れるときもあれば、感覚的に「こういう音が鳴っていれば面白いな」という、ノリで作ることもありますね。曲を作っていて「普通だ」と感じてしまうと、少しだけ歪さというか、何かしらの小細工を入れたくなる性格なので(笑)。
――「普通」から別の味付けを足していくわけですね。
澤野 劇伴音楽はもともとマニアックなものなので、作家としてはどうやって興味を持ってもらえるかは、つねに意識しています。歌ものを作るのも、そういう理由が大きくて。
――なるほど。
澤野 劇中歌はBGMよりも人の耳をつかむので。そういった流れの延長線上にサウンドトラックがあって、インスト(ボーカルのない楽曲)も面白いなと映像を見た方々に思ってもらえれば幸いですね。
楽曲解説③「83UeI(ハサウェイ)」
――ピアノと弦が印象的に使われている楽曲です。ちょっと不穏なイメージもありますね。『UC』や『NT』にはあまりないテイストだと思いました。
澤野 そうかもしれないですね。この曲は『閃光のハサウェイ』の最初のトレーラー用に制作したものです。小形プロデューサーからは、ひとつのイメージとして、『007』シリーズのサウンドトラックを提示されていました。
――SF的というよりも、アクション映画のイメージですね。
澤野 そのサントラからはミステリアスなムードも強く感じられたんです。それを踏まえて作ったところ、少し毛色が違うサウンドになったと思います。もともとはトレーラー(予告)用でしたが、サントラに収録されているのは、劇中用にあらためて作り直したバージョンです。
楽曲解説④「ESIRNUS(エシルヌス)」
――インダストリアルなビートからスタートする楽曲ですね。
澤野 これはメニュー(音楽の発注表のこと)に“危機感”みたいなキーワードがあったと思います。全体的にリズミカルな曲調で、場面の緊迫感を強調する意図がありました。もともとは別の曲の派生(バリエーション)として作り始めたもので、後半のメロディアスなパートは、キャラクターの感情に寄り添うことを意識しています。
――実際に、キャラクターの関係性を描写する重要なシーンで流れます。
澤野 そうなんです。この曲が流れる場面は、僕自身すごく好きなシーンですね。
――印象的な弦楽器の音は、エレクトリックのものを使っているのでしょうか?
澤野 いや、これは、エフェクトはかけていなくて、チェロとバイオリンの楽器の音がそのまま使われています。ただ、もともとはシンセ主体で作った楽曲なので、その旋律部分に生音を挿入した形です。そのことで不穏さが強調されたのかもしれないですね。
楽曲解説⑤「G1×2(ギギ)」
――この曲は即興というか、レコーディング現場で譜面を書いて、そのまま録音したそうですね。
澤野 この曲はメニューにはあったものの、制作するかどうかがギリギリまで決まらなかったんです。当初はボーカルを入れる話もありましたね。最終的に小形プロデューサーから制作にGOが出たのはレコーディングの真っ最中で。そこで、その場にいたバンドメンバー用にコード譜面を起こして、アドリブで収録しています。
――なるほど。そのせいか編成もミニマムですし、ムードも少し違いますよね。
澤野 ダバオの街の風景や都会らしさが伝わればと。ある意味でシティポップというか。
――たしかにシティポップと言っていいかもしれません。
澤野 なので、この曲は『閃光のハサウェイ』のなかでも毛色が違うと思います。サウンド的にも、あとからボーカル入れてもおかしくないものになりましたね。
個人の思いよりもオーダーに寄り添って制作した劇中歌
楽曲解説⑥「Möbius(メビウス)/mpi & Laco & Benjamin」
――最後に、2曲の劇中歌についてもうかがえればと。「Möbius」は男性ふたり、女性ひとりのトリプルボーカルで、それが劇中におけるハサウェイとケネス、ギギの関係性を表しているようにも思いました。
澤野 この曲は「ミステリアスな要素のあるバラード」というリクエストがありました。作品全体のムードをまとった、エモーショナルなものになればと思って制作しましたね。ただ、当初はツインボーカルで進めていたんです。
――最初からトリプルボーカルを想定したわけではなかったんですね。
澤野 そうなんです。ハサウェイとギギのふたりのイメージで作っていたのですが、サウンド的にもうひとり男性ボーカルを追加したほうが厚みが出ると思ったんです。結果的に、劇中と同じトライアングルの関係性になりました。
――澤野さんのボーカルプロジェクト「SawanoHiroyuki[nZk]」と、こういった劇中歌とでは制作手法に違いはあるのでしょうか?
澤野 違うときと違わないときがありますね。とはいえ、[nZk]だからこういうことをやる、と強く意識しているわけではなくて、そのとき自分が影響を受けたものや、作りたいと考えているサウンドを反映している形です。劇伴のときも基本的な姿勢は同じなのですが、今回の「Möbius」のように、制作側からのオーダーや作品の世界観に沿って作っていく部分はあります。
楽曲解説⑦「TRACER(トレーサー)」/Benjamin
――もうひとつの劇中歌である「TRACER」ですが、これは参考とした楽曲があるそうですね。
澤野 小形プロデューサーからは、ケミカル・ブラザーズの打ち込みメインで作られた楽曲を例として挙げてもらっていました。
――事実、「Möbius」とは異なるエレクトロなサウンドが特徴的です。
澤野 こういうリズムやグルーヴを映像の音とリンクさせる形で展開していきたい、というのがコンセプトでした。
――劇中の風景や音響とも連動する作り方なのですね。『NT』で使われた劇中歌とも系統としては近いと感じました。『UC』の頃とは、やはり劇中歌の捉え方も変わったように思えます。
澤野 『NT』とはたしかに通ずる部分があると思います。『UC』からの変化で言えば、episode 6からエンディングテーマも担当するようになって、そのときは純粋に作品を包み込む主題歌としてバラードを書かなきゃという気持ちがありました。当時は[nZk]もなかったので「今後、歌ものを作る活動につながれば」という欲もありましたね。『NT』のときは[nZk]の活動がスタートしていたこともあり、『UC』の流れを汲もうとか、ガンダム作品全般に対する意識を反映していました。
――それを考えると、今回の劇中歌は澤野さん個人の思いよりも、『閃光のハサウェイ』という作品に純粋に寄り添ったものになっていると。
澤野 そうですね。オーダーがあり、それにできるだけ寄り添って作った印象は強いです。とくに今回は、どのシーンで使うかが明確に決められていたので、テーマもサウンドもより絞ったものになりました。「歌ものをふたつお願いします」と言われただけだったら、まったく違うものになっていたでしょうし、『閃光のハサウェイ』全般の音楽イメージもガラッと変わっていたかもしれません。
- 澤野弘之
- さわのひろゆき。作曲家。実写ドラマ、映画、アニメなどジャンルを問わず数々の作品で劇伴を手がけるトップクリエイター。ボーカル楽曲に重点を置いたプロジェクト、SawanoHiroyuki[nZk](サワノヒロユキヌジーク)での活動でも知られる。