ジョゼと恒夫の主観を視覚的に表現したビジュアル
――本作はジョゼが海で泳ぐ空想をするシーンなど、ビジュアルが印象的なシーンが多く描かれています。絵作りにおいて、とくに念頭に置いたのはどんなことでしょうか?
タムラ ビジュアル面で言うと、『ジョゼ虎』は青春作品なので、恒夫とジョゼの主観から見た世界を視覚的に表現したいと思ったんです。本当は世界は広いんですけど、恋するふたりにとっては自分たちが世界の中心。キラキラして見えるけど、周囲はよく見えていない。そんなバランスで描きたいなと。カメラのピントがお互いの姿にピッタリ合わせてあるせいで、まわりは少しピンボケに見えている感じというか。実際、撮影処理も周囲の風景をボケ強めにしてもらっているんです。
――あらためて見ると、たしかにピントが合っている人物はくっきり描かれているのに対して、背景はかなりボケが強めになっていますね。
タムラ 背景美術についてもお話ししておくと、世界観やお話はリアル系ですが、背景美術は必ずしも写実的にはしていないんです。風景のディテールを突き詰めることで、作品世界のリアリティを引き出すやり方もあります。でも、本作ではあえて筆のタッチを残したり、ディテールをポイントポイントで少し甘めにすることで、手描きの温もりが伝わるようにしました。見ている間は「リアルだな」と感じるけれど、Blu-rayやDVDで一時停止すると、明らかに手描きの絵であるとわかる、というくらいのバランス。その代わり、画面の構図やカメラのレンズ、フィルターの使い方は写実的な方向性を追求しました。
――とくに注目してほしい美術設定は?
タムラ ジョゼの家は、全体的にこだわりをもって「昭和レトロ」感を出しました。時代に取り残された木造平屋建ての家なのですが、制作スタッフみんなでワイワイ言いながら、「昭和の家あるある」要素を出し合いました。居間に飾ってあるポスターなど、細かい部分を見ていただくと面白いかと思います。
ジョゼの心情を投影した自室
――ジョゼの部屋は狭いですが、独特の世界観で構成されていますよね。
タムラ ジョゼの部屋は、時期によって飾ってあるものや部屋のレイアウトが異なるので、大まかに分けて設定を4パターン用意してあります。まず、ジョゼが恒夫と出会って間もない頃の状態。これは家からほとんど出ないジョゼが、頭のなかで描いた独自の世界を長年かけて自分の部屋に投影したものです。そこから恒夫と仲良くなって外出するようになると、出かけた先の様子をモチーフにした絵が飾られるようになり、描く内容にも広がりが出てきます。そのあと祖母が亡くなると、絵を描いて生きていくという夢を捨て、これまでの作品を全部撤去して殺風景な部屋になります。そして最後に、事故に遭った恒夫が再び歩けるようになると、何かを決意したジョゼは部屋の家具一切を片付けてしまいます。これらの部屋の様子は、そのままジョゼの心情につながっている部分でもあるので、ジョゼを取り巻く状況と合わせて部屋の様子を見ていただくと、ジョゼの心を読み解く手がかりになるんじゃないかと思います。
――心情を読み解くという言葉で思い当たりましたが、そういえば本作は各キャラクターの心情が明確には示されていませんね。
タムラ そうですね。作中では基本的に登場人物のナレーションを入れないようにしているんです。ちょっとした独り言はありますが、心の声は一切ありません。それぞれのシーンで、その人物が何を考えているのかは、なるべく見ている方に委ねたかったんです。作品を作るにあたって僕のなかでの正解はあるのですが、見る人それぞれによって受け取り方は異なるでしょうし、同じ方でも何度も見るうちに違う答えが見つかることもあるでしょう。あれこれ想像を巡らせながら、『ジョゼ虎』という「映画」を味わっていただきたかったんです。
キャッチコピーにも影響を与えた主題歌『蒼のワルツ』
――Eveさんが歌う主題歌『蒼のワルツ』も大きな話題になりました。
タムラ 初めて聞いたのはデモでしたが、すごくいい曲だと思いました。これは傑作になるなと。『蒼のワルツ』はEveくんが作詞・作曲を手がけてくれているんですが、事前に曲作りの手がかりにと『ジョゼ虎』の絵コンテを渡したんです。そうしたら、本編の内容を丁寧に読み解いたうえで、歌を聞いた人に届きやすいように嚙み砕いて歌詞にしてくれていました。もちろん、作品内容そのままを歌詞にするのではなくて、絶妙にアレンジしてあるんですけど。出来上がってきた歌詞のワードひとつひとつがまた素晴らしくて。「やさしさも、涙も、憧れも、ぜんぶ。」という本編のキャッチコピーは、歌詞の一部に刺激されて作ったものなんですよ。
――歌詞のなかにある「優しさを包む痛みも全部」や「あの日の僕のまなざしも全部」という部分ですね。
タムラ そうです。本編でもジョゼが「ぜんぶ、ぜんぶ!」と叫んでいるシーンがありますし、他の歌詞を鑑みても脚本からのインスパイアは大きいと思います。本編から主題歌、主題歌からキャッチへとよい流れを作ることができました。また、『蒼のワルツ』が流れるエンディングパートも、歌詞の内容を反映した絵作りをしています。たとえば、曲の前半で「涙」というワードが流れたところで、あえてジョゼの笑顔を入れていまして。メキシコへ旅立っていく恒夫をジョゼが笑顔で送り出すシーンなんですが、そこにせつない歌詞がのることで、その笑顔に多面的な意味を持たせたかったんです。恒夫が気持ちよく旅立てるように笑顔で見送るけれど、その心の内にはさまざまな思いがあることが伝わるといいなと。歌詞の内容と映像を完全にリンクさせるのではなく、あえて少しずらすことで相互作用を生み出すようなエンディングにしたつもりです。こちらも本編から主題歌、そして主題歌から本編にと、お互いにいいフィードバックができました。
エンディングで描かれるふたりの未来
――エンディング以降で恒夫とジョゼのその後がきちんと描かれているのがとても印象的でした。
タムラ エピローグで、ふたりが再会するくだりを描くことはもともとが決まっていたんです。そうした場合、間に挟まるエンディングでスタッフロールが流れるだけだと、恒夫とジョゼの関係がどうなったかハッキリわからず、しばらく時を置いて再会した、というだけに見えなくもない。そうではなくて、本編のあとも関係はちゃんと続いていたし、そのあとも彼らはふたりで歩んでいく、という可能性を見出せる終わり方にしなければならないと思いまして。それで、エンディングにその後の恒夫とジョゼの生活がわかるカットを入れていくことにしました。
――もともとはエンディングに映像はなかったんですか?
タムラ 脚本にはある程度書いていたんですが、実際絵にするかどうかは主題歌が上がるギリギリまで迷っていたんですよね。周囲には「エピローグでふたりの再会を描くのだから、エンディングにも絵を入れるのは盛りすぎなのでは」という意見もありました。たしかにその考えも理解できますが、それでも恒夫とジョゼの再会までに、多少の歳月が流れていることを視覚的に示したかったんです。恒夫はメキシコへ発つ前に「夢も取るし、ジョゼも取る」という全部取りみたいなことを言っていましたが、実際、彼はメキシコでどんな生活を送っていたのか。そして、恒夫を見送ったジョゼはちゃんと自立した生活を送れたのか。そこは少しでも描いておかなければと思っていました。また、ほかのキャラクターのその後についてもフォローしたかったんです。もし、ラストの坂道のところでお話が終わっていたら、舞と隼人、そして花菜が姿を消したジョゼを探している状態のまま、中途半端に終わってしまいますしね。
――恒夫は現地で新たな人間関係を築き、ジョゼは居心地悪そうにしながらも働いている姿が描かれていて、それほど長いカットではないのに情報量が多かったように思います。
タムラ どちらかというと、あのエンディングはふたりが苦労しているカットが多いかもしれませんね。それぞれに夢を追いかけてはいるけれど、順風満帆なわけではなく、つらい思いをすることもある。ふたりを隔てる距離は遠く、大変な毎日を歩んではいるが、あの思い出の日々があるなら、きっと大丈夫。そんなふたりの未来に対する希望を込めてエンディングを構成しました。
- タムラコータロー
- フリーランスのアニメ演出家。グループ・タック出身。現在はボンズ作品他で活動中。アニメ映画『おおかみこどもの雨と雪』で助監督、TVアニメ『ノラガミ』シリーズで監督を務めている。