TOPICS 2021.08.31 │ 12:00

『ジョゼと虎と魚たち』Blu-ray&DVD発売記念
タムラコータロー監督インタビュー①

生まれつき足が不自由な女性・ジョゼと、ごく普通の大学生・鈴川恒夫の心のふれあいを描く劇場アニメ『ジョゼと虎と魚たち』。本作のBlu-ray&DVDの発売にあわせて、タムラコータロー監督にあらためて本作に込めた思いを聞いてみた。第1回は、原作小説と登場人物の魅力について。

取材・文/福西輝明

※本記事には物語の核心に触れる部分がございますので、ご注意ください。

「その後」を想像させる原作小説との出会い

――『ジョゼと虎と魚たち』をアニメ映画化することになった経緯について教えてください。
タムラ KADOKAWA内で久々に文芸作品をアニメ映画化しようという流れがありまして、同社の笠原周造プロデューサーが紙袋いっぱいに用意してくださった小説に片っ端から目を通していたところ、田辺聖子さんの短編小説『ジョゼと虎と魚たち(以下、ジョゼ虎)』が目に留まりました。この作品、タイトルだけ見ても、どんな内容なのかまったく想像がつかなくて。気になって読み始めたら、なんと30ページにも満たない短編だったんですね。しかも起承転結でいう「承」のあたりで終わっているというか。「主人公のふたりはこのあとどうなってしまうんだろう……?」と、想像力を非常に刺激される作品でした。そして、なによりジョゼのキャラクターがとても魅力的に思えたんです。このお話を今の時代に置き換えて長編に再構成できたら、きっと面白いものが作れるのではないか。そんな直感から『ジョゼ虎』のアニメ映画化企画が始まりました。

――『ジョゼ虎』は2003年に実写映画化されています。そちらはどちらかというと、もの悲しさが漂う作品でしたが、アニメ映画の『ジョゼ虎』はさわやかな印象の作品に仕上がっていました。本作の制作に取りかかる際、実写映画は参考にしたのでしょうか?
タムラ いえ、僕のまわりに実写映画を見た人はたくさんいたんですが、僕自身は見ていなかったんです。脚本は原作のみを読み込んで作り上げました。実写映画はアニメの脚本とデザイン開発の大半が終了して、もう後戻りできなくなったタイミングで拝見しました。あの原作をこう料理したのかとびっくりしました。ひょっとしたら原作小説を読んで暗い気持ちになった方もいるのかもしれませんが、少なくとも僕が受けた印象は違いました。原作小説の内容をざっくり説明すると、車椅子のジョゼとその夫の恒夫が、泊まりがけで海底水族館へドライブに行く話なんです。そこに過去の話がインサートされながら物語が進んでいき、最後はふたりの儚い関係性に触れながら終わります。これを暗くて閉塞感のある内容だととらえる方もいるでしょうが、僕は閉ざされた世界にいたジョゼが、恒夫と出会うことで外の世界に触れていくところに、解放感とさわやかさを感じたんです。また、原作小説の最後に「恒夫はいつ自分のもとを去っていくかわからない」というジョゼのモノローグがあるのですが、僕はそれを「前フリ」ととらえました。つまり、ここからジョゼと恒夫は壁を乗り越えて、より関係が深まっていくのではないかと考えたんですね。ですので、僕は希望をもって原作小説を読み終えることができました。

――たしかに、原作小説を長い物語の序章ととらえると、そういう解釈もできますね。
タムラ 最初に「私たち、別れるのかも」という前フリがあって、そのまま別れて終わってしまったら「え、本当に別れるの!?」となってしまう。いや、これはあくまでも僕がそういう印象を抱いたというだけなのですが。原作小説は読み手によって解釈の幅がある作品なので、結果的に実写映画とは異なるアプローチの映画を作れるのではないかと。プロデューサー陣もそれならば、アニメで新たに映像化する意義もあると考えてくれたんです。さらには見てくださった方に「実写映画と内容が違うけど、もとはどんな話なんだ?」と原作小説にあらためて目を向けてもらえるかもしれない。

後半のジョゼ視点は恒夫とジョゼの心情のバランスを取るため

――本作の制作にあたってとくに念頭に置いたことは?
タムラ いちばん大切にしたのは、「バランス」です。なかでもジョゼと恒夫のふたりのバランスには気をつけました。原作のジョゼは恒夫に対して依存している部分が多く、心のどこかでそれに引け目を感じています。いつもワガママばかり言って恒夫を振り回しているけれど、いつか彼が自分のもとを離れていくのではないか。彼女は心の片隅でそんな予感をずっと抱えているわけですが、その不安はジョゼが恒夫に一方的に頼っているからこそ生じてしまう。それならば、ジョゼのほうも恒夫を支えられるようにできないだろうかと思いまして。少しでも両者のバランスがとれれば内なる不安もやわらぐだろうし、ふたりの結末も幸せなものとして描けるだろうと。そこで脚本の桑村さんと何度も話し合い、原作小説にはなかった「落ち込む恒夫に、再び立ち上がる勇気を与える」という役割を担ってもらいました。

――最初は恒夫視点で物語が描かれていましたが、彼が交通事故に遭ってからジョゼ視点に切り替わったのは、両者のバランスをとるためだったんですね。
タムラ そうですね。普通の作品なら、最後まで恒夫視点で描き切ると思います。でも、僕は恒夫とジョゼのふたりが本作の主人公だと考えていました。それぞれの視点を分けて描くことで、表現的にも両者のバランスをとったんです。

恒夫には現代の若者像の前向きな印象を反映しました

――ジョゼはどんな魅力を持つ女の子だと思いますか?
タムラ ジョゼは物言いは乱暴ですけど、内面は意外なほど繊細なんですよね。恒夫に対して一歩も引かない気の強さを見せたかと思えば、駅でぶつかってきたおじさんには何も言えずに黙り込んでしまうところがあって。コミュニケーションが下手で素直じゃないから、ついつい口汚くなってしまうけれど、本当は誰よりも繊細で少しさびしがり屋。そんな「放っておけなくて、つい手を差し伸べたくなる」と思わせるギャップがジョゼの魅力なのだと思います。

――恒夫には初対面でガツンと自分の意思をぶつけていたのに、よその人に対しては、おっかなびっくりで言いたいことも言えないところが意外でした。
タムラ ひと言でいうと、「ものすごい内弁慶」なんですよ。ジョゼの祖母が恒夫に目をつけて、彼女の世話係を頼んだのも、ジョゼが初っ端から恒夫に対して意志をハッキリ示したからというのがひとつ挙げられると思います。最初の出会いでジョゼに嚙みつかれたことで、恒夫に「聖痕」が刻まれた、という感じでしょうか(笑)。

――一方、そんなジョゼと釣り合わせるため、恒夫をどのようなキャラクターとして構築したのでしょうか。
タムラ 原作小説が刊行されたのは1985年で、恒夫は当時の平均的な若者像として描かれていました。ですので、原作小説の設定そのままでは現代のアニメの主人公には合わないと思い、本作オリジナルの恒夫像を作る必要がありました。僕は20代前半の若者たちに対して、日々真面目に努力しながら目標に向かって歩み続けている、という前向きな印象を持っているので、恒夫にはそうした「世代を反映した若者像」を込めてみました。また、見た目にあまり特徴はないけれど、気が強いジョゼをリードできる積極性がある。そして自分のやりたいことに積極的だけれど、人間関係においてはそうでもなく、自分からどんどん友達を増やすタイプではない。一見すると「受け身な主人公」のようだけど、精神的にちゃんと自立している――。原作小説の恒夫らしさをいかにキープするかは非常に難しかったのですが、あれこれ模索してようやく落ち着いたのが今作の恒夫なんです。

――不器用なふたりの心が少しずつ近づいていくさまは、見ていて心地いいむずがゆさがありました。
タムラ ありがとうございます。ジョゼはもちろん、恒夫もああ見えて不器用なんですよね。ジョゼをリードできる積極性はあるけど、すべてにおいて正解を出せているわけではない。ジョゼのおばあちゃんのお葬式のあと、「管理人に時給、もう払われへんねん」と言うジョゼに流されて、なんとなく距離を取ってしまったところは、その最たるものです。熱血的な主人公なら後先考えず「時給なんかいらない。ずっとそばにいてやる」とでも言うところかもしれませんが、あの段階でのふたりの関係性は曖昧ですし、留学のことも言い出せないまま恒夫は一旦引いてしまう。彼は人との付き合いよりも、自分の夢を追うことのほうに一生懸命なタイプだから、人との距離の取り方が独特なんです。そんな彼が、最終的にはジョゼに想いを伝えるところまでいくのだから、ジョゼと触れ合うなかで彼なりの心の成長があったのだと思います。

ジョゼと恒夫のキャスティング秘話

――ジョゼ役を清原果耶さん、恒夫役を中川大志さんが演じていますが、ドラマや映画で活躍している俳優を起用した狙いは?
タムラ 今作の『ジョゼ虎』はアニメ作品ですが、劇中で超常現象などは起こらない、地に足の着いた作品です。そういう世界観なので、実写寄りのお芝居ができる方にお願いして、アニメのキャラクターとして記号化しすぎない、絶妙なリアルさを出したかったんです。ジョゼ役は関西出身の方のなかから選んだのですが、清原さんは気が強いジョゼとは真逆で、一見、清楚でおとなしいタイプ。対するジョゼは言葉こそ乱暴ですが、人の心をとらえるような絵を描ける繊細さを秘めています。そんなジョゼを清原さんに演じていただくことで、内面に隠れている彼女の品のある部分を表現できればと思ったんですよね。清原さんはこれまでジョゼのようなキャラクターを演じたことはなかったのではと思いますが、そんな彼女が口汚いセリフを放つことで、ジョゼの乱暴さと繊細さの入り混じった絶妙なバランスが出せたと思います。

――なるほど。では、中川さんのほうはいかがでしょうか?
タムラ 中川くんは中身も見た目も恒夫にピッタリなんですよ。もう「リアル恒夫」がそこにいる、というくらいに。なので、中川くんの個性をそのまま出してもらえればいいかなと思っていたのですが、アフレコ収録テストのとき、彼なりに恒夫のキャラクターを作ってきてくれたんです。それはどこか「ヒロインに振り回されるラノベの主人公」という感じがあって。ただ、本作における恒夫はそこまで流されるようなタイプではなく、ジョゼの言葉を何もかも受け止め過ぎないマイペースさも持ち合わせる人物を目指していたんです。いちいちジョゼの言葉を真に受けていたら、普通の人なら精神的にすり減ってしまうかもしれません。でも、彼は独自のスルースキルがあったからこそ、ジョゼのような一見面倒くさい子と心を触れ合えたのだと思うんです。……ということを中川くんに話したら、すぐに軌道修正してくれまして。同じ脚本、同じセリフなのに、こんなに印象が違うのかというくらいお芝居が変わって驚きました。endmark

タムラコータロー
フリーランスのアニメ演出家。グループ・タック出身。現在はボンズ作品他で活動中。アニメ映画『おおかみこどもの雨と雪』で助監督、TVアニメ『ノラガミ』シリーズで監督を務めている。
作品情報

アニメ映画『ジョゼと虎と魚たち』
Blu-ray/DVD好評発売中

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