あの頃、俺達は毎日、何かを探していた。
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卓上の木製万年カレンダーで日付を確認する。二〇二二年を頭の中で和暦に変換し、古臭い書式の報告書に年月日を打ち込んだ。国家公安委員会の定例会で使用する説明資料だが、A4ペラ一枚で内容を簡潔にまとめなければならない。委員のお歴々は皆忙しく、会議は毎回四〇分と決まっているので、この一枚の割かれる時間は五分もないだろう。腕を組み、書面の構成を数瞬考える。
脳内で大筋の見通しが立ち、さて書くかと眼鏡を上げた時だった。
「浅野さん」
事務官が机上に分厚い紙束が置いて言った。
「こちら本日分の“異方”メールです」
自分の仕事は警察庁長官官房国家公安委員会会務官補佐官だと思っていたが、本当は人気ラジオ番組のパーソナリティか何かかもしれなかった。
メールが片付いた頃には昼を過ぎていた。庁舎内の格安自販機で缶コーヒーを買ってようやくひと息つく。高層階の窓辺から南側を見遣れば、都心の上空がひたすら青かった。ふとした時に、もう何もないその方向を見てしまうことがある。消えた立方体は今もまだ頭の中に焼き付いている。
異方との邂逅。
カドの出現と消失。
異方存在・ヤハクィザシュニナと。
そして、あいつが消えてから。
「五年ね……」
一八〇〇日が脳裏を一瞬に流れていく。それはあまりにも多忙で、なのに何故か地に足の付いた感触がない、夢の薄膜に包まれたような日々だった。
五年前のあの日。
異方存在ヤハクィザシュニナとカドがこの世界から消失し、同時に異方からもたらされた特殊な装置達もその力を失った。ワムの電力は0となり、サンサがもたらした感覚は霧散し、ナノミスハインは存在ごと消えた。だがそれでもなお、地球と人類社会には多大な影響が残されたままだった。
カドが出現していたほんの三ヶ月という短い間で、各国政府・各地方自治体・無数の企業・八〇億の個人に至るまで、あらゆる層に大きな変化と判断があり、それぞれの身の振り方があった。異方の技術に対した巨額の資本を投じた者がいれば、異方に対するスタンスの違いから袂を分かつ者達もいた。そういった人々の行動の結果は、たとえカドが消えようとも残り続ける。人類の最初の仕事は異方が残していった負債の処理だった。
社会の全方位に亘る負債は、当然ながら俺が属する警察庁にも山積みとなった。加えて俺自身が異方代理交渉官と近い立場にいたせいもあり、公安委員会に回ってくる異方絡みの案件は全て俺が担当することになってしまっていた。そこからしばらくの期間は何も覚えていない。押し寄せる仕事を自動的に処理する機械に改造されて二年ほど稼働していたらしい。
三年が経った辺りから記憶はある程度回復している。万事においてそうだが時間はあらゆるものを希釈する。異方の残滓もまた例外ではなく、三、四年と経つうちに社会影響は自然と薄らいでいき、我々警察庁が動くべき案件も減少している。
しかしどれだけ希釈したとしても一度混入した成分がゼロになることは決してない。だから三五歳となった俺のところには現在も全国各地の警察署と公安委員会を通して、または警察庁ウェブサイトのご意見・ご要望窓口から直接メールが集まってくる。
『異方の道具という物を買ってしまった』
『異方を通じて会社の情報を抜き取られた』
『用水路で異方存在を見た』
読んだ瞬間に一蹴したくなるような話でも、実際に被害者が存在するならば厳正に対処せざるを得ない。こうして俺は今も霞が関で異方の残務処理に追われながら、各都道府県の公安委員会を飛び回る生活を強いられていた。必要な仕事だと理解はしているが、ここ一年ほどは大きな案件も皆無で雑用のきらいが強い。出世コースから外れてしまっているような気配も感じる。
空き缶をゴミ箱に放り入れ、もやっとした気分で机に戻った。PCでスケジュールと地図を開いて予定を確認する。明日は静岡、明々後日は山梨、来週は岐阜の公安に行くと書かれている。異方の超技術が掻き消えた世界で、リニア中央新幹線は未だ開通していない。
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