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新東名高速を途中で降りて、伊豆縦貫自動車道をひたすら南下する。
清水で乗り捨て可能なレンタカーを借りた俺は、一路下田を目指している。大和田署長は県警の車での送迎を申し出てくれたが、二時間も誰かに運転してもらうのは助手席のこちらが気を使う。結局自前で用意した車でドライブがてら山道を走ることにした。
国道四一四号に入ると両脇の景色は緑ばかりになった。蛇行する山道を手癖にまかせて運転していると、頭の処理が切り離されて次第に別のことを考え始める。
「浅野君」
上野駅のコンビニのレジで名を呼ばれた。店員の顔を見る。
「真道君」
俺は間抜けに名を呼び返した。半ば無意識に自分が持ってきた品物へ目を落とす。見られて恥ずかしいものを買っていないだろうかと確認していた。もう三年になっていたというのに、俺はずっと疎遠だったクラスメイトの真道を未だに意識していた。
「帰るとこ?」
品物をスキャンしながら真道が聞いてくる。
「ああ、うん。真道君はここでバイトしてたんだ」
バーコードリーダーを持つ真道の手首を見た。骨張っていて痩せていた。
「あと十分で終わるからさ。ちょっと待っててくれない?」
「ああ、わかった」
品物を受け取り、コンビニの外に出て真道を待った。待ちながら、なんであいつのバイトが終わるのを待つことになっているんだと自問した。友達ではないし付き合いもない。ちょっと待っててと言われるような仲じゃない。何故わかったと言ってしまったのかが自分でもわからなかった。レジ袋の中を見遣る。買ったものは飲み物とサンドイッチだけだった。
「上野まだ全然知らないからさ。ちょっと回ってみようよ」
着替えて店から出てきた真道は勝手に話を進めた。三年に上がって駒場から上野キャンパスに移ってきたばかりで、お互い土地勘がないのはその通りなのだが。
「なんで俺が真道君と上野を回ることになるわけ?」
真道は不思議そうな顔をしていた。
「会ったから?」
語尾を上げて言われる。本人にわからないのに俺にわかるわけがない。わからないまま、二人で上野公園をぐるりと巡った。あいつのバイトが終わったのは一七時で、美術館も博物館も動物園も全部閉まっていて、どこにも入れずに二時間歩いて暗くなった。
「飲みにでも行くか?」
仕方なくこちらから提案すると、真道は飲み屋は高いと渋った。バイトをしているのに金はあまり無いと言う。そして迷う素振りもなくスーパーに入り、安酒をかごに放り込んだ。
「うちで飲もう」
真道の家は本郷通りのすぐ裏側、大学から目と鼻の先のボロアパートだった。どう見ても半世紀以上は経っている代物で、後から聞いたら三四半世紀だった。中は当然和室だったが、曲がりなりにも二部屋と板敷きの台所が付いていて思いのほか広く感じた。
「部屋空いてるらしくて」真道は安い焼酎を傾けながら言った。「一間の部屋と同じ値段で貸してもらってんだ」
「けどもう潰れてるじゃん」
開いたふすまから隣の部屋を見遣る。段ボール箱と本棚と、畳の上に古本の塔が何本か立っている。生活はこっちの部屋で隣は物置ということらしい。
「でも学校近いのはいいな……」
サッシの窓を開けて外を見遣った。住宅が密集していてごちゃついているが、そのすぐ向こうにはもう大学の気配があった。
「浅野君て通いだっけ」
「神奈川の保土ヶ谷ってところ。片道五〇分くらいかな」
「結構かかるな」
「真道君は、実家は?」
「調布。京王線の」
「調布? 通えない?」
「一人暮らししたくってさ」
一、二年の間に作った貯金で春からこのアパートに入ったのだと真道は言った。一人暮らしはしたいがバイトは増やしたくないと、とにかく一番安い部屋という条件で探したのがここだったらしい。家賃は二万六千円。確かにそれなら高校生のバイト程度の給料でも借りられるだろうが、それでも生活していくとなれば金はいくらでも不足する。
「なら本なんか買えないんじゃないの」
「飯とトレードかな……。一日分の生活費は決まってるから、本を買った日はその分飯を抜く」
「身体張ってるな……」
見れば真道は腕だけでなく、足も、首も細かった。今にも折れそうな身体つきなのに、目だけは妙にギラギラしていた。一年の頃の姿からは大分変わっていて、一般的な感覚からすれば近寄りがたい人間だったと思う。
けれど当時の俺にはとっては、その苦学生じみた風体すらも自分との比較の対象になった。ぬくぬくと親元から通っている自分が真道よりか弱い人間に思えた。それはただの間違いだと大人になった今なら理解できても、二十歳の俺にはその薄暗い感情こそが自分の全てだった。
心の中の嫌なものを自覚しながら、それを悟られぬよう必死に隠して酒を飲んだ。あまり慣れていない焼酎を三杯ほどいって、頭の回りが微妙に鈍り始めた頃だった。
「往復一〇〇分は時間がもったいないよな」真道は言った。
「まあ、そうだな」
「ここはチャリで一分で着く。往復二分だ」
「うらやましいよ」
「あの辺の本は売りに行く予定なんだ」
俺は瞼の落ち始めた目で真道を見た。
「月一万三〇〇〇円だ」
真道は良い笑顔を浮かべていた。
今の俺ならば、風呂無しトイレ共同のアパートに二人暮らしなんていう提案は絶対に受けないだろう。
だがあの日の俺は受けた。酔っていたせいもあるが、本当の理由は違った。
あの頃、まだ何も持っていないと思っていた俺は、真道が持っているように見えた何かが欲しかった。あいつが羨ましかった。あいつに近付きたかった。俺は。
あいつのようになりたかった。
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