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山道を抜けると視界の左側が海で埋まった。海岸沿いに東伊豆道路を南下する途中、カーナビが右折を促す。坂を少しだけ登ったところに下田署管轄の駐在所はあった。平屋の建物の駐車場に車を滑り込ませる。
「お待ちしていました」
年若い巡査長が威勢のいい声で出迎えてくれた。
こちらに向かう前に、清水の大和田署長が先に連絡を入れておいてくれた。段取りを考えれば下田署の担当官と話してからこっちなのだろうが、正直こんな些末な事案で署の人間に対応させるのも気が引けた。なので連絡だけは通して直接現地に足を運ぶことにした。先方も手間がないのを喜んでいたようだ。
駐在所の中は都心の交番よりも広く、通常の交番机のほかに足の低いテーブルとソファのセットが置かれている。壁には折り紙の花などが沢山飾ってあり、地域の人の話を聞くための場所なのだろうことが見て取れた。そこに腰掛けると植原(うえはら)査長がお茶を出してくれる。
「遠路はるばるお疲れ様です。ありがとうございます」
「もう少し肩の力を抜いてくれないかな。こちらが緊張してしまう」
「はっ」
返事はいいが力は全く抜けていない。国の公安委員会関係者が地方の駐在所に来ることなどまず無いので気持ちはわかるが。自分は公安委員ではなくただの会務官補佐だと言っても多分通じないだろう。
植原柊斗(しゅうと)巡査長は二〇一八年入庁の二二歳で、今年の春からこの駐在所に異動してきたという。例の報告書を書いたのも彼だった。本人から事案の詳細を聞く。
発見者は地元小学校の九歳男子児童。発見場所は菖蒲沢海岸のビーチ。児童は異方のものと思われる鉱物を拾得し、持ち帰って自宅に保管していたが紛失。その後駐在所に届け出た。本人の言によれば鉱物は灰白色で、横幅一〇センチほどあり。
「裏側が表で、表側が裏みたいな不思議な石……」
巡査長の言葉を自分でも繰り返して首を傾げる。どんな石なのかまったく想像がつかない。裏が表で表が裏なら、もうそれは正しい裏表と区別できないのではないか。
「写真もない、と」
そう口にすると、巡査長は難しい顔で俯いてしまった。ただの事実確認のつもりが責めたように聞こえてしまったようだ。フォローしようとすると先に向こうが顔を上げる。
「ですが彼は、あの、児童ですが、嘘を言っているようには見えませんでした」
植原巡査長の語気が強まる。
「ここにも何度も通い詰めてきていまして、子供の冗談にしては手が込んでいるといいますか……」
話しながら次第にトーンダウンしていく。客観的な判断材料ではないと本人もわかっているようだった。冷静に考えればここで話が終わりになっても仕方がない状況だろう。被害は拾った石が消えたことのみで、異方の言葉がなければ事案自体が存在しないに等しい。
だがその時、俺の脳裏には既視感が湧いていた。その頼りなげな若い巡査の姿に見覚えがあった。すぐに思い出してああ、と思う。もうしばらく会えていない友人を思い出す。
彼のふるまいはどこか、花森の昔の姿に似ていた。
言いたいことが色々と飲み込まれて息を吐く。
「その子に話を聞くことは?」
花森、もとい植原巡査長がぱっと顔を上げる。
「多分今日もここに来るんじゃないかと。小学校が終わったらですね、あと、一時間ほどで」
俺は頷いた。ここまで来ておいて今更時間を惜しんでもしょうがない。
「来たら引き止めておいてもらえますか。何か食べてきますので」
植原巡査長は慌てて机上を漁ると、細長い地元の案内マップを差し出して叫んだ。
「魚が美味しいですよっ」
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