TOPICS 2023.10.25 │ 18:00

長沼範裕監督に聞いた
『薬屋のひとりごと』が出来上がるまで①

後宮を舞台に「毒味役」の少女がさまざまな難事件を解決する、この秋注目のTVアニメ『薬屋のひとりごと』。主人公・猫猫(まおまお)が放つ不思議な引力は、美しき宦官(かんがん)・壬氏(じんし)にどんな影響を与えていくのだろう。原作をこよなく愛し、シリーズ構成を兼任する長沼範裕監督に、謎解きエンターテインメントの要となるコンビの魅力を聞いた。

取材・文/高野麻衣

物語の土台づくりから携わり、魅力を伝えたかった

――『薬屋のひとりごと』の放送が始まり、印象的な世界観に心惹かれた方も多いと思います。監督が原作小説を読んだときの、第一印象はどうでしたか?
長沼 まさに、読み始めたら止まらない小説。(日向夏)先生の知識や仕掛けの作り方、そして猫猫を軸に世界がどんどん広がっていくストーリーに一気に引き込まれ、どんな方が書いているんだろうと気になりました。アニメの制作が決まってから先生にお会いしたのですが、びっくりするぐらい気さくな方で。印象に残っているのは「アニメ『薬屋のひとりごと』のいちばんのファンです」というお言葉です。アニメ制作にとてもご理解があり、制作現場としてはとても光栄で感謝しかありません。

――今回、シリーズ構成と監督を兼任していますが、その理由を教えてください。
長沼 監督ごとにいろいろなスタイルがあると思うのですが、自分のスタイルはトータルバランスで見せていくことなんです。トータルとは、物語やキャラクター、色や音など、アニメを形づくる要素すべてのことを指します。自分にとって、作品の完成度上げるためにはシリーズ構成という土台から携わり、それらの要素を意識してかたちにしていくことがとても重要なんです。加えて今作には、謎解きなどの複雑な要素が入っています。小説のように文字で読むときは、それぞれのリズムで読んだり、戻って内容を確認することもできますが、アニメは限られた時間、一定のリズムで一方通行なので、読書のようにはいかない。ですから、魅力と要点をわかりやすくまとめて、多くの人に作品への興味を持ってもらうためにもシリーズ構成と監督をやるようにしています。

――なるほど。たしかに一瞬で物語に引き込まれました。美しい世界観の話も、後編でじっくりと聞きたいのですが、まずはユニークな主人公・猫猫について教えてください。彼女は従来の少女マンガにはいなかった、「今」を感じる人物ですよね。
長沼 そうですね。描いてみて自分でも、想像以上に正直でまっすぐな人だな、現代社会が求める女性像に近いのかなって思いました。周囲のことを一応気にはしてはいるけれど、だからといって自分の意志を曲げないで、しっかりと考えて行動している。後悔をしたり、クヨクヨしたりしないさっぱりした部分もあって、本当に今の時代に合った女性だなと。悠木(碧)さんの声が入った瞬間、よりその特徴が顕著に出たと感じました。

――はい、同感です。中間的というか、ジェンダーが曖昧な雰囲気もぐっと高まりました。
長沼 本当にその通りだと思います。猫猫は周囲を気にしながらも、結局は周囲に染まらない人。中間的という言葉は、そういう意味でもぴったりの表現じゃないかと思います。

悠木碧さんの理解力の高さに助けられている

――では、相棒となる壬氏はどうでしょうか。彼もかなり個性的な人物に見えますが。
長沼 壬氏の個性は、じつは作られたものなんじゃないかって思っています。周囲の目を意識して今の人格を作ってきた、それが壬氏。だから、猫猫と壬氏は正反対のキャラクターです。後宮という限られた世界しか知らない壬氏が猫猫と出会ったら、それはもう青天の霹靂(へきれき)というくらい、びっくりしたんじゃないでしょうか。だからこそ壬氏は、無意識に心の底で猫猫に憧れ、惹かれていくんじゃないかなって思います。周囲を気にしながらもどうにかして「自分」として立とうとしている、模索している人の前に猫猫がやってきたら、それは惹かれますよね(笑)。序盤は余裕を見せていますが、途中からどんどん猫猫に惹かれて地の部分が出てくるので、それが彼のひとつの見どころになるのではないかと思っています。

――なるほど。壬氏の変化に注目してみたいと思います。
長沼 はい。一方で、猫猫は変化しないです。とはいえ、いろいろな人と出会って、さまざまな経験を積んで、自分の中でひとつひとつ消化していくのが猫猫だと思っているので、変化しているのかもしれません(笑)。

――コンビとして対極でバランスがよく、ときめく関係性ですね。
長沼 そう思います。悠木さんはとても引力がある方なので、それに引っ張られるかのように、アフレコのときにキャストの皆さんがいろいろな色を出していく印象があります。だから最終的なパッケージは、自分の想定以上にとても魅力的になるのではないかと思っています。

――楽しみです。悠木さんや壬氏役・大塚剛央さんなど実力派キャストが揃っていますが、どのようなこだわりで選んだのでしょうか?
長沼 壬氏をはじめ、多くのメインキャラクターはオーディションで決めさせていただきました。お芝居ができることは大前提で、決め手は何かというと、やっぱり声質なんです。たとえば、身体が小さいキャラクターに大きな身体の声優さんは、どうしても合わないですよね。だから声質を基準にして配役を決めていくのですが、そうすると必然的にキャラクターの雰囲気と声優さんの雰囲気が似てくるんです。人柄というのも、声に出る人はやっぱり出るので、その方の背景がキャラクターと合っているかも、ひとつの判断基準にしていましたね。

――アフレコで、印象的だったエピソードはありますか?
長沼 また悠木さんの話になってしまうのですが(笑)、悠木さんは物語に対しての理解力、適応力がとても高いんです。彼女はドラマCDでも猫猫を演じているのですが、アニメならアニメの、新しいアプローチの仕方にきちんと合わせてくれる。ディレクションに対してのレスポンスのよさは、群を抜いているなと感じます。endmark

長沼範裕
ながぬまのりひろ アニメーション監督、脚本家。日本アニメーション出身。代表作にTVアニメ『魔法使いの嫁』『劇場版 弱虫ペダル』など。『魔法使いの嫁』『薬屋のひとりごと』ではシリーズ構成を兼任している。
作品概要

『薬屋のひとりごと』
毎週土曜日25時05分~
日本テレビ系にて順次全国放送
各種プラットフォームにて配信予定

  • ©日向夏・イマジカインフォス/「薬屋のひとりごと」製作委員会