TOPICS 2023.10.26 │ 18:00

長沼範裕監督に聞いた
『薬屋のひとりごと』が出来上がるまで②

後宮を舞台に「毒味役」の少女がさまざまな難事件を解決する、この秋注目のTVアニメ『薬屋のひとりごと』。原作をこよなく愛し、シリーズ構成を兼任する長沼範裕監督のインタビュー後編は、こだわりの色彩や音の制作秘話。作品に込められた熱い思いとともに、謎解きエンターテインメントの美しい世界観を読み解こう。

取材・文/高野麻衣

アニメにしかできない表現を大切にしたい

――第3話まで見たとき、各話のラストに必ず印象的な引きが入っているのに唸りました。あの余韻はミステリアスですし、後宮が舞台ということもあり、漂う空気感や光、そしてキャラクターたちの動きがたおやかで、本当に美しいです。
長沼 ああ、それはよかった。作っているときには視聴者がいないので、そう感じていただけるとわかってうれしいです。余韻とおっしゃいましたが、アニメだけが唯一表現できる、他の媒体と違うものって「絵が動く」ことですよね。動くからこそ、その「間」と「色」、そして「音」を、自分の中ではいちばん大事に表現しているんです。

――なるほど、答え合わせができました。監督はSNSでも「アニメならではの表現」に触れていましたが、具体的にはどんな工夫を重ねているのでしょうか?
長沼 表現方法を固定しないことが、とても重要だと思っています。アニメの世界には、固定概念が多いんです。たとえば、夕方の空の画面は赤で、というのが記号としてある。なので、なるべくそれに囚われない表現に挑戦しています。『薬屋のひとりごと』に関して言えば、「夕方」だけでも基本色が5色あるんです。なおかつ、その5色を基準にして、キャラクターの感情に沿った色や天候の表現に派生していくので、10色ぐらいあるんじゃないかな。そういったこだわりで、光や空気感を表現しています。

――なんと、それほどのこだわりが! 感覚的に美しいとは思いましたが、想像以上でした。
長沼 雨にも白い雨があったり、黒い雨があったり。たとえば、第1話で梨花妃(りふぁひ)が子供を亡くした際に雷が鳴りますが、そのときに降っているのは全部黒い雨になっています。色彩設計さんや美術監督さんには苦労をかけたと思うのですが、「それを入れることでどんな感情表現をしたいのか」を丁寧に説明して、ひとつひとつ作り上げていきました。

――本作は、音楽担当として3名の方がクレジットされています。このあたりにも秘密があったりするのですか?
長沼 そうですね。桶狭間(ありさ)さんは若く、ある意味キャッチーな音を作るのがとてもうまい方で、ケビン(ペンキン)さんは、日本にはない大陸的な音を作ることに長けている方。そして、神前(暁)さんはとても優秀な劇伴作家さん。このお三方の音が、どれも必要だと考えました。あと、自分は効果音(SE)へのこだわりも強いので、ぜひ注目していただきたいですね。映像なしで、音だけでもしっかり物語が伝わるように構成しているんです。音数が多いジャンルといえばアクションなのですが、『薬屋のひとりごと』はそれと同じぐらい作業量が多い。「なんでだろうね」と効果さんと話していたのですが、考えてみたらSE で「オフの音」の芝居をかなりしていたんです。つまり、画面外でドアが開く、画面外で足音がする、そういう絵にはない「画面の外」を音で表現していた。

――納得しました。アニメは作画に注目が集まりがちですが、映像と音楽との一体感、音が作る空気感で完成度がまったく違ってくる。監督の作品が心地いい理由はそこだったのですね。
長沼 ありがとうございます。空気感は自分の持ち味のひとつだと思うので。『魔法使いの嫁』の浮遊感とはまた違った表現が、『薬屋のひとりごと』では地に足をついてできている感覚があります。

「親子の愛」が本作のテーマ

――監督の作品づくりのルーツはどこにあるのでしょう。思い入れのある作品はありますか?
長沼 難しい質問ですね(笑)。視聴者として見る作品と、自分の引き出しを増やすために見る作品って、見方がまったく違うので。ひとつだけ言えるとしたら、今まで関わってきた人たち、見てきたもの感じたのものすべて、ですかね。名作と呼ばれる作品や名画、造形物、人物、訪れたいろいろな場所や物語もそうですし。名作じゃなかったとしても、ひとつのシーンとか、ひとつのカットが強く印象に残ったら記憶する。なので、自分が経験したり、いろいろな人の話を聞いたりしたことはどれも、とても重要だなと思っています。多くの人の記憶の引き出しに引っ掛かるような映像づくりを目指しているので。人間こそがドラマのルーツかもしれませんね。

――『薬屋のひとりごと』にも、普遍的な人間ドラマの魅力を感じます。
長沼 ありがとうございます。『薬屋のひとりごと』を作るにあたって、老若男女の方に届けたいテーマとして「親子の愛」があったんです。ご覧になった方はおわかりになるかと思うのですが、第1話は梨花妃と玉葉妃(ぎょくようひ)が子供を産んで、愛でているところからスタートします。しかし、主人公の猫猫(まおまお)、そして壬氏(じんし)はいろいろと事情があって素直に親の愛を受けて育っていない。こういった普遍的なテーマを意識しつつ制作を進めていますので、アニメを見て『薬屋のひとりごと』に興味をもった方が、このテーマに注目しつつ原作を読むと、より深い物語や描写などを二度楽しんでもらえるのではないかと思います。

――ありがとうございます。監督にひとつひとつのこだわりを言語化してもらったことで、作品とアニメーションへの愛を深く感じ、今後の展開がより楽しみになりました。
長沼 なんとなく感覚で作っているものは、自分の中ではありません。そんな作品づくりを、スタッフ一同で頑張ってやっていますので、たくさんの方に楽しんでもらえればうれしいです。第4話は、これまでとは見せ方ががらりと変わるので、どうぞお楽しみに!endmark

長沼範裕
ながぬまのりひろ アニメーション監督、脚本家。日本アニメーション出身。代表作にTVアニメ『魔法使いの嫁』『劇場版 弱虫ペダル』など。『魔法使いの嫁』『薬屋のひとりごと』ではシリーズ構成を兼任している。
作品概要

『薬屋のひとりごと』
毎週土曜日25時05分~
日本テレビ系にて順次全国放送
各種プラットフォームにて配信予定

  • ©日向夏・イマジカインフォス/「薬屋のひとりごと」製作委員会