等身大で感情移入できるキャラクターたち
――第5話までで黒﨑さんが気に入っているエピソードは?
黒﨑 断然第2話です! 全体を通してみると独立しているとも言える話数なのですが、ああいう女の子同士のいざこざを解決するお話ってなかなかありそうでないので。
――お互いの心情を明確に言葉でぶつけ合うわけではなく解決に至る、という流れが現実にありそうな感じでしたね。
黒﨑 すごくリアルですよね(笑)。女の子がいっぱい出てくるお話はある程度美談として描かれがちなんですけど、本作ではキャラクターの描かれ方が等身大で、それぞれの感情にも共感できるなと。他の話数で今の日本でも問題になっているような社会問題などを扱っているなかで、第2話は女の子同士のプリミティブな世界を描いているのがすごく面白いし、箸休め的な意味でも心温まる良いエピソードだと思います。
――続く第3話~第5話では重い展開が続きますね。
黒﨑 あそこは見ていてしんどいですよね。じつは第5話については「地震を描いているから日本でもセンシティブな内容になるんじゃないか」と相談されて、事前に一部だけ見せてもらったのですが、それが崩れた家の中で「お母さん」とトキが会話をするシーンで……。
――いちばん胸にくるシーンですね。
黒﨑 そうなんですよ。もう見ながら「しんどい!」って。このシーンに限らず、『時光代理人』は毎回見終わったあとに疲労感があるんですけど、嫌な疲れではないんですよね。夢中になってからひと息つくような感じというか。日本では視聴者にフラストレーションを与えない傾向の作品が増えているなかで、いい意味で逆の作品になっているように思います。
――フラストレーションはあるけど、それがますます続きを見たいという気持ちにつながっていきますよね。
黒﨑 毎話お話の予想がつかないし、次の展開がどうなるかわからなくてワクワクハラハラする。これぞオリジナルアニメの醍醐味ですね。私は中国版を全話見終わっているのですが、きっと皆さんも日本版を全話見終わったら、また第1話から見直したくなると思います。
万人に受け入れられるINPLICKさんのキャラクターデザイン
――ストーリーのクオリティもさることながら、本作はイラストレーターであるINPLICKさんによるキャラクターデザインも特徴的ですよね。
黒﨑 キャラクターデザインは好みや国民性が大きく表れる部分だと思うのですが、これまでの中国アニメで主流だったキャラクターデザインと日本の最近の流行のデザインとでは、時代感が少しずれていたように感じます。そこにアジアの現在のオタクカルチャーの最先端を行くINPLICKさんのキャラクターデザインや線の描き方、色の選び方を取り入れたことで、これまでの中国アニメとはまったく違うアプローチを遂げているなと。
――たしかに、すごく洗練された印象がありますね。
黒﨑 オシャレだけどちょっと色気もあって、かといって癖がありすぎるわけでもなく。女性だけでなく男性にも受け入れやすい、アニメキャラクターの原案として万人受けするデザインだと思います。
美術はあえて力加減を抜いた寓話的な空気感に
――全体的な画作りも、とてもよくまとまっていますよね。よく登場する写真館のソファ周りのシーンなど、背景がザックリとしたタッチで描かれているにもかかわらず、キャラクターととてもなじんでいるのが不思議で……。
黒﨑 そこは日本のトレンドとは若干方向性が異なるかもしれないですね。美術監督は『君の名は。』など新海誠監督作品も手がけた丹治匠さんが担当されているんですが、引き算がすごく上手だと思います。密度や緻密さを追い求めるのではなく、あえて力加減を抜くことで、寓話的というか「ありそうだけど、ありえないどこか」みたいなノスタルジックな空気感を作っているのではないかと思います。
――動画においても、序盤の話数では作画コストは抑えつつも、決して地味には感じさせない画作りをしているのに感心しました。
黒﨑 戦略的にすごくよく考えられていて、アニメという商品を世界に売っていくにあたって、どこをどう改善したら成功するのか。これまでの経験と情報が蓄積されてきた結果、生まれた作品なんだろうなと感じました。英語圏では中国のアニメは「动画(dònghuà )」と呼ばれていて、すでに日本の「ANIME」とは異なるジャンルとして確立しているのですが、「动画」の中でも革新的な作品だと思います。
――ローカライズを手がけるプロデューサーとしての立場から、今後の中国アニメの傾向として感じていることはありますか?
黒﨑 近年ソニーミュージック・ソリューションズおよびアニプレックスでは中国アニメのローカライズを複数手がけさせていただいているのですが、作品単位で面白そうなものをピックアップしていった結果そうなっているだけなので、「中国のアニメ」としてとくに意識しているわけではないんです。ただ、『時光代理人』は中国発のオリジナルアニメかつ現代劇と、我々としては初めて扱うタイプの作品なので、本作が受け入れられるか次第で日本での中国発作品の在り方というのは変わってくるのではないかなと考えています。
- 黒﨑静佳
- くろさきしずか アニプレックス所属。『Fate』関連作品や『活撃 刀剣乱舞』など女性人気の高い作品のプロデュースを数多く手がける。